11
異界というのは、こういう場所をいうのだろうか。
奇妙な耳、爬虫類の首、両生類とも哺乳類ともつかない尻尾。そんな珍獣がイスラムとも中国風ともつかない衣装を着て街路を闊歩している。
「ちょいとお嬢ちゃん」
気前のいいおばさんの声に引かれて露店を覗くと、そこには肉を噛むために次々に生え替わるという鮫が顔をのぞかせていた。少し驚きながら店を眺めると色とりどりの果物が山と積まれて買い手を待っている。
鮫の顔をしたおばさんはよく働くグローブのような手でリンゴとも梨ともつかない黄色の果物をソフィアに差し出した。
「どうだい、旨そうだろう?」
瑞々しい果物は確か旨そうだ。だが、この世界の通貨を持っていないソフィアには手の出ないものだ。
ソフィアは、ウインドショッピングでよくやるように、おざなりに応えて店を出た。
ラグエルに城から追い出されて目を開けると、この街路より一筋外れた裏通りだった。茫然と立っているのも怪しまれるので、ソフィアは何食わぬ顔で表通りに出ることにした。
祭りかバザールなのか、人は多い。仮装している人もいて、ソフィアのブレザーは大して目立たない。
“適当に観光でもしておいで”
ここへソフィアを魔法で飛ばしたラグエルの言う通りにするのは癪だったが彼女は物見遊山で往来を見て回ることにした。青緑の奇妙な魚や黄緑の瓜、牙を向いた兎などは、食用というにはあまりに奇異で、ソフィアのいた摩天楼の通う都会とは違う賑わいが異邦人の心をくすぐったのだ。幾筋にものびる街路それぞれに露店が並び、この国が長い平和で守られていることを示す。人々の顔はそれだけで穏やかだった。
しかし行く当てもないソフィアにとって、それはすぐ退屈に変わり、ひとり川縁で座り込む始末になった。
土手は草原で日当たりもいい。整備された川辺の風は心地よかった。
今までの動悸が嘘のようだ。
あの少年―――キュクロプスの首を斬られたことも。
ソフィアは記憶を引きはがそうと目を閉じる。
これは夢なのだ。
自分が作り出した夢の世界。
思い至って、はっと目が醒める。
どうして今まで気がつかなかったのだろう。
手を見つめる。
握っては開く。
感覚は確かにある。だが、疲労感はない。
あれだけ歩いて、走ってもう何日もそうしているというのに昏倒した以外眠くもならない。
夢だ。
だが、解かれた長い黒髪が痛む。
これは夢なのか。それとも
「アイツだ!」
思考の迷路から引きずり出される。
土手を見上げると城で見たことのある袷の兵服が数人こちらを指している。
逃げなくては。
そう思う頃にはソフィアは土手沿いを走り出している。兵達の帯元でかち合う剣の金属音が耳に響く。草を蹴散らし、必死に足を動かすが、滑り止めが薄くなったローファは草の上で滑って思うように走れない。
振り返るまでもなく、兵達が近いことが知れた。
足がとうとう滑る。
息を呑む。
意識が収縮する。
「あっ!」
やっとあげた声は間抜けに聞こえた。