偽りの形1
首都圏に近いこの町には日本でも有数の私立高校がある。
この高校のスポーツ部はレベルが高い。
もちろん部活としての実績もそうだが何より、彼らの多くは運動神経抜群の上に容姿端麗なのだ。
それは男子にも女子にも当てはまる。
尚これはいつからか伝統のように受け継がれている。
そしてその人たちは部のエースであったり、キャプテンであったりするわけで、目立たないはずがない。
必然的に人気者となっていく。
その中の1人が私のクラスにもいる。
さらに言うならば、運よく私の前の席に座っている。
彼の名前は日立亮。
リョウって書いてアキラと読む。
スラリとした長身。
それでいて適度に引き締まった体。
目鼻立ちのハッキリした端正な容姿。
人当たりが良く、付き合いも良いため友達は多い。
面倒見が良く、誰にでも優しく笑いかける。
それが私の知っている日立亮。
そして私達の関係は『親友』。
「・・で、・・えで、楓。聞いてる?」
ぼんやりしていた楓は突然聞こえてきた声に驚き、はっとした。
反射的に声のする方向へ顔を向ける。
すると目の前には、今まさに己の思考を支配していた張本人であるアキラの顔が広がった。
「あっ、ごめん。何の話だったっけ?」
椅子に楽な姿勢で腰掛け、楓に呼びかけていた男は、楓の惚けた反応に呆れた顔をしている。
その唯一テノールの声で『楓』と名前を呼ぶ彼。
和泉楓の親友。
そして、好きな人。
「今日、部活休みだから、帰りにどこか行かない?」
「いいけど。どこに行くかくらい考えてよね」
「じゃあ、帰りまでには決めとくよ」
そう言って楓に惜しみなく笑顔を向ける。
誰にでも笑顔を向けるアキラの、親しい人間にだけ向けられる他とは違った特別な笑み。
この笑顔を見ると改めて思う。
アキラが好き。
彼の特別でありたい。
アキラの特別を手に入れ手放さないために、彼と一緒にいるために失ったものがある。
代償として楓は捨てた。
恋人になるチャンスを。
変わることを恐れていたあの頃。
ゆらゆらと漂いながら結局楓の下に残ったものは親友という名の隠れ蓑。
「でもいいの?」
「何が?」
「私とばっかり一緒にいたら女の子たちが勘違いするよ。新しい彼女ができなくてもいいの?」
「別にいいよ。お前といる方が気楽で落ち着くから」
アキラは時々そうやって不意打ちで楓に傷を付ける。
嬉しいはずのその言葉は、同時に痛みをも生み出す。
楓の中にゆっくりと溶け込み少しずつ蓄積されていく。
いったいいつまで耐えることができるだろうか。
アキラの言葉に耐え切れず、隠し続けた恋心が容量を超えて溢れてしまった時。
その時が、楓がアキラの側にいられるタイムリミット。
誤魔化せなくなった痛みは、果たして楓に何をもたらすのか。
「それに、今は特に欲しいとか思わないし」
そう、『今は』。
ズキッ。
また1つ、新たな傷が刻まれた。
でも、楓は見ないふりをする。
胸の痛みなど最初から存在しないかのように無視をする。
簡単だ。
ほんの少し目を閉じるだけでいい。
それだけでアキラの側にいられるのだから。
閉ざしていた瞼が開かれる。
何事もなかったかのように、楓は微笑み返した。