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偽りの形5

「もう帰るのか?」


早々に試合を抜け出そうとしていたアキラだったがその行動すぐに失敗に終わった。

帰ろうとしていることに気付かれたらしく、チームメイトがアキラを呼び止める。


「ああ、楓と約束してるんだよ。もともとあっちが先約だったわけだし、これ以上待たせられない」


背後から聞こえた声に仕方なく振り返ると、そこにはグラウンドを走り回っていたくせに汗一つかいていない男がいた。

男は何かを企むようにニヤニヤと緩い笑みを浮かべている。


「なあ、本当のところどうなんだ?お前たちが付き合ってるっていう噂があるけど、あれはただの噂なの?」


相変わらず読めない。

答えを知っていながら問いかけてくる男にアキラは軽い苛立ちを感じたが、すぐに打ち消した。

くだらない噂の方が何倍も気に食わない。


「そんな噂誰が流したんだよ」


「出どころ不明ってなってるけど、どうせ噂好きの女生徒諸君だろ」


男は馬鹿にしたような笑いを隠すことなく浮かべている。


「少しは隠せよ」


「なんで?ここにはお前しかいないのに、意味なんてないだろう」


「そういう問題じゃない」


「真面目だね亮は。別に気にしなければいいんだよ。どうせ聞かれたところでたいした問題じゃない。

それより、質問の答えをまだ貰ってないんだけど」


どうやら答えを貰うまで男はアキラを解放してくれる気はないらしい。

アキラの口から思わず溜息をこぼれた。


「楓とは付き合ってないよ。俺たちはただの友達、とういか親友だな」


アキラが正直に話したというのに、欲しかったものを手に入れたはずの当の本人の表情は晴れない。

どうやら欲しかった答えとは違ったらしい。

男の顔が不満であると物語っていた。


「全然面白くないよ」


「お前に面白い話題を提供しようなんて思ってない」


「つまらない男だね亮君」


「つまらなくて結構だ」


「でもお前と付き合ってないってことは和泉は今フリーなんだろう?なら俺が狙ってもいいわけだ」


「お前にはやらないよ」


言葉を被せるように間も与えず答えたアキラに男は驚いた様子だったが、すぐに肩を震わせながら笑いだした。


「自分で言うのもなんだけど、なかなかいい男だよ、俺。彼女のことは大事にするし」


「寝言は寝て言え。学校1の遊び人、宮田俊哉。お前と付き合ったら楓が泣かされるに決まってる。

この女の敵め」


「随分気に入ってるんだな」


冗談のように笑いながら軽口を叩いている相手からアキラは決して目を逸らさなかった。


「親友の身を案じてなにが悪い」


運動後の火照りはいつの間にか消え失せていて、体の芯が冷えてしまいそうだった。

きつい太陽の日差しが心地よいくらいだ。


「コワイコワイ。まあ俺の場合は冗談だけど」


相変わらずの軽口とともに肩に回された腕をひどく冷たく感じた。

自分で冗談だといいながら、試すような視線を隠そうともせずに向けてくる。

表面上は笑っていても男の眼だけは深く静かな色を映していた。

その静寂に恐怖すら覚えそうなくらいどこまでも続く夜の闇―――。


「亮」


己を呼ぶ声にハッとしたアキラが思考の海から浮上する。

気が付くと男の瞳から静寂は消えていた。


「おい亮、大丈夫か?」


「あっ?ああ、何か言ったか?」


「和泉って結構人気あるんだから気を付けろよ、って言ったんだよ」


「気を付けろって言ったって決めるのは楓だろ」


「クールだねえ」


笑い声と一緒に肩を叩く小気味いい音が響く。


「カッコいいよ亮君。でも、そんな君にひとつ忠告をしておこう」


宮田は芝居がかった動作で一度咳ばらいをして、わざわざ十分な間を取ってから続けた。

顔が良いだけに板についているところだ厭らしい。


「足もとに転がっているのが石だとは限らないぞ」


まるで謎かけでもしているかのようにアキラへと投げかけた。


「意味が分からない」


「だろうな、亮は頭悪いから」


即決されたアキラの答えは宮田の期待通りのものだったようで、その表情は晴れ晴れとしている。

もっと分かりやすく言えばよいものを、馬鹿にした態度がいちいち癇に障る。


「うるさい。それに男女関係でお前に説教なんてされたくないね。

そんなもの誰よりも信じてない人間に言われちゃお終いだ」


「まあ難しく考えるな。もっと良く周りに目を向けることだな」


言いたいことだけ言い終わると反論する間も与えず、宮田はボールを追いかけるチームメイトの群れに紛れていった。

先ほどまでアキラのゴールで勝っていたはずの試合はいつの間にゴールを決められたのか、逆転されて負けていた。


「アキラ!」


立ち止まったままぼんやりとスコアボードを見ながら、耳だけは立派に機能していた。

グラウンドを飛び交ういくつもの声の中から楓の声だけを拾い上げる。

アキラは荷物を手に、迷うことなく楓の元へと駆け出した。


いくら見渡しても、どうせ周りには石ころしか転がっていない。

つま先にぶつかり蹴り飛ばした感触を気にすることもなく、アキラは走り去った。

反射された輝きだけが後に残っていた。


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