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小説家

作者: 苗加文音
掲載日:2025/11/29

 私はもう十七の歳になります。ここまで生きてきて、何かいいことはあっただろうか。いいことというのは、だいたい、誰かに評価されるとか、そういうのです。


 頑張っていたサッカーが評価されて、代表選手に選ばれるとか。ジュニアでも周りにそういう子は居て、嫉妬ではないと思うけれど、その子とは自分と生きている世界が違うように見えたのは事実でした。


 こんなところを言い訳に設定するには、あまりにも卑怯でしょうが。

 いや、私は人間失格です、だから卑怯で当然なんです。私の両親はどちらも高卒、それなりのお給料は稼いでいるようですが、私が私立高校に行きたいと相談したとき、両親はとても反対しました。


 ええ、高校にも行かせてくれませんか。


 一番の理由は「お金がかかる」でした。確かに私立高校の学費は、公立高校のそれと随分差がありました。世間的に見ても私立高校は金がかかるということで、親御さんたちには随分と迷惑をかけて、「親不孝」だなんて言われる家庭もあるだとか。


 私は合格が決まってから、威勢よく威張りました。その高校にしかないことをやりたかった。だからどうしても行きたい。それに私は数学ができなかった。私立高校は自由にカリキュラムを組めるので、数学を回避することができた。数学はやりたくなかった。死んでもやりたくない。


 中学校の五教科のテストの成績で私が上位をキープできなかったのは、数学があるからでした。数学の低偏差値が足を引っ張り、評定もあまり高くありませんでした。他にも私立高校に行きたい理由はたくさんありました。


 入ることができました。説得のかいあって、私立高校に入ることができました。奨学生という特別待遇のものがあり、ほかの友達はそれを使って学校に行ったようですが、私は数学の成績が悪く、その恩恵を受け取ることができませんでした。


 一年生のうちはその奨学生になれなかったことに随分と悔しがりましたが、二年生に進級すると、それが「フリ」になりました。




 なるほど私は勉強ができない。それに気づくのが遅すぎました。数学を抜きにしても、必ず理系の物理とか生物とかは受けないといけないわけです。私はとりわけ数字が嫌いでした。


 遺伝子的にできないというと、両親に迷惑をかけるでしょうが、両親はどちらとも高卒で、数学どころか勉強は一切しなかったそうです。苦労しました、随分と苦労しました。成績を維持するために、私は人の倍やらないといけない。


 進学塾の合格体験記を話す動画を一度見たことがあったのですが、そこである女の子が「私はバカだったから、人の百倍は勉強しないといけませんでした」と言いました。彼女は笑顔でそのことを話していました。私は無性に腹が立ち、それ以降、一切それ関連の動画を見ることはありませんでした。


 私の「人の倍やらないといけない」と言う言葉は、単に人へマウントをとるように使われるのではなく、そうしなければ死んでしまうという、無情な叫び声に等しかったからです。だから私は怒った。


 いずれ気づくことになります。私、テキトーに生きてるんじゃないか、と。要はこの世界で生きることに、舐め腐った態度をとっているのではないか、という。テキトーというのは、これまた必死に学業へ集中する私にとっての最大限の悪口でありましたが、それは同時に図星であったので、随分と効果覿面でした。


 こうかばつぐん。ああそうだ、私はよくゲームをしていました。それも、数学をはじめ、勉学ができなかった原因かもしれません。どうしたらテキトーに生きないで、全力で生きられる? 自分がそうしようったって、周りが合わしてくれないのだからうまくできません。


 私は二年の二学期、女の子二人から告白されることになります。二人ともクラスのてっぺんを張るくらいにかなりの美女だったのですが、結果から話すと、二人とも私から離れていってしまいました。これはまさしく、私がテキトーに生きている証でありました。


 あまり内容も聞かれたくありません。二人との恋愛を同時進行できると己惚れ、そのまま双方にバレ、撃沈したということです。流石は私立高校のキラキラ女子といったところでしょうか。そのあと私の周囲の人間二人ほどを喰って(ここでは、誘惑という意)、そのまま私の前から消えました。




 のちに、文化祭で彼氏を連れ、私のクラスに私がシフトに入っているときに合わせて尋ねてきました。私は昔のことをずるずる引っ張るような性格でもなかったので、少し話したのですが、終始、完全に友達と話す雑なトーンで、会話は惰性で終わりました。


 その会話を内容を今は思い出すことができません。ええ、私はあまり顔がよく生まれなかったものですので、棄てられて当然とも思いました。


 とまあ、何もよくないわけです。今振り返ってみると、割と壮絶でした。


 ......。


 いや、あまり壮絶ではない。普通の高校生っぽく見える? 普通に恋愛に失敗して、普通に過去を見て、それを話のネタにできてる時点で、君はまだ普通の人間。いい加減人間失格とか痛いことを言っていないで、数学を克服しろ? 


 いや、とりあえず、数学はできません。できないの前に、嫌いなんです。もう見たくもない。


 私は数学ができないので、三者面談ですごく叱られました。それは成績に対するああだこうだというよりも、私が私立大学に進みたいと母に言ったからでした。


 私立大学は、それはまた私立高校より学費を取り、国公立大学とは比になりません。私は私立大学に率先して行きたい、というより、数学ができないから、国公立大学に行けない、というのが正しい理由でした。母はそれまた怒りました。


 家に帰ってから父とタッグを組み、私は散々罵られました。あれだけ勉強しておいて数学ができないというのは、もはや病的なものを感じるとまで。ええ、私は数学が嫌いです。


 カリキュラムに数学はないと言いましたが、学習指導要領の都合上、僅かに一コマあります。そこで散々な点数をとっているがために、国公立は無理です、と。


 人間として生きているより、「金食い虫」として生きているほうが幾分かましでした。その生物はどうやって生計を立てているのかというと、誰かに寄生し、何か子孫を残すこともせず単独で死んでいくんです。


 ええ私は金食い虫ですとも。両親にはそういわれました。なかなかクソみたいなネーミングセンスだとは思いますが、私っぽくて良いですね。


 タイミングの悪いことに、弟が公立高校に合格しました。それも、こんな田舎ですが、県でトップの進学校に合格したんです。東大や京大、医学部医学科の合格者で学年の半分行くそうです。


 うちの私立高校はある程度の偏差値は担保されていましたが、その公立高校とは比になりません。月とすっぽんでした。




 私はそのころ、小説というものに出会いました。ライトノベルです。ええそうです、ちょうどこじらせてしまったんですね。最強の主人公にあこがれているのは、いつも劣等感を抱えている最弱の読者だって、それはわかっていたんですが、それでも好きなものは好きでした。


 私の性格はどこかのピンク色のキャラクターみたいに、なんでもコピーできる形のないものでした。誰にでも合わせることができるというと、もっと私の考えの真髄に触れていることになります。


 だから、まあ、私立高校ですから、やんちゃな人もたくさんおり、そういうのがクラスを仕切っていました。クラスで下層の立場になると、何かと都合が悪いことは考えなくてもわかっていたので、私はやんちゃになりました。


 この時期から、両親に反抗するようになり、危なっかしいことにも触れ回りました。そのおかげで毎日楽しいです。クラスで浮くこともありません。何を言っても大丈夫な環境づくりができました。これこそ、要領の良い生き方ではないでしょうか。


 ライトノベルは捨てました。それでも、小説家になりたいという夢は、変わらず持ち続けていました。センスとか、そういうので表現してしまえば、安直すぎてつまらないでしょうが、体育とか、少しはできるたちでした。


 父が剣道とかボクシングとか、様々なことを経験した肉体派だったのも、関係しているかもしれません。だから、昼間は体を動かし、数学以外の勉強、とりわけ国語をやって、帰ってから執筆。自分で言うのもなんですが大変要領がよかった。




 あー。

 小説家で食べていく?


 はじめの関門に突っかかりました。とても厚く高い壁です。文章というのは甲乙つけがたく、「なんかいいな」で評価されてしまうような芸術的側面も備えています。


 そこで安定した生活を送れる保証は一切ありません。国家資格だってありません。稼いでから見返してやるだなんていくらでも言えるでしょうが、なる前は本当に地獄で、救いの糸を垂らしてもらいたいようなものでした。


 わ......、俺には大学入試があります。


 だから、小説を書いている暇なんてない。急いで英語と国語と社会を極めないと。世界史だって何にも覚えてないじゃないか。


 得意の「説得」で、奨学金をどうこうと話して、弟がまだあるからかどうかわかりませんが、諦めてくれました。


 俺は本が書きたいのに。本が書きたい。書きたい。でも、勉強しないと。大学に入って、いや、大学に入らないとリカバリーが取れない。小説家になれなかったとき、いったいどうやって生きていくつもりなんだ?


 なれなかったときなんて考えたくなかった。俺は考えなかった。


「将来何になるの? 決まってないなら資格を取るべきだ」

「俺、小説家になりたい」


 叩かれた。

 その場を収めるために俺は教員になると言った。何とか納得してもらえた。


 ......。


 貯金がない。


 これまで俺がやってきて成功して、それを武器にできたことはあるだろうか。金遣いも荒い、未来のことも考えられない、ブレブレな夢、親と会話をしない。成功したこと、ええ、本当にない。面白いくらいに無い。


 あの時二股しなければ彼女と今も話せていただろうか。約束の水族館デートだってできただろうか。ああ、これも成功してない。


 数学ができてたら、私立高校じゃなくて、公立高校に行けただろうか。ああ、これも成功してない。

 親のせい? 遺伝子? いやでも弟は進学校に合格しているわけだし......。


 俺は考えるのをやめた。


 人生をやり直したい? 

 俺の人生のどのパートに戻っても、結末は決まっている気がする。

 戻りたくない、できれば新しく生まれたい。


 それでもまた、こんなような人生だろうけど。

 わかってる、わかってる。言われなくてもわかってる。


 俺はもともと失格です。どこで間違えたかわからないけど、両親が必死に稼いだお金をどぶに捨てるようなことをして、また高校でもパッとしない量産型みたいな生活を送って、ダサい理由で振られて、ああ、情けない。


 俺はバカなんです。ええ数学に限った話でなく勉強だってそんなできなかったです。虚勢を張ってるだけなんです。私の人生はもう確定している気がします。もう後戻りはできないんです。


「後戻りはできない」

 この言葉が、ずっと視界にこびりついて、離れなくなります。


 せめて、勉強できれば。

 せめて、報恩できれば。

 せめて、才能があれば。

 せめて、勇気があれば。


 せめて、努力できれば。


 だから私は人間失格なんです。努力できない、生きるためにどうしても努力できないんです。のほほんと生きています、自由に生きているように見えてクソ窮屈なんです。


 性格に芯だってない。一人じゃ騒げない、一人じゃ何もできないんです。教室で自由に暴れているあの私はどこに行ったのでしょうか。


 なんのために生きているのでしょうか。私にはそれが永久の課題のように思えます。

 結局は全部自分のせいなんです。それを人のせいにするしか、生きていけないんです。


 ええ。


 私に自死する勇気はありません。ですから今日も、こうして生きているのです。

 私が、今日生きる理由としているのは、「まだ二年生なので」です。


 今日処方された言葉はこれでした。効き目はまるでありませんが、気づけば学校の教室、自分の席に座っていました。


 明日生きる理由を考えてみます。

 ......んー。なかなか思いつきませんね。


 隣の席の子に、ある男の子が話かけます。彼女らはクラス公認のカップルです。今日もまたどこかへデートに行くのでしょうか。「まだ二年生なので」、受験に追われることはなく、楽しそうに経験値を集めているようです。


 仲は睦まじく、まぶしく思えます。ああいう子たちが、将来結婚するまでとはいかなくとも、健全な貞操観念をもって、大学に進学し、また経験値を詰める。私にはないものです。嫉妬ではありませんが、私は住む世界が違うと、拒絶してしまいました。


 別に顔がいいわけでもないので、そんな月単位で女の子が寄ってくるはずありません。もうこれは卒業するまで、絶対に恋愛はできないでしょう。惜しいことをしました。やり直したいです。


 そうだ、明日生きる理由を考えないといけません。

 さて、どうしたものか......。


 大学に入学してそこから何をするんですか?


 志望理由書の下書き、小論文、三者面談。いろいろな場面でそれを聞かれるけれど、何も答えることができません。大学というのは学びに行くところだと思いますがそれは建前。両親は就職実績ばかり気にしています。私も建前だと思っているので、志望理由書や小論文はなかなか書けません。




 ええ? 

 どうすればいいんだ。


 とりあえず明日生きる理由を用意しました。「志望理由書を書く」。

 ......まあ、いいでしょう。最悪、今日の「まだ二年生なので」を使いまわせばいいのですから。


 私は人間失格です。

 失格ということは、もうこの世界に住む権利はないのですが。


 今日も、「死ね」という督促状を、切り刻んで、ぐしゃぐしゃにして、可燃ごみに出してしまいました。

 相当まずいことだとはわかっているんですが、なにせ、私には勇気がないもので。


 もし、神様、私の今の姿をお目にかかられたのなら、ぜひトラックか何かで、私が道路を横断しようとするとき、威勢よく轢いてください。痛い痛いと喚くでしょうが、それは少しの間だけです。


 ええ、この気持ちに変わりはありませんとも。ぐいっと行くんです、ぐいっと。お酒を飲むように。


 そう、そうやって......。

 最後まで迷惑をかけて、申し訳ないですね。


 いつまでも、いつまでも寂しい人間です。


 ★


 今日もサーカスのテントの中、一人で芸をします。これは観客のためにやっているのではありません。でも、練習でもない。人が一人も入っていない、情けない空間というだけで、私は一生懸命芸をします。


 客が二人入ってくる。広いテント内、席はどこでも空いているのに、最前列に座ってくれました。私は全体に向けて演技をしているのですが、心なしか姿勢がそちらの方向に集中します。


 火をつけてジャグリングをする。難易度は高いです。落としたら自分が火傷を負うわけだし、最悪の場合観客の人が火傷を負うことにもなりかねない。集中します。ですが私は六段積み上げた不安定なブロックの上で一輪車に乗っているわけですから。


「あっ、」


 計四つのジャグリング・クラブのうち、一つを落としてしまいました。焦ります、落ちる方向は観客二人、男女の組の方でした。ジャグリング・クラブは均等の間隔で飛んでいて、一つ外すとリズムが崩れます。言うまでもなく、残りのクラブも落とす。自分も転落する。


 私の所属するサーカスは移動式の貧乏小屋なので、一々下にマットを引いているような余裕はありません。落ちたとき、ブロックが自分の皮膚を引き裂いて、血を噴出させます。同時に猛烈な痛みも襲います。でもなにより、二人の観客のことが気になって、痛みを忘れて駆けつけます。


 幸いにも彼らは無事でした。火傷もしなかった。なんたる幸運。ジャグリング・グラブは私が落下した土の上に落ちていました。ああ、よかった。


 しかし、彼らは怒り、そのままサーカスから出てしまいました。当然のことです。自分に向かって、高所から火のついたジャグリング・クラブが落ちてきたのですから。それは当然のこと。最悪、命を落としかねないから。


 また、サーカスには一人になりました。私は片付けます。次にお客さんが来た時に、これでは芸が見せられないからです。ゆっくりと機材を片付けます。それまでに次のお客が来てくれることを望んでいたからです。しかし、事故の形跡がまったくなくなるほどに綺麗にしたのに、お客はそれまで一人も入ってきませんでした。


 待ち遠しい。次のお客がまだ来ない。

 誰も見ていなくても、芸は続けます。続けただけうまくなるのは自明です。それに、いきなり入ってきたときに、ぐうたらしている様子を見られてはいけません。


 やっと来た! 二人の女の子が入ってきました。彼女らはとてもかわいらしかった。こんな僻地でやってるサーカスを見てみたいだなんて、随分変わった趣味をしている。ギャップで萌えました。

 私は気合が入って、バックヤードからライオンを連れてきました。


 彼女らは、先ほどの夫婦とは違い、少し遠くに座りました。


 慣れた手つきで空中に浮いた輪に火をつけます。もう少し席が近ければ、実際にその火の熱も感じとることができるのになあ。


 それでもそんなことを言うわけにいかず、私は落ち着いた気持ちでライオンを操り始めました。

 手懐けたライオンは空高く飛びます。火の輪を軽々とくぐります。なんとスペクタクルなショーなのでしょうか。


 ......しかし、女の子たちは何かひそひそと話し込んでいます。


 挙句の果てに、禁止事項であるスマホを取り出し、撮影を始めました。


「だ、ダメだって!」


 フラッシュ。ライオンは刺激され、怒り昂ります。まずい、女の子たちはそのライオンの咆哮、突進にすら微動だにしませんでした。


 ライオンは周囲の柵を突き破り、そのまま彼女らに襲いかかろうとしましたが、私が食い止めました。ライオンは鋭い牙で私の肉を噛みます。


 私は叫びました。痛い、噛みちぎられそうだったからです。地面に倒れます。いっぱい血が流れます。私が襲われているとき、彼女らは何か談笑して、そのまま、サーカスのテント外へ出ていってしまいました。


「......はぁ」


 私は命がけでライオンを檻に戻します。私の身体は傷だらけ、血まみれでした。満身創痍でしたが、何とか、その会場を片付けることができました。


 はあ......。


 それでも私はサーカスを続けます。ライオンが人を襲う映像が拡散され、このサーカスをこの地でやっていけなくなっても、また別の地を探し、サーカスを続ける。ただそれだけです。


「あの......大丈夫ですか?」


 テントを片付ける。今日は終演です。最後の片付けを行っていたとき、誰かから話しかけられました。振り向くと、先ほどの夫婦、私が、火のついたジャグリング・リングを、落としてしまった時の観客です。


「は、はい」


 私の、ぼろぼろの身体を気遣ってくれたのでしょう。その言葉は少し暖かかった。


 しかし、私は人間失格です。こんな時になっても、お客さんの身の安全を確保できなかったことを、最優先で謝罪しなかったからです。


 思い出したように、いや、取って付けたかのように、私はクズな謝罪をしました。それは大変醜かった。


「い、いえ。怪我はないし、大丈夫です」

 その夫婦は私の頭を上げさせます。


「あの、つまらないものですが、これを」

「頑張ってください、応援しています」


 夫婦は私に大きなビニール袋を渡しました。そして、私のお礼を受け取る前に、帰って行ってしまった。


 ビニール袋の中には、詰め込めるだけの食料、そして怪我をした時の応急セットが入っていました。


 ......。


 こんなにしてもらっても、感謝もできないか。

 やっぱり、俺は終わっています。


 人間失格です。




 僅かに頬を伝う涙を感じます。

 空に映る星を見ました。もうすっかり暗くなっています。勿論照明機器なんてないので、暗がりの中を手探りに動きます。


 でもその貧乏さが、かえって星たちをきれいに映してくれていました。


 コンクリートブロックの上に座ります。少し汚れていますが、気にしません。

 空を見上げます。


 そうだ、明日、生きる理由は......。

 探して、おかないと......。


「——勉強、お疲れ様」


 ダイニングには、私が大好きな料理が並べられています。俺は目を疑いました。

 俺は人間失格だから、涙は流さない。ええ、クソ人間です。まったく、生きる価値もありません。


 価値がないのですが。

 楽になりたいと思っていたのですが。

 しかし、生きたいと、そう思えた。


 ええ、私は人間失格です。

 俺は人間失格です。


 だから、生きてしまいました。

 どうか、どうか、許してください。


 這いつくばってでも、生きるから……。

 私のことを、はなさないで。



 <小説家>

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