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波乱の幕開け4

アキラはうんざりしていた。

とある事情で昼休みが短くなった上に、急いで教室に戻ってみれば待っていたのは突進してくるクラスメイト。

呼んでもいないのに隣のクラスの宮田まで押し掛けて来る始末で、いったい何事かと困惑しているアキラに告げられたのは知りたくもない現実だった。

周りを見渡せば己に向けられる痛いくらいの人の視線。

もはや気分は檻の中の珍獣だ。

こんなに居心地の悪い場所からは1秒でも早く抜け出したいところだが、逃亡を図ろうにも相手が宮田ではどうにも分が悪い。

手間取っているうちに、騒ぎを聞きつけた野次馬が教室の外にも集まって来て収集がつかなくなってしまった。

彼らは協力してアキラを逃がさないつもりらしく、いつの間にか野次馬の壁がそびえ立っている。

もはや教室は敵地と化し、アキラの周囲には敵しか存在しない。

状況は最悪で、ここまで被害を被られては、そもそもの原因を作り出した山中のことが本気で恨めしくなる。

1発殴らないと気が済まない。

先程は取り逃がしてしまったが、後で必ず制裁を加えることをアキラは秘かに誓っていた。

今ごろ恐怖で震えているだろう山中へとアキラの意識が逸れた。

そんな一瞬の隙を突いて、宮田が懲りずに肩を組む。


「さあ、皆が亮の言葉を待ってるぞ」


山中の前にどうにかしなければならない奴がもう1人いた。

いい加減相手にするのもうんざりだったので無視しようかとも思ったが、それではいつまで経ってもまとわりつかれるのは明白で、苦痛の時間が増えるだけだ。

やけに楽しそうな顔を見ていると山中の代わりに殴り飛ばしてしまいたい衝動に駆られたが、グッと堪える。


「言っておくが、いくら詰め寄られたところで報告なんてしないからな。

俺が誰と付き合おうが前たちに許可を取る必要なんかないだろう」


「なんだ、やっぱりお前でも相手があの中井愛美じゃあ断わらないか。

そうだよな、亮も立派な男だからな」


下手なことを言えば、揚げ足を取られて痛い目をみることなど分かりきっている。

アキラだってそう簡単に罠にはまったりはしない。

宮田の性格が曲がっていることは、常日頃からこれでもかというほど体感させられているのだから。


「さあ、どうだろうな?」


「勿体つけてないで教えてくれてもいいだろう。お前の態度は素っ気なさすぎる。

俺に対する優しさが足りない」


「俺に優しさを求められても迷惑だ」


優しさなどみじんも感じられない声で吐き捨てる。

不本意ではあったが、無理やり肩を組んでくる宮田に対抗してアキラも相手を睨んでいた。

結果的に相手を見ながら話をする形になってしまったアキラの顔は教室の後方に向けられている。

そんなアキラの視線は大部分を宮田の顔で占められていたのだが、視界をかすめるものがあった。


「ひどい奴だな。俺だってさすがに傷つくぞ。

亮を心配してわざわざ貴重な昼休みを削ってまで会いに来たっていうのに」


耳障りな冗談が聞こえてきたが、今のアキラにとってそれはどうでもいいことだった。

突如としてより重大な問題が浮上してきた。


視界の端をかすめていった楓の顔が脳裏に浮かぶ。

ちらりと見えた彼女は普段の元気な姿からは想像できないくらいに儚げだった。

遠ざかっていく横顔を思うと、アキラの表情は自然としかめられる。

なにか悩みごとでもあるのだろうか。

今考えると昨日から彼女の様子はおかしかったように思えてならない。

1度気になってしまうとなかなか頭から離れない。

楓のことが気になって仕方なかった。

今ごろ泣いているのかもしれない。

寒空の下、独りで震えていた彼女の姿が思い出される。


「なあ宮田、もういいだろう。

俺のためにわざわざ足を運んでくれたところ悪いが俺だってひまじゃないんだ」


腕を肩から引き離して真っ直ぐと宮田を見据える。

視線が交差すること数秒。

特に何も言うことなく宮田は引き下がった。

あたかも降参というように両手を広げて見せる。


「お前の場合、俺に聞かなくても情報なんていくらでも入ってくるだろ」


「お前の言う通りなんだけどさ。折角だから本人の口から聞きたいと思うわけよ。

まあ、今回は大人しく引き下がるけどね。亮君はなにやら忙しいようだしな」


最後に宮田お得意の厭らしい笑みで意味深な言葉をぶつけられたが、アキラは完全に無視した。

果たして宮田がアキラの行動の意味を正しく理解しているのか、知ったかぶりかはわからないが付き合うだけ時間の無駄だ。

無言で宮田の隣を通り過ぎる。

鋭い視線に気押されて、周囲に築かれていた壁はモーゼの奇跡のように割れていく。

アキラの機嫌が悪いと勘違いしたのか、逆らうものはいない。

目の前にできた道を迷うことなく抜けて、アキラは教室の後方へ向かった。

背中にはひしひしと視線を感じたがもう気にならなかった。

目的の場所までたどり着くと、今後は逆にアキラの方が鋭い視線を浴びることとなった。


「なあ、楓はどこに行ったんだ?」


「へえ、あんな場所にいたのによく見てたわね。楓が出て行ったことに気づいてたんだ」


「まあな」


会話が不自然に途切れたがアキラは自分から何か言うつもりはなかった。

対峙する2人に無言で答えを促し続ける。

案の定、相手は簡単に折れた。

お互いに顔を見合わせてから、どちらともなく口を開く。


「保健室よ」


「日立のせいで気分が悪いって」


「俺のせいって、それどういう意味だ?」


険しくなった表情は相手を威圧するくらいできたはずだが、目の前の彼女たちは怯むことなく突き放された。


「知らない。自分で考えたら」


2つ目の問いに関してはいくら尋ねたところで答えてくれないだろう。

答える素振りが見受けられない。

アキラはしつこく聞かずにすぐにこの場を離れることにした。

必要なものは手に入ったので、これ以上時間を無駄にしたくなかった。

しかし、背を向けたところで邪魔が入る。


「中井愛美と付き合うの?」


同じような質問を耳にタコができるくらい繰り返しされている。

だからと言って、背後から聞こえた声がこれまでの野次馬と同じだとは思わない。

声音に楽しんでいる様子はなく、明らかに好奇心からの軽はずみな行動ではないことがうかがえた。


「さあ?」


どんな理由があるにせよ答える気などないのだけれど。

仕方なく振り返ったが、相手の顔は先ほど以上に不機嫌の度合いが増していた。


「あんたって本当に嫌な男ね」


「それはどうも」


「隠されると暴きたくなるもの」


「さっさと吐けばいいのに。はっきりさせないから周りが騒ぎたてるのよ」


どうしても聞き出したいらしい彼女たちの意図はわからないが、アキラにも譲れないものがある。


「誰になんと言われようと俺は答えないよ」


「「?」」


「楓との約束があるからね」


言いたいことだけ言って、次に彼女たちが口を開く前にあっさりと背を向ける。

それ故、アキラは知らなかった。

彼女たちの顔が驚愕に彩られていることも、その後なんとも言えない複雑な表情を作り出していたことも。

今度こそその場を立ち去ることに成功したアキラは教室を抜け、その足で保健室へと急いだ。


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