山に弓引く
さて、君も知っての通り、十月を神無月というのは、何でも、神々が皆、出雲大社に出掛けてしまうからだというね。
そしてこの間、留守居役の恵比寿神を慰めるため、この時期に恵比寿祭りが行われる、という地域も各地にあるようだ。
だが、その神無月を前に、近くの山に向かって弓を引く慣習があるのは、小生の郷里だけではないかと思うのだ。
「長月の月隠り祭り」と言って、その日、子どもたちは皆、けっして外に出てはならないことになっている。大人は子どもたちほど厳密に外出を禁じられる訳ではないが、その日は何があろうと山に入ることは許されない。
そして、卯の刻、午の刻、酉の刻の三回、白装束に身を包んだ神職が、東南の山に向かって、三回ずつ弓を引く。最初は矢をつがえぬ鳴弦。次に鏑矢を放ち、最後に山鳥の尾で作った矢羽根と鉄の鏃を付けた矢を放つ。
酉の刻には神職が弓を引いた後に、村の若衆が全員で松明を持ち、山に向かって大声で叫ぶ。叫ぶというよりも威かすといった方が正しいように思う。
一体何故そんなことを、と思うだろう。小生も子どもの頃はそう思っていた。だから大人という大人に尋ねて回った。そこで得られた答えは、神無月で神々がいない隙を狙って山から悪しきものが下りて来ないように、というものだった。
しかし山に潜む悪しきものとは何か、という問いには誰も答えてくれないのだ。鬼か、山姥か、それとも狒々か。仕様がないから、自分で調べるより他にない。それが、小生の学問の方向を決定づけたように思う。
大学を出て以来、小生は彼方此方の伝承を調べた。東北にも九州にも赴いた。鳴弦は邪を祓う仕草。山鳥の尾羽根を使った矢は、八面大王という大鬼を退治する話にも出て来る。山鳥の尾に込められたくすしき力で、悪しきものを打ち倒すのだ。だが、郷里の山から下りて来るものは鬼でも狒々でもない。
しかし答えはすぐ近くにあった。小生の生まれ育った家の蔵に収められた代々の家長の覚書を綴じた冊子、それに記されていたのだ。そこには、大体次のようなことが書かれていた。祭りが出来なかった年は、村の三歳に満たぬ子が全て、神無月の内に驚風で命を落とした。故に祭りを絶やすことは勿論、一年でも怠ってはならぬ、と。
そして、山から下りてくるものの正体も書かれていた。君ならこれだけで分かってくれることと思う。
我が心慰めかねつ更級や
由緒ある家は何処も皆、暗い因習を隠しているものであるらしい。
* *
父が夕涼みに出ている隙に父の書斎に入った菊子は、父の旧友から送られて来た書簡に目を通し、静かに首を振った。
その書簡に引用された和歌の下の句ならば、菊子も知っていた。
姨捨山に照る月を見て
その村には棄老の慣習があったのだろう。祭りの真相は、神々が不在の間、山に捨てられ息絶えた老人たちの怨念から村の子どもたちを守るため、神職と若衆総出で山に向かって脅しをかけていた、というところか。たった一月で村の全ての赤ん坊の命を奪うほどの怨念だというのなら、捨てられた老人たちの数は如何ばかりか、恐らく指では数えられぬほどだろう。さらに、その怨念は、どうやら父の友人をも蝕んでいるらしい。
現に今も、その書簡から禍々しい気配が線香の煙のように立ち上っているのがその証拠。それは、この書斎から離れた台所にいても気が付くほどだった。だのにどうして自分以外の人間には分からないのか、菊子には不思議でならなかった。
「お父様にはお気の毒だけれど、こんな良くないものは燃してしまうに限るわね」
言い訳は何とでも立つ、とばかりに菊子はその書簡を庭で燃やした。マッチ一つの火で、それは実に呆気なく灰になった。
日が暮れた庭は昼の暑さが嘘のように涼しい。これを俳句の季語で「夜の秋」と言うのだと、菊子は父から昨夜教えて貰ったばかりだ。
――深い藍色に染まった東の空に見える月は、今宵、彼の山も照らすのだろうか。
「井戸の底」シリーズのヒロイン(?)菊ちゃんに登場して貰いました。
【9月12日追記】
拙作とその感想欄を元に
二角ゆう様が「楽しい姥捨山」
しいな ここみ様が「粘着」
を書いてくださいました。二角様の作品で怖さを吹き飛ばすのも、しいな様の作品で更に上の怖さを味わうのも、どちらもおすすめです。