戦後11か月 アラスカ~カナダ ①
雪上車の列が基地を離れて二十日目の休憩時間。
グエンさんやハロルドさんを中心に、今日の休憩場所の設営が進んでいた。
「なぁ……肉、食いたくないか?」
誰かがぽつりと漏らす。
「食いたい……」
「やめろ、想像したら余計つらい……」
焚火のまわりに、しょんぼりした空気が漂う。
わかる。私だってレーション以外の味が恋しい。
戦争中はあれで平気だったのに、アラスカ生活で口が肥えちゃったのかなあ。
その時、偵察に出ていたクローディアさんが、車列のほうから顔をのぞかせた。
「足跡。カリブーだと思う」
その瞬間、歩兵たちがバネみたいに立ち上がった。
「「「肉ーーーー!!!」」」
「ちょっ、落ち着いて!!」
止める間もなく三名が飛び出していく。
静止の声なんて聴きゃしない。
そこへ、テントの影からセルゲイさんがぬっと現れ、
暴走しかけた三名の襟首をまとめてつかんだ。
「おい、お前ら。勝手に行くな」
うん、さすが兵長。ちゃんと諫めて!
「銃は持ったか。隊列を整えろ。
カイルは右、チャンは左、ノヴァクはバックアップ。行くぞ」
「「「イエッサー!!」」」
あれぇ!?
私が状況に追いつけないまま見ていると、
セルゲイさんたち四人は雪の中へ駆け出していく。
私とクローディアさん、そしてレン伍長は、車列の脇からその様子を見守った。
遠くでガサッ、ドスンッと雪煙が上がる。
木々の向こうから聞こえる怒声と絶叫。
「そっち囲めーー!!」
「前塞げ! 逃がすな!」
「もう少しだ、押し込め!」
クローディアさんが目を細める。
「……歩兵はうるさい」
普段海中で単独任務ばかりしてた人だし、まあ、そうだよね。
私は肩をすくめた。
「伝統ですから」
最近は表情が柔らかくなってきたレン伍長が、苦笑して言う。
「偵察としては失格だが……まあ、あれで連携は取れているな」
「あれで確認しあってるって言ってましたし……合理的っぽいです」
そして――
「うおおおおーー!!」
「右クリア! 左よし!」
「兵長、今です!」
発砲音。
セルゲイさんたちがカリブーを斜面へ追い込み、
三名が連携して見事に仕留めた。
「よっしゃあ!! 肉だ!!」
「行けましたね兵長!!」
レン伍長が「搬送を手伝うか」と静かに言い、歩き出す。
私たちはうなずいて彼らの元へ向かった。
歩兵隊の歓声が、雪の上にいつまでも響いていた。
セルゲイさんたちが誇らしげに森から戻ってくると、
雪上車の影やテントの向こうから、
ぞろぞろ……ぞろぞろ……
と人影が湧き始めた。
「……肉って聞こえた」
「本物?」
「カリブーか!?」
「食えるのか!?」
気づけば、アラスカ組と救助隊合わせて二十人弱がほぼ全員集合していた。
みんな目がギラギラしている。
私はそっとクローディアさんに囁く。
「……これ、多分足りないですよね?」
「……足りないわね」
レン伍長も淡々と言う。
「一頭では不足だ」
セルゲイさんたち四人が、カリブーを抱えたまま固まった。
沈黙。
雪上に風の音だけが鳴った。
「…………」
「…………」
「…………」
私は恐る恐る口を開く。
「……セルゲイさん?」
「…………」
「……もう一頭、行くぞお前ら!」
セルゲイさんはやけくそっぽい声で叫んで銃を担ぎなおした。
歩兵三名は「うっす……!」と引きつりながら後ろに続く。
クローディアさんがぼそりとつぶやいた。
「大丈夫。伍長、どっち?」
「……左。千二百」
「ナツメ」
「了解!」
海中適応兵のクローディアさんは、陸上でも異常に動きが軽い。
木の枝を掴むと、一跳ねで上へ。
枝がしなる音が雪に吸い込まれ、すぐ遠くへ消えた。
カイルさんたちはぽかんと見上げるばかり。
レン伍長は気配を消して、雪と凍った土の足跡を読み取っていく。
戦時中、ヤツらのドローン網をかいくぐって偵察していた人だ。
探し物を見失うことなんてない。
私は伍長の背中を追うだけ。隠密なんて無理。
その後ろを歩兵三名がトコトコついてくる。
「いくら伍長でもそんなすぐ――」
「いやでもよ……」
「うん、でも……」
うるさい。
三人とも、生き残りの精鋭なのに。
カイルさんなんて、合流前に四か月も単独生存してた人なのに。
本気出すとすごいくせに。
伍長は気にも留めず淡々と進む。
「ナツメ」
「はい!」
伍長の指さす先――木々の間を悠々と歩くカリブー。
距離は遠いけど、
木々の隙間、倒木の角度、雪の流れをぱっと見て計算する。
「……えいっ!」
倒木の丸太を持ち上げ、槍投げみたいに一気に投げ飛ばす。
バキバキバキッ……ザスッ。
雪を巻き込みながら飛んだ丸太が、カリブーの進路を塞いだ。
雪煙がふわりと舞う。
驚いて方向転換したところへ、
クローディアさんが横から飛びついた。
「……今の、見ました?」
「見た。相変わらず計算早いな」
「なんか……ちょっとだけクマタローに同情した」
「ちょっと! どういう意味ですかそれ!」
数分後、クローディアさんがカリブーを肩に担いで戻ってきた。
「追加肉、確保」
「姐さん万歳!」
「姐さん! ナツメ! 結婚してくれ!!」
「イヤ」
「無理です!ごめんなさい!」
大歓声の中、私は泥のついた手袋を見下ろし、ふと笑った。
こんな旅が続くなら――
きっと、たどり着くまでにもっと色々あるんだろう。
雪の残る森で、久しぶりの獲物に歓声が響く。
……このあと、私たちがまとめて「役立たず」扱いされるなんて、
そのときの私は思いもしなかった。




