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波乱の幕開け7

楓はわき上がる衝動を抑えることに必死だった。

結んだ口から漏れる小さな声、震える肩をなんとか隠そうと試みるも、その努力はほとんど功を奏していなかった。

うつむいた顔は決して上げられない。

目の前にいる彼と目を合わせてしまうと最後、きっと我慢できなくなってしまうから。


「・・・笑いたきゃ笑えよ」


しかし、目を合わさずとも、楓の努力は水の泡となった。

本人の口から笑えと言われれば笑わないわけにはいかない。

吐き捨てるアキラの拗ねた口調は楓の笑いを誘うには十分だった。

本人から直々に笑ってもいいと許可をもらい笑いだした楓だったが、アキラにしてみればやりきれない。

いくら自分が笑えと言った結果だったとしても、こうも見事に笑われると面白くないと思うのは当然で、アキラの顔は見る見るうちにいじけた顔になっていった。

笑いすぎてあふれた涙を指先ですくいながら、楓はアキラの顔を垣間見た。

途端に、収まりかけていた笑いの波が押し寄せてくる。


「・・・もういい」


「ごめん、ごめんね。でも、アキラが」


「笑いながら途中で止めるな。言いたいことがあるなら全部言えよ」


おかしくて涙が止まらない。

泣き笑いさえ浮かべている楓の姿を見て、アキラは本格的にへそを曲げていた。

それでも、楓の笑いはなかなか収まらない。

気になっていることがあったのだそうだ。

言うべきか言わざるべきか悩み、煮え切らない自分に思わずため息をついてしまった、という彼。

普段は憎らしいほどにカッコいいくせに、たまに抜けている姿をさらすアキラ。

そんな姿は、なんとも・・・。


「かわいい」


「かわいいとか言うな」


「アキラかわいい」


「だいたい、男にかわいいなんて・・・言われても嬉しくない」


いくら言ったところで効果はないと悟ったようで、アキラはひとりでぶつぶつとつぶやいている。

そんなアキラの横顔を見ていると、かわいいという思いは消えるどころかますます強くなってしまうところだが、これ以上笑ってしまってはかわいそうだ。

そろそろ機嫌でも取ろうか。

さて、どうすべきか、と考えていると、未だに愚痴をもらしているアキラの言葉に楓は耳を疑った。


「だいたい、俺は楓になにか悩みでもあるんじゃないかと心配してただけで―――」


「え?」


その衝撃に、己に向けられた言葉ではないにも関わらず、楓は反応してしまった。

突如上がった楓の声に、アキラも言葉を止めて彼女を食い入るように見つめる。


「・・・もしかして、聞こえてた?」


「・・・聞いちゃった」


アキラは頭を抱えて、なんだか意味をなさない言葉を呻き出した。

まさか、話を聞かれているとは夢にも思わなかったのだろう。

側に楓がいることも忘れて、ひとり愚痴をこぼしていたようだったから。

そして、すぐに顔を上げたアキラだったが、それでも楓と視線を合わせようとはしなかった。

聞かれたものは仕方ないと開き直ろうと思ってみたが、簡単にはいかなかったようだ。

そんなアキラの姿を見て、楓は例え視線が交わることはなくとも、一字一句聞き洩らさないようにしようと、まっすぐにアキラの顔を見つめた。


「なら、仕方ないから話すけど・・・なんていうかさ、お前はいつもひとりで溜め込むだろう」


「そんなこと」


ないと続けられるはずの言葉はアキラによって遮られる。


「そんなことある」


ようやく楓を見たアキラだったが、それでも2人の視線が交わることはなかった。

今度は楓が目を逸らす。


「ないもん」


先手を打たれてもなお、素直に認めない楓に、アキラは苦笑をもらす。


「昨日からずっと暗い顔をしてる」


口を真一文字に閉ざして、楓はかたくなに答えようとはしない。

そんな楓の顔をまっすぐに見つめながら、アキラは諭すように続ける。


「でもさ、こう言っておきながらなんだけど、別に無理に聞き出そうとは思ってないよ」


こちらを見ようともしない相手に語り続ける。


「お前が話したいと思ったら言えばいい」


優しい指先が楓の頬をくすぐる。


「いくらでも相談に乗るから」


頬をなでた指が、そのまま楓の目に溜まった涙を拭い去る。


「っ!?」


「俺は、待ってるよ」


その瞬間、わき上がった気持ちをどう表現すればいいだろう。

とても言葉では伝えきれない、そんなぐちゃぐちゃとした思いが、楓の心を蝕んだ。

気が付けば、涙を拭ってくれたアキラの手を楓は力いっぱい握りしめていた。

折れそうに細い指先が白く染まる。

そんなに強く握りしめてしまったらアキラが痛いとか、自分が痛いとか、そんなことを考える余裕はすでに楓の中には存在しなかった。

震える指先が、ありありと物語っている。


「そんなこと・・・そんなこと言っちゃだめじゃない。アキラには、もう彼女ができたんだから。

彼女以外の女の子にそんな風に・・・そんな風に優しくしちゃだめじゃない!」


掴んだ手を放すことができない自分が嫌だった。

激情を抑えることができずに、叫ぶしかない自分が惨めだった。

ねえ、優しくしないで。

もう、私に触れないで。


悪いのは自分だということを、己が1番よく知っているはずなのに、楓の言葉はアキラばかりを攻め立てる。

せっかくアキラが拭ってくれたにも関わらず、楓の目から再び涙はあふれ出す。

しかし、もうその涙が拭われことはなかった。

楓に掴まれた手はそのままに、もう片方の自由な手さえも、アキラは動かそうとはしなかった。

頬を伝い、シーツに染みを刻んで行く楓の涙をただ眺めていた。

そして、代わりに彼は、口を開く。


「断ったよ」


アキラの口から飛び出した思いもよらぬ言葉を理解できずに、楓は静かに涙を流し続けるのだった。


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