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偽りの形3

「鈍いって言うのは残酷だな」


「何、それ?」


「俺の経験論、かな?」


グラウンドを眺め、ぼんやりとしながら速人はこぼした。

ここは屋上。

今はちょうど放課後。

速人の視線の先にはグラウンドを駆ける生徒たちの姿がある。

目に入るのは、たくさんの小さな人型。

学校指定の制服を着ている彼らは似たような背格好をしていて、ここからでは皆同じようにしか見えない。

グラウンドを端から端へと動き回る姿は、誰が誰だか距離が離れていてわかりにくい。

ある程度見知った人間でなければ、見分けることは難しいだろう。

それは楓にだって言えること。

たった1人を除いては楓にだってわからない。

でも、見間違うことのない人物がこの学校に1人だけ。

彼だけは例えどんな姿をしていても見つけられる。


「ふーん。経験論ねえ」


屋上の柵に頬杖を付きながら、楓は目で追っていた。

惹きつけられるように、終始同じ人影だけを、彼だけを。


ホームルームが終わると同時に、友達に引っ張られて行ってしまったアキラ。

どうやら強制参加させられたらしい。

鞄を手に今から帰ろうとしているところを、引きずられるようにしてグラウンドへと連行されてしまった。

抵抗して何やら喚きながら消えていった彼が、楓に伝言を残す暇などありはしなかった。

結果、すぐに帰る準備をしていた楓は、置いてきぼりをくうはめとなった。

置いて行かれた楓だったが、別段怒っているわけではない。

人気者のアキラにはわりとよくあることだから。

楓にとって問題なのは、アキラを待つ間どうやって時間を潰すかということ。

それだって、本当は考えるまでもなく決まっていたのだけれど。


足は自然と屋上へと向かっていた。


スッと、横に人の気配が移動してくる。

2人の距離は離れていたはずなのに、いつの間にか速人はすぐ側まで来ていたらしい。

彼も楓の隣で同じようにグラウンドを眺めていた。


「滑稽だって私を笑う?」


視線を外すことなく、おどけるように楓は口にした。


「いや、尊敬するね。お前のその精神力っていうか根性には。ぜひバスケ部のマネージャーに欲しい」


対照的に速人は視線を動かした。

それは楓に確認できないくらいほんの僅かな動作だった。

ふっと、自嘲するように微笑んだ楓の横顔を視界の端に留め、すぐに元の場所へと視線は戻された。

なんでもないことのように速人も小さく微笑んでみせる。


「マネージャー、ね」


楓の位置からは、ちょうどドリブルしながらゴールへと向かうアキラの横顔が見えた。

さすがに表情まで確認することは出来なかったが、見えなくても楓にはアキラがどんな顔をしているのか容易に想像することができた。


笑っている。

真剣な顔をして走り回りながら、ゴールを目指して。

心の中で、アキラは楽しそうに笑っている。

そしてゴールを決めると、心の中に咲かせていた笑みを表に出して、満面の笑みを浮かべるはずだ。


頭の中でそっと思い浮かべたアキラを、楓はバスケをしているアキラの姿に重ね合わせた。

コートを駆けて行くアキラ。

離れて行く背中をただ見ていることしか出来ない自分。

手を伸ばすことさえも出来ずに惨めに立ち尽くす。


「お断りよ。バスケをしているアキラの顔は好きだけど、走り去って行くアキラの背中は嫌いなの。

行かないでって言っちゃいけないのに叫びそうになる。

自分からわざわざタイムリミットを削るなんて馬鹿みたいじゃない?」


アキラが蹴ったボールがゴールに鋭く突き刺さる。

ネットを揺らしたボールは、その勢いからコロコロと転がりアキラの足元まで戻って来る。

しかし、足に寄り添うようにして止まったボールを、アキラはもう見向きもせずに仲間のほうへと走り去って行く。

その時、屋上にいる人影に気付いたらしく、アキラは大きく手を振った。

もちろん、楓も何の躊躇いもなく手を振り返す。

何の疑いもなしに振られたアキラの手が自分に向けられたものだと受け取ることができ、迷うことなく手を振り返せる。

少なくともこの時、アキラは楓を見てくれた。

見つけてくれたのだから。

にもかかわらず、嬉しいはずの己の手は重たく感じられ、楓は無性に心が騒いだ。


視線の先、アキラの背後にはボールがぽつんと地面に取り残されていた。


独りぼっち・・・


異様に目を引くボールを見たくなくて、取り残されたボールがとても恐ろしいもののように思えて、楓はそれを意識の外へと追いやった。

視線はアキラに向けたまま、アキラだけを見たままに。


「それともさ、単なる冗談だった?」


転がったボールのことなんて早く忘れてしまいたくて、考えたくもなくて、楓は速人との会話に集中しようとした。


「部員に恋する女なんて邪魔だよね。

その人だけ贔屓されたりしたらかなわないし、お断り・・・なわけないか」


「ああ、別に問題ないさ」


楓と言葉を交わしながら速人もまた、アキラをずっと見ていた。

左右に揺れるアキラの腕に、楓ほどではなかったが彼も手を軽く上げて返していた。


「でも、きっと迷惑、だよ」


「さあ?案外そうでもないかもよ。少なくとも嫌がりはないと思うけど、みんなね」


浮かべられているのは微かな笑み。

意外な言葉に思わず振り向いた楓は、飛び込んできた読めない横顔に不思議と見入ってしまっていた。

速人の笑みが、彼が口にした言葉に対するものなのか、それともアキラに対するものなのかわからない。

その笑みは本心からなのだろうか、さっきの言葉が本心なのか。

楓にはどうにも測りかねる。

否、測ってはいけない。

深く考えてはいけない。

そんな気がしてならなかった。


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