ACT.15
夏祭りの夜、はじまりは浴衣の音から
ちりん――。
簪が揺れる音と、遠くで鳴る太鼓の音。
彩花は、娘の浴衣の帯を結び直していた。白地に向日葵の模様。
「くるしい?」
「ううん! ひなちゃんとおそろいだもんっ」
陽菜も、同じような柄の浴衣で照れくさそうに並んでいる。
「ママたちが着せてくれたから、大事に着る」
美咲は早々にりんご飴を買ってきて、うきうきと笑う。
「よし、今日は完全に親目線で楽しむぞ〜!」
拓海は頭をかきながら苦笑していた。
「……こういうの、慣れてねえけど……まぁ悪くないかもな」
夜店、すくいあげる光と笑い声
金魚すくい、くじ引き、綿あめの列。
美咲が提案して、四人で射的にも挑戦した。
娘と陽菜が並んでピストルを構える姿は、まるで双子のように見える。
「やったー! アヒル当たった!」
「陽菜も取れたっ……! お兄ちゃん見てっ」
そのとき。
後ろで、カメラのシャッター音がひとつ。
振り向くと、町内の写真サークルの男性が会釈していた。
「すみません、今の瞬間、すごく良くて……
町内報の“笑顔スナップ”に使わせてもらってもいいですか?」
四人は顔を見合わせる。
娘と陽菜が「やったー! 新聞にのるー!」と跳ね回っている。
彩花の心は一瞬だけ揺れた。
“私たち、家族じゃないのに――”
でも、隣で拓海がぽつりと。
「……いいんじゃね? 今だけでも、“家族”ってやつで」
その一言が、彩花の胸のどこかを溶かした。
「……はい。お願いします」
フラッシュの先にあったもの
四人が肩を寄せ合って、笑った瞬間。
ピカッと光が弾けた。
夜空のどこかで、最初の花火が音を立てて咲いた。
美咲がぽつりと笑いながら言う。
「ねえ、これってさ……なんか、未来の一枚みたいじゃない?」
彩花は娘を抱き寄せながら、その言葉を胸の奥で反芻していた。
“未来の一枚”――きっとこの笑顔を、何年経っても思い出す気がした。
夜祭の余韻、静かな帰り道
祭りの賑わいから少し離れた住宅街。
セミの声が落ち着き、夜の気温がようやく涼しくなってきた頃、四人は並んで歩いていた。
娘は陽菜と手をつなぎながら、まだはしゃいでいる。
「ねぇねぇ、次はどこ行く? つぎは、プール?」
「それいい! 陽菜、泳げるよ!」
笑い声が響くなか、ふと――美咲が小さな声で呟いた。
「……ずっと、こうして四人でいられたらいいのになぁ」
何気ない口調だった。
でもその言葉が、彩花の胸に、すとんと落ちた。
「……四人で?」
美咲は笑って振り返る。
「うん。まるで家族みたいだったじゃん、今日」
彩花は何も言えず、ただ黙って歩く。
その隣で、拓海は懐中電灯の光を子どもたちの足元に照らしながら、
「……そーだな。案外、悪くないかも」とぽつり。
夜風が吹き、彩花の髪を揺らした。
まるで誰かに肩を押されたように――彼女はそっと、拓海の横顔を見た。
陽菜と話すときの、いつもよりやわらかい声。
今日、娘の髪を結ぶのを手伝ってくれた時の、不器用な指先。
(私、この人の隣にいるとき……なんか、安心してる)
気づいてしまった。
それは、ずっと胸の奥にあった小さな光――「好き」の種。
眠りにつく前の、ひとりごと
その夜、娘がすやすやと寝息を立てている隣で、彩花は静かに天井を見つめていた。
(“家族みたい”って、美咲は言ったけど……)
ふと、町内報のカメラに撮られた“家族写真”を思い出す。
笑顔の四人。寄り添って立つ、自分と拓海。
(……あれ、演技でもなんでもなかった)
手を伸ばせば、届く距離にいる彼。
でも、踏み込めば、きっと壊れてしまうかもしれない不安もある。
だけど――胸の奥で、確かに何かが動き出していた。
母としてではなく、ひとりの少女として。
そして「恋をしているかもしれない自分」と、彩花は初めて向き合おうとしていた。




