波乱の幕開け2
中井愛美がアキラに告白した。
クラスメイトがもたらしたその知らせを聞いた瞬間、楓の頭は真っ白になった。
事実が重くのしかかり息がつまった。
ぐちゃぐちゃした感情はとてもじゃないが言葉で表すことなど出来ない。
地に足がついていないようなフワフワとした気分で、まるで現実だと思えない。
周囲はざわざわと騒がしいはずなのに、耳に変な膜でもかかったみたいに何も聞こえてこない。
世界が音を失い、完全にシャットアウトされる。
「楓?」
「・・・」
「楓!!」
「・・・えっ、なに?」
通常より幾分か大きい萌香の声が頭に響いた。
「なにって・・・ぼんやりしてたけど大丈夫?」
「平気、平気。大丈夫だよ」
心配そうな顔をする萌香に楓は大丈夫だと顔の前で手をパタパタさせた。
しばらくじっと楓の様子を見ていた萌花だったが、それ以上何も言わなかった。
「日立が告白されて、その相手は中井愛美って言われてもね。なんでアンタがそんなこと知ってんだって話よね」
「山中のことだからのぞきでもしてたんじゃない?」
「のぞきって、萌花、せめて盗み聞きにくらいにしといてあげなさいよ」
「あんまり変わらないと思うけど」
「そうか?まあ、山中のことなんて別にどうでもいいんだけど。
だって本人が戻ってくる前に言いふらすようなデリカシーの欠片もない奴だしな」
「山中にデリカシーなんて期待するだけ無駄だしね」
「かわいそうに、日立は戻って来たらクラスの奴らの質問攻めに遭うぞ。
見てみろ、奴らの目。日立がどう返事したのか気になってるって、ギラギラしてる」
「うっとうしいのっばかり」
「でも、答えなんてわざわざ聞くまでもないでしょう?相手はあの中井愛美だよ」
何気なさを装って楓も二人の会話に混ざる。
あんなに可愛い子から告白されて嬉しくないはずがない。
きっとアキラだって断わったりなんかしない。
楓の脳裏に昨日見た中井愛美の姿がちらついた。
人形のようにきれいな彼女がアキラの隣に寄り添う様はまさにお似合いとしか思えなかった。
考えないようにしても、自分の気持ちが沈んでいくのがわかった。
でも、そんなことでいちいち落ち込んだりしていられない。
アキラに彼女ができるなんてもう慣れっこだ。
カッコ良くて、女の子にもてるアキラにはいつものことで、彼女がいない時の方が珍しいのだから。
私はただ笑っていればいい。
可愛い彼女ができてよかったね、おめでとう、と祝福すれば、それだけで何も壊れない。
「楓はさ、それでいいの?」
「いいんじゃない?アキラの自由なんだから」
戸惑いながらかけられた言葉を楓は笑顔で跳ね返す。
「でもさ、楓。日立と一緒にいる時間が減っちゃうんだよ?」
「友達より彼女を優先するのは仕方ないよ。それに、一緒にいる時間が全くなくなるわけじゃないでしょ?
なにより、私はアキラの友達なんだから応援するよ」
応援すると、アキラと中井愛美との交際に肯定を示し続ける楓の掌は固く握りしめられていた。
終始浮かべ続ける笑顔とは裏腹に、そのこぶしは小刻みに震えている。
平気、私はまだ大丈夫。
自分に言い聞かすように心の中で繰り返し呟いていた楓は、己の変化に気付かなかった。
あくまで気遣いは不要だと態度で示し続ける楓に、友人二人はまだ何か言いたい様子だったが、次に開かれた口は言葉が出てくることはなかった。
二人の視線が不意に落ちる。
開かれた唇は未形成のまま静かに閉ざされる。
不自然な唇の動きを己のことで精いっぱいだった楓が気付くことなどできるはずもなく、止んだ気遣いに安堵の息すらこぼすほどだった。
気遣ってくれている瞳の色を理解して申し訳なく思いながらも、楓にはその優しさをむげにするしかできなかった。
己にも聞こえないくらい小さな謝罪の言葉を今できる最高の笑顔をもって二人に送る。
「それよりさ―――」
教室中がアキラの話題で持ちきりであるにも関わらず、3人の間ではもうその名前が出てくることさえなかった。
周囲の話し声など聞こえていないかのように、日常の話に花を咲かせる。
まるでそこだけが違う言語を話しているのではないかと疑問に思ってしまうくらい、周囲から隔離されていた。
次の嵐がやってくるまでずっと、楓は友人の顔から決して目を逸らそうとはしなかった。