番外 甘くないチョコレート
2月14日。
バレンタインデー。
楓はこの日が、1年の中で最も嫌いだった。
雪もちらつくこの季節。
寒さからか、誰もが温もりを求める。
特に今日という『バレンタインデー』には、恋人と言う名の甘い温もりを求め奔走する。
毎年例外なく訪れる行事であり、今年もまた楓の前には悪夢が広がっていた。
「安倍先輩!」
1年生のバレー部のエースを呼ぶ声が聞こえる。
「俊哉!」
次はテニス部。
「会長!」
次は生徒会長。
ここでも、あそこでも、どこに行っても、聞こえてくるのは女の子の甘い声。
好きな人はチョコを渡すために、そして、あわよくば恋人の座を掴むために必死にアピールしている姿は勇ましい。
でも、それはいい。
楓にだって恋する気持ちは痛いほどにわかるから。
そんな姿を見ていると、頑張れと応援したくなる。
本当に聞きたくないのは、楓が見たくないものは、もっと別の・・・。
「亮!」
「亮君!」
「日立先輩!」
アキラを呼ぶ声。
アキラを見つめる熱を含んだ瞳、赤く染まった頬。
彼に手に渡される、たくさんのチョコレート。
ありがとう、と言いながら、彼女たちの想いを受け取るアキラの姿。
そんな光景を見るのがどうしようもなく嫌だった。
だって楓には、真似できないことだから。
あんな風にはなれない。
本命チョコなんて渡せない。
渡せるのはせいぜい義理チョコ。
ちっとも甘くない、苦いチョコレートだけ。