ACT.18
朝の食卓にて ――「ねえ、聞いてくれる?」
朝。
台所にはトーストの香り。牛乳を注ぐ音。
拓海が小さなフライパンで目玉焼きを焼いていて、彩花は娘の髪を結っていた。
いつも通りの朝――だけど、胸の奥は少しだけ、ざわついている。
「できたーっ」
娘が元気にテーブルに向かう。
スカートをふわっと広げながら椅子に座り、両手をぱちんと合わせた。
「いただきまーす!」
その声に、彩花と拓海も微笑みながら席につく。
けれど、言葉はまだ出せない。
気づけば、ふたりともフォークを持ったまま、微妙に顔を見合わせていた。
――今だ。
彩花がゆっくり口を開いた。
「ねぇ……ママとね、拓海くんね……えっと……ちょっと大事なお話があるんだ」
娘はぱくっとトーストをかじったまま、じーっと顔を見つめる。
「だいじなおはなし?」
彩花は一度息を吸い込んで、拓海にちらっと視線を送る。
拓海も頷いて、横に座る娘に優しく語りかけた。
「えっとな……ママと、俺……仲良しなんだよ」
「うん、しってるよー」
「……で、えっとね、もっと仲良しになったの。特別な、仲良し」
「とくべつ……?」
娘は、少し首をかしげた。
そして――
「……けっこんするの?」
彩花と拓海は思わず吹き出しそうになった。
「ち、ちがうよ、まだそこまでは……!」
「でも、たぶん……これから、たくさん一緒にいたいなって思ってる」
彩花は、娘の小さな手を取った。
「あなたが一番大事だよ。でもね、ママもね……人を好きになっていいって思えるようになったの」
娘はじっと彩花を見つめ、それから、こくりと小さく頷いた。
「じゃあ……たくみくん、うちにもいっぱい来ていいよ」
「えっ……ほんとに?」
「うん。だって、たくみくんとあそぶの、たのしいし。ママ、たくみくんといると、わらってるもん」
拓海は少しだけ涙ぐみながら、照れたように頭をかいた。
「……ありがとう。そっか、そう思ってくれてたんだな」
彩花は娘を抱き寄せて、そっと髪にキスをした。
「大好きよ。ママの気持ちも、あなたの気持ちも、大事にするから」
その朝、三人の間にあった“わからない距離”が、ふっとほどけた気がした。
トーストが冷めても、食卓にはあたたかい空気が残っていた。
日曜の午後・再会のカフェにて
陽菜が現れたのは、街の小さなガーデンカフェだった。
サマーワンピースにカーディガンを羽織った高校2年生、髪はふわりとした内巻きボブ。テーブルの向こうからじっと、彩花と娘を見つめる瞳には、まだどこか複雑な感情が揺れていた。
「……で、その子が……?」
「うん、私の娘。……名前はね――」
彩花が言う前に、娘がにこっと笑った。
「◯◯(※お好きな名前でどうぞ)だよーっ!」
その元気な声に、陽菜の目が見開かれる。
「ほんとに……子どもなんだね」
「……うん」
彩花がこくんと頷く。
「ていうかさ……」
陽菜が、兄・拓海の顔を見た。
「お兄、なんで言わなかったの、彼女できたって。しかも……ママだって」
「ごめん。ちゃんとした形になってから、って思ってた」
拓海の声はいつになく静かだった。
隣で、彩花がそっと彼の手を握る。
陽菜はそれを見て、はぁ……と息をついた。
そのまま、アイスティーのストローをくるくると指で回す。
「……ねぇ、彩花さん」
陽菜が、まっすぐに彩花を見た。
「お兄のどこが、好き?」
唐突な質問に、彩花は一瞬目を見開いたが――すぐに、微笑んで答えた。
「……一緒にいて、安心できる。あとね、娘と話してる時の顔が……すごく優しいの」
陽菜の指がぴたりと止まる。
「……そっか」
しばらく黙っていた陽菜は、やがてふっと微笑んだ。
「……うちの兄、今までそんな顔、家じゃ見せなかったけどね」
「……ごめんなさい」
彩花が、思わず俯くと――
「ううん、ちがうの」
陽菜は顔を横に振った。
「……嬉しいの。あの人が、誰かを心から大事にしてるの、わかるから。だから……ちゃんと応援したい」
娘が陽菜の手をそっと握る。
「おねーちゃん、またあそんでくれる?」
その声に、陽菜の目元がゆるんだ。
「……うん。今日から、家族みたいなもんだしね」
テラスに風が吹いた。
グラスの氷がからんと音を立てた。
午後の太陽に照らされて、三人と一人の家族の輪郭が、そっと重なっていく。




