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碧玉の瞳  作者: ふとん
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 一度、光を求めて瞬いた。

 もう一度、同じように。

 それを三度繰り返して、ソフィアはようやく目を開けた。

 目の前に広がるのは、川辺に着くまで歩いていた露店の並ぶ街路である。

 景色が動いているのはソフィアが自分で歩いているからだ。しかし、足に感覚はなく、意識だけが水平に移動しているようだった。

 手を握られて歩いている。ソフィアを先導しているのは痩せぎすの男である。ありふれたワイシャツにジャケット、ありふれたチノパンを着込んでいる後ろ姿は人に見えた。

 男の短髪は、銀を溶かし込んだような澄んだ銀髪だ。

「あの…」

 声は思いの外普通に出た。男はおもむろにこちらへと振り返る。研究者然とした神経質そうな蒼の双眸で、少し笑った。

「気がついたね。良かった」

「―――あの、私はいったい…」

 瞬きする前までは、確かに兵士に追われていたのだ。

 それが、逃げおおせたばかりか景色すら違う。

 男もその質問を待っていたのか、心得たとばかりに頷いた。

「空間をね、少し移動したんだよ」

「……空間を?」

「そう。時間に少しだけ穴を開けてそこを潜ってきたんだ」

「……時間にトンネルを作ったってこと?」

「いい解答だね」

 満足そうに頷くと、男は正面に向き直って急いでいるのかソフィアの手を引っ張った。

「これが、そのトンネルだよ」

 言葉の先に、黒い、人一人が通れるような穴が街路に忽然と現れた。それは往来の人々すら壁とするように、あらゆる物をねじ曲げて出来たような、不自然な穴である。

 尻込みしたソフィアの手を男はふいに二、三歩踏み出して足音高くトンネルへと入り込んだ。ひやりとした風が微かに頬を打つ。ソフィアはその風につられるように、男に続いてトンネルをくぐった。

 瞬きを一つ。

 その間に、トンネルは消えてしまい、ソフィアは男と二人、狭いドアの前に立っていた。

 古びたドアに表札はなく、金属製か木製かはっきりしない戸は人が一人通れるほどの幅しかない。半地下の裏路地にあるらしく、昼間の日差しはあまり届かない。

 男はその戸を開けると、ソフィアを中へと招き入れる。導かれるまま入ったそこは、誰かの書斎のようだ。

 部屋に充満するのは積み上げられた本と紙、インクの臭いで、淡く入る日差しが渦を巻く埃を照らしている。だがこれだけ雑多に紙があるというのに本棚は一つも置かれていなかった。

「その辺りにかけて」

 勧められたのは唯一書類のないソファだった。躊躇うように押し黙ると、男は少し笑った。

「そうだね。まず君の質問に答えていくことにしよう。何が聞きたい?」

 そう言って、彼は愛用らしい机の前にある椅子をソファの前まで運び込んで腰掛ける。

「―――私を、どうして助けてくれたんですか?」

 ソフィアはソファに座らず、玄関前で立ったまま男へ質問を投げた。

「僕が君を誘拐しようと思ったからさ」

 男は椅子の肘掛けに肘を乗せ、頬杖をつく。

 ソフィアは、はっとしてドアノブに手をかける。ガタンと大きな音をたてるが、ドアは開かない。鍵らしいものは一切ついていないというのに、ドアはまるで外から閂でもかけたように耳障りな壁を作っている。

 彼女が苛立って振り返ると、男は目を細めて口の端を上げた。

「とりあえず誘拐は成功したようだね」

「……私を誘拐してどうしようって言うの? 私に身代金を出してくれる人はいないわよ」

「期待していないよ。もしかしたら君と一緒にここへきたヘブンのデュナミス達が払ってくれるのかもしれないけれど、僕は君さえいればいいから」

「……どういうこと?」

「君は金にも勝る至宝ということだよ。碧眼のお姫様」

「―――わからないわ。この目がどんな意味を持つというの」

 この翠の目のせいで殺されそうになっている。キュクロプスは真実を見る目だと言った。しかし、視界に真実以外の何が目に入るというのだろうか。

「君のエメラルドグリーンの瞳は特別だよ。真実だけを見つめ、見通す目だ」

 それはね、と男は蒼の目を閉じた。

「見ようと思えば世界の裏側だって見える目さ。何にも惑わされず、何にも騙されない」

「……誘拐されたわ」

「それは君が目を閉じているからだろう」

「………?」

「―――目は閉じられたまま、現実を見ない、か…」

 男は呟き、ソフィアを見遣る。

「君にその気があるなら、君が知りたいことを教えてあげよう。どうだい?」

 ラグエルが探しているのかもしれない。だがソフィアを殺そうとしたのはアズラエルだ。

 黙り込んだソフィアを眺めて、男は頷く。

「ここに居る間、考えるといい。質問も自由だよ。どのみち君を逃がす気はないから」

 彼は椅子から立ち上がると部屋の奥にあるドアを開ける。暗がりの部屋の奧は昼間でも見えない。

「ああ、そうだ」

 暗い部屋へと向けた足を少し止めて、男はソフィアを顧みる。

「僕はゲイリー。気が向いたら君の名前も聞かせて」

 ソフィアは言うべきか否か迷って黙るが、ゲイリーは構わず続けた。

「これから本屋に行くからついておいで」

 



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