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碧玉の瞳  作者: ふとん
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 きんと張り詰めた音が耳を劈いた。

 その痛みで歩美は目を開けた。

 暗闇ではない。

 見上げれば蒼空、地上には廃墟が広がっている。

 打ち壊されて数十年は経っているだろうか。

 いや。

 廃墟は劣化というよりも風化している。数百年の年月が経っているのだ。

 穏やかな雲の運行の下で、歩美は茫然と地面に座り込んだまま辺りを見回した。

 風化と砂漠化の進んだ廃墟に人の姿などない。それどころか生き物の気配すらない。

 碧玉の瞳をもってしても、歩美以外の生物を感じられないのだ。

「……ここは一体……」

 歩美の姿は制服のままだ。ブレザーにプリーツスカート。磨り減ったローファー。唯一、鞄が手にないだけ。

「……また、何処かに飛んだ……?」

「―――いいえ」

 艶やかな声には覚えがあった。

 見上げると声に伴った黒髪の美女が立っている。

「……ヘカテ……。秘密を知る魔女……」

「お久しぶりね。碧玉のお嬢さん」

 ヘカテは廃墟にそぐわない清浄な空気を纏ったまま、歩美を見下ろす。

「タブレットに関わった者は皆、不幸になるわね」

 彼女は少し憂いめいて目を細めた。

「レミエルのこと……?」

「彼はとても不幸だった…。来世での幸せを祈るわ」

 でも、とヘカテは歩美に黒の瞳を向ける。

「貴女は見事に運命を変えた」

「私が?」

「そう。ソフィアとアズラエルをヘブンに帰すことができたわ」

「……無事に帰れたのね」

「でも、貴女自身の運命を変えられなかった」

「え?」

 ヘカテは廃墟を見回す。

「ここが何処だかわかる?」

 わかるはずがない。

 首を振ると、ヘカテは憐憫を目に湛えた。

「アースよ」

「アース……? いつの時代……? 私以外に生き物がいない……」

「そうね。貴女以外、生きている者はないわ」

「そんな……。まさかまだヘカテの庭に居るの?」

「私の庭は鏡の庭。アースの風景に似せて姿を変えるのよ。―――――見てごらんなさい。貴女自身を」

 そうヘカテに手の平を差し出されると、歩美の視界は一変する。



 電車の警笛。

 地下を貫くヘッドライト。

 眼前では、歩美がホームから飛び出していた。

 その彼女から声が聞こえる。

『壊れてしまえ』


「え……?」


『こんな世界は壊れてしまえ』

 ヘッドライトと彼女の姿が重なった。

 同時に、電車が横転した。

 地下を支えていたはずの柱は外れ、尽く打ち壊れる。

 陥没した地面から人々が逃れられるはずもなく、悲鳴もないまま地面に沈む。

 大音響に耳を塞いだ歩美は地上に居た。

 ひび割れた大地に廃墟が広がっている。

 大地震が起こったのか。

 大噴火が起こったのか。

 歩美は困惑のまま周囲を見渡した。

 人の姿はない。

『誰も、居なくなった……』

 眼前には座り込んでいる歩美がいる。

『これで、私以外誰もいない……! 私は、自由だ!』

 陶然と叫ぶ自分が居た。




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!」

 頭を掻き毟る。

「お父さん! お母さん!」

「いないわ。そんな人。貴女は一人になったのよ」

「私は……わたしは……!」

「そう。貴女がアースを壊してしまったの。お父さんもお母さんもみんな殺してしまったのよ」

「私は悪くない!」

「そうね。悪いのは、貴女を苛めたクラスメイトと碧玉の瞳」

「私は悪くないのよ!」

「でも結果を求めたのは貴女よ」

 いつのまにか、歩美の眼前に立っているのは、黒髪の魔女ではなく、いつかの歩美自身だった。

「貴女が望んだのよ。この何もない自由を」

「違う違う違う違う違う!」

 声が枯れた。

 だが瞳は冷徹に真実を告げる。

 地下鉄に飛び降りた歩美は絶望していた。

 そして願ったのだ。

 ソフィアが、アズラエルにエメラルド・タブレットを託すことだけを願ったように、歩美は自分の嫌いな世界を壊すことを。

「嫌よ! こんな世界! こんなの……自由じゃない!」

「―――――じゃぁ、またやり直す?」

 冷たい指先が歩美の頬に触れた。

 泣いているのか。

 否。

 歩美は、子供が気に入らない玩具を取り替えてもらう時のように、笑っていた。



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