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波乱の幕開け6

あれから、保健室の先生が戻ってくることはなかった。

授業を受けろと注意する先生がいないものだから、結局アキラが教室に戻ることはなかった。

5限目の体育が終わり、いい加減授業を受けろと注意すべきだろうかと、さすがに楓も真剣に悩み出していた。

さぼるのはよくない、とわかっていても、楓だって本音を言えば行って欲しくない。

言うべきか、言わずにいるべきか。

答えが出せないままそうこうしているうちに、6限目の始まりを告げるチャイムが響き渡った。

こうなってしまっては仕方ないと、ここに来てようやく楓も開き直る決心がついた。

それなら、いっそのこと今の時間を楽しもうと、アキラとの会話に夢中になる。どこか心ここに在らずだった様子が一変した。

アキラの話を聞き、相づちをうちながら聞き役に回ったかと思うと、積極的に話をする。

楓が熱心に会話に参加しだすとなると、当然ながらアキラにも熱が入るわけで、2人の会話はますますヒートアップする。

本来、保健室は病人が集まるところ。

当の本人も、例え建前だったとしてもここに来た理由は同じだったはずだが、その事実はいつしか楓の頭からすっかり忘れ去られていた。


しかし、ついに時間も6限目の後半に差しかかろうといった頃、それまで終始変わらず笑みを浮かべていたアキラに突然変化が起こる。

急に真剣な表情をしたかと思えば、不意に楓を覗き込んで来た。


「お前さ」


先ほどまでよりずっと近い距離から聞こえた声に、驚いてしまう。

ぱちぱちと、瞬きを数回繰り返す。


「・・・何?」


固まること数秒。

そう言えば、耳にした声はえらく真剣だったなと、ここに来てようやく楓は思い至った。

気付いてしまうとついつい身構えてしまう。

しかし、いくら待ってみても、アキラは続きを話そうとはしない。

どうやら、彼にしては珍しくためらっている様子。

そんな姿を見て不意に浮かんだ思いは、決して検討違いなどではないはずだ。

例えそれを聞いた本人が嫌がったとしても。

なんだかかわいいかも。

心の中で密かに感想を漏らす。

かわいらしいアキラを見ていると、故意にではなくとも楓の口調は普段よりもきつくなってしまう。


「アキラ」


だけどこの際、意地悪してしまうのは致し方ないよねと、楓は無理やり自分を納得させる。

正直、浮気した夫を問いただしているようにきつい声だなと、自分でも思ってしまった。

これならさすがのアキラも口を割るはずと、楓は簡単には考えていた。


「・・・」


だが、楓の予想に反してアキラは黙りを決め込んだまま、その態度を崩さない。

こうなって来ると、今までの強気な態度とはうって変わって、自然と弱気な態度になってしまう。

楓は急に不安になった。

先程と同じ人物が発しているとは、とても信じられないような声を出す。

アキラの様子をうかがいながら、聞こえるか、聞こえないかというくらいに小さな声でもう1度。

今度は問いかける。


「アキラ?」


楓がいきなり下手に出たせいか、アキラの表情が険しくなる。

じっと楓を凝視した後、彼は盛大に溜め息をついた。

どうやらあまり機嫌はよろしくないようで、楓の不安はますますあおられる。

恐るおそる言葉を紡ぐ。


「怒ったの?」


もはや楓は泣き出す一歩手前で、目には涙が浮かんでいる。

しかし、これに狼狽えたのはむしろアキラの方だった。


「おい!?」


黙ったままでいた彼だが、間違っても楓を無視していたわけではない。

ただ、考え込んでいただけに過ぎない。

それにも関わらず、思考の海から浮き上がり、顔を上げてみれば、目に飛び込んできたのは心配して授業をさぼってしまうほど大切な親友の、今にも泣き出しそう顔。


「なんでいきなり泣きそうになってるんだよ」


保健室に来る前からずっと気にかかっていることが、アキラにはあった。

果たして自ら口にすべきか、それとも本人が言い出すまで見守っているべきかと、アキラは散々悩んでいた。

心配だからということが最大の理由だったが、それは、アキラが楓の後を追いかけたもう1つの隠された理由でもあった。


「じゃあ怒ってないの?」


「理由もないのに怒れないだろ」


「でも、さっきため息吐いてた」


「確かに吐いたけど・・・それは、全く別のことに対してだから」


彼女の瞳から涙がこぼれはしないかと密かにはらはらしつつ、弁明を試みた。

そこにやましいことなどないのだけれど、アキラの鼓動は早鐘を打っていた。


「本当に?」


「ああ」


「嘘じゃない?」


「嘘じゃないよ」


「じゃあ、どうしてため息なんて吐いてたの?」


楓は核心を突いたが、アキラにしてみれば、そこにはあまり触れて欲しくなかった。

自分の行動を決めかねて、己に対して呆れていたなど、へたれもいいところだ。


「・・・どうしても言わないとだめか?」


「・・・」


「はあ、わかったよ。いいか、話してやるから泣くなよ」


「うん」


勝敗は火を見るよりも明らかだった。

アキラはいとも容易く、楓の発する無言の圧力に屈していた。

だいたい、彼女の涙に弱いアキラが勝てるはずもはく、その発想自体が無謀だった。

彼女の勝利が揺らぐことはない。

例え、彼が果敢に勝負を挑んだとしても、最初から勝ち目などないに等しかったのだから。


そして、まんまと負かされたアキラにできることと言えば、最後の悪あがきくらいしか残っていいなかった。


「それと、絶対に笑うなよ」


意味がわからず楓は首をかしげていたが、その疑問を明かすことはあえてせずに、アキラは重たい口を開いた。

結局、悩むまでもなく、彼が告げた言葉によって簡単にその意味を楓は知ることとなる。


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