ACT.11
放課後の帰り道。
校舎を出ると、空は淡いオレンジから群青へとゆっくり移り変わっていた。
舗道の端に並ぶ桜の木はもう花を散らし始め、地面には薄桃色の花びらがちらほらと舞っている。
彩花と美咲は並んで歩いていた。
カバンを片手に、美咲がぽつりと口を開く。
「ねぇ、彩花。これからの夢って、ある?」
彩花は少し考えて、春の風に髪を揺らしながら答えた。
「夢……かぁ。前は“卒業すること”が目標だった。でも今は、ちゃんと働いて、この子を育てたい。
いつか、“ママが笑ってるのが好き”って言われるようになりたいな」
その言葉に、美咲は目を細めた。
「うん、きっと言われるよ。だって、あんた笑うと強く見えるもん」
彩花は小さく笑い返す。
「美咲は? 将来、何になりたいの?」
少しの沈黙のあと、美咲は両手をポケットに突っ込みながら言った。
「……あたし、先生になりたい。
今日、彩花の担任の先生見てて思ったんだ。人の力になれるって、すごいことだなって。
あたしも、困ってる人を助けられる大人になりたい」
彩花は驚いて立ち止まった。
「……美咲が先生?」
「似合わないって思ったでしょ?」
「ううん、すごく似合うと思う」
美咲は顔を赤くして、視線を逸らした。
「……そう言われると、照れるじゃん」
沈む夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。
遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。
彩花はゆっくりと呟いた。
「ねぇ、美咲。ありがとう。私、これからも頑張るね」
「頑張りすぎないでね。あたしが隣にいるから」
風が吹き、桜の花びらがふたりの髪に舞い落ちた。
彩花は娘の未来、美咲は自分の未来。
それぞれの道は違っても、今この瞬間だけは、同じ道を歩いていた。
蝉の声が聞こえ始めた放課後。
窓から差し込む日差しが、黒板に反射して眩しい。
教室の空気は蒸し暑く、ほとんどの生徒が制服の袖をまくっていた。
けれど、彩花の脚だけは、いまだ黒いタイツに包まれている。
「ねぇ彩花、暑くないの?」
隣の席の美咲が、呆れたように笑う。
「うん……ちょっとね。でも、これが“私”だから」
彩花は少し照れながら答えた。
彼女のタイツは、もうただの制服の一部ではなかった。
あの日から――あの冷たいタイルの上で小さな命を抱いた日から、
“守るもの”の象徴になっていた。
美咲は頷いて、軽く笑う。
「そっか。彩花らしいね。
あたしも、何か“自分らしさ”ってやつ、見つけたいな」
二人は窓際に並び、外を見た。
真っ青な空に、入道雲が伸びている。
「夏休み、どうするの?」
「うん……娘と過ごすよ。保育園もあるけど、一緒に花火見たいな」
「いいね。それ、絶対叶えようよ」
放課後の教室に、遠くの部活の声が響く。
扇風機が回り、風が二人の髪をゆるやかに揺らした。
美咲は小さくつぶやく。
「彩花ってさ、タイツみたいに強いよね。薄いのに、絶対に破れない感じ」
「……そんな例え、初めて言われた」
「だってほんとにそうなんだもん」
彩花は笑い、足元の黒い布地に目を落とす。
布の奥にある温もり――母としての責任と、少女としての未来。
その両方を抱えて歩くために、彼女は夏になってもタイツを脱がない。




