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ママJKの日常  作者: まとら 魔術


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ACT.16

 深夜、柔らかい息づかいとひとつの記憶


 暗い部屋に、窓から月の光が薄く差し込んでいた。

 夏の夜の静けさは、不安も希望もすべて飲み込んでくれるみたいに深い。


 布団の中、娘が小さく寝返りを打つ。

 汗をかいた額をそっとぬぐいながら、彩花は微笑んだ。

「……よく遊んだもんね、今日は」


 昼間の祭り、浴衣で笑いあった陽菜と娘。

 その横で、自然に並んで歩いた拓海の姿。

 カメラに切り取られたあの一瞬が、今もまぶたの裏に焼きついている。


 そしてふと――

 数年前の、**“初めての恋”**を思い出す。

 彼は、優しかった。

 でも、責任からも現実からも逃げてしまった。

 妊娠を告げたときの、あの沈黙。

「ごめん」の一言で、すべてが終わった。


 彩花は静かに目を閉じた。

 あのときの自分は、愛されるよりも“誰かに必要とされたかった”だけだったのかもしれない。


 でも今――拓海は、違う。

 言葉少なだけど、逃げなかった。

 娘に向ける視線も、陽菜を抱く手つきも、まっすぐで、温かかった。


「……怖くないって、思えたんだよ」


 小さな声で呟いた。

 誰にも聞こえない、自分だけの言葉。

 拓海の隣にいると、

「母親として」じゃなくて「一人の私として」も、呼吸していられる気がした。


 手を伸ばす。

 娘の小さな手を握る。

 そのぬくもりを受け止めながら、心の奥に問いかける。


(もう一度だけ、誰かを信じてみてもいいのかな)


 月明かりがタイツの脚をすべり、カーテンを揺らす。

 世界は変わらないかもしれないけれど、

 “私”の気持ちは、確かにひとつ、変わり始めていた。


 放課後の屋上、風の中の沈黙


 蝉の声がまだ響く放課後。

 屋上には誰もいなくて、制服の袖をまくった彩花がフェンスにもたれかかっていた。


 ゆっくりと開く扉の音。

「……やっぱ、いた」


 ツインテールを揺らして、美咲が姿を見せる。

 自販機のココア缶を二つ持っていて、彩花にひとつを渡した。


「ふーん……最近さ、ちょっと変わったよね、あんた」


 彩花は、ふっと息を吐いて笑った。

「……そんなわかる?」


「わかるわ。だってさ――」

 美咲はフェンスに背を預けて缶を開け、口をつける。


「彩花が“男の子の名前”を、何もないときに考えてる時点でさ」


 ココアが喉に詰まりそうになった。

「ちょ、待っ……いつ見てたの?」

「そりゃ相棒だもん。見るよ、空気も読むよ」


 美咲は、からかうような笑みから、少しずつ真剣な表情へと変わっていった。


「拓海のこと、ちゃんと考えてるんでしょ?」

「……うん」

「好き?」


 一拍置いて、彩花は小さく頷いた。

「……うん。多分、そうだと思う。怖いけど」


 風が吹き抜ける。

 制服のスカートが揺れて、タイツ越しの脚が少しだけふるえた。


 美咲は静かに言った。

「じゃあさ――言っとくけど、あいつ、彩花のこと絶対気にしてる。

 あんたの娘にも、陽菜にも、あんなやさしい顔して向き合うの、他じゃ見たことないし」


 彩花は、胸の奥がじんわり熱くなった。


「だから、言うよ」


 美咲は一歩前に出て、にっこり笑った。


「告白するなら、今だよ」


 その言葉には、一切の冗談も、軽さもなかった。

 今まで隣で見てきた親友だからこそ言える、まっすぐな信頼の言葉だった。


 彩花は目を伏せ、手の中の缶を握りしめた。

「……ちゃんと気持ち、伝えられるかな」

「伝えなかったら、あんたらしくない。

 だって、どんなときだって向き合ってきたじゃん。“母”としても、“自分”としてもさ」


 美咲は背中をトンと叩いて、軽く笑う。

「行ってきな。応援してる。ママとしても、女の子としても、あんたは最高だよ」


 沈む夕陽が二人の背中を照らし、影が屋上の床に伸びていった。

 彩花の胸には、確かな決意が宿っていた。

 それは――ひとりの少女が、誰かに想いを伝える準備が、ついに整ったということだった。

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