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偽りの形6

風を切って駆け抜けて、すれ違う人に何度かぶつかりそうになりながらも一目散にグラウンドへと向う、視界に目的の人物を捉えると楓はさらに走るスピードを上げた。


「アキラ!」


楓の声はしっかりと亮に届いたらしく、アキラも動作を早め準備を整えてから素早く移動した。

グラウンドのフェンスの外、校舎から校門へと続く道に着いたのはアキラの方が早かった。

その場で大人しく楓の到着を待つ。

駆け足のままアキラと合流した楓はそこでようやくひと息ついた。


「ご苦労さん」


「お待たせ」


楓の呼吸が落ち着くのを待ってから2人は肩を並べて歩き出し、校門をくぐる。

はやる気持ちを抑えるために歩調はあくまでゆっくりと。


「そう言えば、今日はどこに行くの?」


「決めてないけど」


「じゃあどこに向かって歩いてるの?」


「そんなの適当だよ。たまには目的地を決めずにぶらぶらするのもいいんじゃない?」


笑いながら頬をかくアキラの頬はほんのり赤く色づいていた。

本人は気が付いてないようだが、笑いながら頬をかく動作は照れてるときのアキラの癖だということを楓は知っていた。

バスケをしている時の凛々しさとは違うほんのり赤く染まった顔が可愛くて楓は好きだった。


「うん、そうだよね。そういうのもたまにはいいかも」


自然と楓の顔にも笑みが広がる。

楓の反応に満足したのか、今度は照れ隠しではなくアキラは満面の笑みが浮かべた。

それから2人はその日の学校での来事や厄介な課題の愚痴など、次から次へと話を変えながら会話を十分に楽しんだ。

ひたすら話し続けているにも関わらず話題が尽きることはなかった。

会話が弾むに比例して2人の歩調も速まる。

気が付けば学校付近の閑散とした住宅街を抜け、いつの間にかショッピング街まで来ていた。

公共交通機関が集中している辺りまで来るとしだいに人が増えてくる。

仕事帰りのサラリーマンやOL、学校帰りの学生の姿が多く見られるようになった。

こう人が多いとさすがに会話だけに集中するわけにはいかず、すれ違う人にも注意を払わなければ危うくぶつかりそうなってしまう。

2人の口数は次第に減っていた。

アキラは気に入った店がないか探しているらしく、通り過ぎて行く店の中を眺めている。

肩を並べて歩いたはずなのに気が付くと楓はアキラの姿を、1歩後ろから追いかけていた。

前方から歩いて来る人たちの遠くから物色するような視線、すれ違う人たちの近くから見つめる視線、アキラに向けられる彼女たちの表情が自然と視界に入る位置をキープながら歩く。

自分は自虐趣味でもあるのだろうか。

2人で出かけると楓は必ずといっていいほど、アキラを含めて彼を取り巻く周囲の人たちを眺めていた。


『そんな目でアキラを見ないで』


本当は形にしたい言葉。

伝えてしまいたい想い。

馬鹿な自分が決して口に出すことがないように、アキラの『親友』だという自分の立場を忘れないためにあえて1歩下がった場所から彼を眺める。

後ろから伸ばした腕に鈍い彼はきっと気付かないでいてくれるから。

この距離を私は間違ってはいけない。


「楓!」


「えっ?」


突然の声に驚いて、人が行きかう道のど真ん中だというのに楓の足は止まってしまった。

一緒に歩いているアキラの歩みも当然止まってしまうわけで、立ち止まったアキラは楓の顔を覗き込んでいる。

なにやら真剣な表情で、小さな仕草ひとつ見逃すことがないようにまっすぐに見つめてくる。


「気分でも悪いのか?」


「どうして?」


「いつもと違う感じがしたから」


肩が震えてしまったことにアキラは気が付いただろうか。

アキラに悟られることなんてないと思っていた。


「そんなことなよ」


絞り出した声は、もしかしたら震えていたかもしれない。

この秘めた想いが暴かれてしまうかもしれない恐怖とアキラが己のほんの些細な変化に気が付いてくれた歓喜、相反する2つの感情に心が支配される。

ここで流されてはいけない。

ぐちゃぐちゃの感情のまま全てを吐き出してはだめだ。


楓は気づかれない程度に1度小さく息を吐き出した。

さもあり得うるだろう理由を付け加える。


「人が多いから気を付けないといけないと思って注意して歩いてただけだよ」


なんとか落ち着いて言葉にできたと楓は密かに安堵していたというのに、アキラは簡単には引き下がらなかった。

何がそんなに引っかかるのだろう。

納得しないアキラの様子に楓は首をかしげる。


「本当に?」


「うん、本当だよ」


再び頷いて見せたにも関わらず、それでもアキラの表情は晴れなかった。


「なによ、私が嘘ついてるっていうの?」


「そんなことないけど」


楓がわざと咎めるような口調で話したことが不満だったようでアキラは言葉に詰まった。

まるで拗ねた子供みたいな態度が可愛らしくて、楓は沸き起こる笑いに耐えようと試みたものの失敗に終わった。

しかし、我慢できずに小さくこぼれた声にアキラは気がつかなかったようだ。

密かに垣間見た表情に変化はなかった。


「もう、大丈夫だって言ってるじゃない。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


「ならいいんだけど」


「アキラこそ、気をつけてね。注意力散漫で迷子にならないか心配だから」


楓のからかいに今度こそへそを曲げたのか、アキラは顔をしかめていた。

唇を尖らせながら反論を口にする。


「迷子になんてならない」


「わからないじゃない」


「そんなこと絶対に」


むきになって若干強く発せられた言葉だったが中途半端なところで途切れた。

最後まで続かなかった言葉を不思議に思いながら、楓は後に続けてみた。


「ありえない?」


「いや、確かにありえないんだけど。そうだな、でもこんなに人が多いと迷子になることだってあるかも」


うつむいて考え込むように独り言をつぶやいていたアキラが顔を上げた。

先ほどまで拗ねていたはずの顔は今ではなぜか輝いている。


「はい、これで良し」


言うが早いか、満面の笑みを浮かべたアキラは迷うことなく楓の手を取った。

そのまま腕を引きアキラは歩き出す。


「手をつないでいれば迷子になる心配なんてしなくていいだろう?」


アキラが好き、大好きだ。

手をつなぐ、それだけで心が躍る。

我ながら現金な奴だと呆れてしまいそうになるくらい、私はアキラに溺れている。

嬉しくて嬉しくて、笑顔が溢れた。

この瞬間がどうしようもなく愛おしい。

つないだ手を放したくない。

重なった手を強く握り締める。

この暖かい手が離れていくことがないように。

この時間が、永遠に続くようにと静かに祈りを込めた。


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