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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ライアー~狼少女~

作者: ゆうとと

『ライアー ~狼少女~』

(1)

 それは、高校入試の合格発表の日。私は彼女に出会った。小柄な身体に似合わない、探偵を思わせるような大きなコートがトレードマークの、彼女に。

━━━━━━━━━━━━━━━

「う、受かってる……!」

「やあ君、そこの君。受かってたのかい、おめでとう」

「え……誰?」

「私は……ほら」


 彼女は名刺を差し出した。そこには両手にピースを作った笑顔の彼女の写真と、『空言 来亜』という文字があった。


「えっと……くう、げん、くるあ?」

「見事に外したな。そらごと、らいあ。変な名前だろう?」

「いや、そんな……」

「それにしても初めて聞いた時は甘味処って聞き間違えたんだが、この神土高校ってのは中々甘くないね」

「あなたも受かってたの?」

「いや、落ちたよ」

「え……」

「もちろん嘘さ。それで、君の名前は?」


 彼女の軽妙な語り口と必要性のない嘘が、私には強く印象に残った。それは入学式の日になっても残り続けたままだった。

━━━━━━━━━━━━━━━


(2)

 入学式の日にも彼女に会った。彼女は相変わらず、ぶかぶかのコートを着ていた。神土高校には制服がないので、常識を外れなければ服装は自由だった。彼女の格好は奇抜でこそあったが、それで咎められるものではなかった。


「やあ、また会ったね。私たち、どうやら同じクラスみたいだよ」

「あ……来亜ちゃん」


 彼女は一瞬戸惑ったような顔をした後、複雑そうな表情で返事をした。


「……来亜でいいよ」

「その……呼び捨ては慣れてなくて」

「……そうかい。なら強要はしないよ。じゃあよろしく、流」

「えー、来亜ちゃんは呼び捨てなの?」

「余計なものは入れない主義でね。いい名前じゃないか。谷降 流。タニオリ ナガレってさ」


 彼女のやや堅い呼び方は、何となくからかっているようにも感じた。


「この前私に不必要に嘘ついたのに?」

「あ……それは、まあ、その、嘘は私の生命線だからね」

「ふふ、何それ」


 けれど、変わった名前がコンプレックスだった私は彼女に親近感を抱いていた。やや風変わりな友人と共に、私の高校生活は幕を開けることになった。


(3)

 彼女は謎に包まれているが、自分について隠そうとはしない、不思議な人間だ。


「来亜ちゃんは一人っ子?」

「いや、姉さんが一人」

「へえ、どんな人なの?」

「物書きをやってるけど、家ではだらだらしてばかり。私と同じ、ろくでなしさ」

「えぇ……」


 自分をろくでなしと躊躇いなく言い切る彼女の姿勢と彼女の姉の意外性に思わず困惑した。


「私は嘘をついてばかりで、姉さんは横になってばかり。空言家にはライアーが二人いるって近所じゃからかわれてるね」

「そうなんだ……」

「まあでも、作品は中々だよ。何せ読者には書いてある言葉が現実に起こっていると感じられるほどリアリティがあるって評判さ」

「す、すごいんだね!」

「姉さんの話はいいよ。そうだ、今日は喫茶店でも行かない?」


 急に誘われ、私は時計を見て、その指す時刻に驚き目を見開く。ここからやや離れた所に住んでいるので、急いで帰らなければならない。


「もうこんな時間!?」

「そんなに遅いかな、まだ五時だよ」

「ごめん、今日は無理!」

「用事でもあるのかい?」

「いや、その……うちは門限が厳しくて」

「……そうかい。じゃあ仕方ない。飲み物の写真でも送りつけてやろう」

「あははっ、ごめん、じゃあね!」


 怪訝そうな表情を解き、笑ってそう言った彼女とすぐに別れて走り出した。


(4)

 夏休みが近くなってきても、彼女がコートを脱ぐことはなかった。初めからずっと気になっていたそのコートについて、ついにある日、彼女に直接聞いてみた。


「来亜ちゃんっていつもそのコート着てるよね」

「え?ああ……そうだね」

「暑くないの?」

「……まあ、暑いな」

「それでも着てるんだね」

「……このコートは、兄さんの形見だからさ」

「あ……」


 少しの間、気まずい空気が流れた。私は彼女の心の琴線に触れてしまったかと思い、申し訳なくて彼女から目を背けた。その後、恐る恐る彼女を見ると、彼女はとても晴れやかな顔をしていた。


「もちろん、嘘だよ!」

「……!」

「きょうだいは姉さんしかいないって前に言っただろう?」

「で、でもそのコート、かなり大きかったから……本当なのかなって」

「……そう?」

「うん、なんだか……来亜ちゃんがそれを着てると、子ども博士とかに似たものを感じるよ」

「子ども……」

「あ、違っ……」


 彼女の表情はみるみるうちに曇り、すっかり落ち込んでしまった。どうやら私は思わぬ形で彼女の逆鱗に触れてしまったらしかった。


(5)

「その……違うの」

「何がどう違うんだ?」

「それは……」


 何とか弁明しようとしたが、どう言えばいいか分からず、私は黙り込んでしまった。


「……しょうがないな」

「ごめんね……」

「……じゃあ、喫茶店」

「え?」

「喫茶店。明日一緒に行こう。ちょうど学校も早く終わるし、文句は無いだろう?」

「あ、うん……」


 罪悪感から断ることはできなかった。もし拗ねるところから全てが彼女の演技……嘘であったなら、私は上手くはめられてしまっているのだろうかと思った。直後、私は結局彼女がコートをずっと着ている理由を聞き出せていないことに気が付いた。


「そうだ、それで……どうしてずっとコートを着ているの?」

「そんなに重要なことかい?それ。ただ……これが私にとっての正装なんだ」

「探偵みたいなコートが?」

「ああ。なんせ探偵だからね」

「何、また嘘?」

「本当さ!……とは言っても、まだ何一つ解決した案件は無いけどね」

「それ、探偵って言えるの?」

「名乗る分にはタダだからね」


 疑わしかったが、彼女が自分の名刺を持っていたことを考えるとあながち嘘でもないかもしれないと思った。相変わらず、何も隠していないはずなのに、彼女は謎に包まれている。


(6)

 翌日、私は彼女と電車に乗り、その近くにある喫茶店に行った。そこで新作らしい飲み物を味わいながら、他愛のない話をした。チェーンの喫茶店だったが、彼女は名店にいるかのような気取った姿勢でいた。その背伸びをするような態度がやはり子どもらしく思われたが、もちろん彼女には言わなかった。


「この店にはよく来るの?」

「ああ、私の行きつけの店さ」

「そっか……」

「家もこの辺りだし、通いやすいところにあるからね」

「家……」

「家、よければ寄っていくかい?……いや、とても客を招けるような状態にはないが」


 思いもよらない誘いに、つい乗ってしまいそうになったが、帰りが遅くなるかもしれないと考え、私はそれを丁重に断った。彼女は一瞬神妙な顔をしたが、すぐにほっとした表情を見せる。


「はは、冗談だよ。本当に来るって言われたらどうしようかと思ってた」

「もう……」


 リスクを冒してでも嘘をつく彼女にやや呆れて息をつく。その時、他の席からの話し声が妙にはっきりと聞こえてきた。


(7)

「最近物騒で嫌ねえ」

「そうね、女の子が毎日一人ずつ行方不明になるなんて……前代未聞だわ」


 聞こえたのは私だけでなかったらしく、彼女は目を見開いていた。それは恐怖ではなく、好奇心や期待から来ているようだった。


「……!」

「来亜ちゃん?」

「……事件だね」

「ま、まあそうだろうけど」

「毎日一人ずつ少女が姿を消す……人狼事件といったところか。私の初事件にピッタリの大事件じゃないか!」

「そんな、危ないよ。被害者の傾向からして来亜ちゃんもターゲットだよ!」

「だからこそさ。事件の方からやって来るなんてむしろ好都合だろう?早速聞き込みをしよう」

「あ、ちょっと……!」


 私の制止を聞かずに、彼女は席を立ってしまった。そして話し声の聞こえてきた席へ向かい、そこに座る女性たちに声をかけた。


「お茶の最中に失礼、ご婦人方」

「あら、来亜ちゃん?相変わらず大きなコートね」

「……少々お聞きしたいことが」

「ええ、何かしら?」

「少女が行方をくらましているという事件について詳しくご存じで?」

「私達はニュースで見ただけだから詳しくはわからないわ。事件がどうかしたの?」

「実は私、探偵を務めていまして、この事件を追おうかと」

「……あはは!嘘はもう少し上手くつきなさいよ!」

「……」

「まあいいわ、もし本当だとしても事件が事件だから、くれぐれも気をつけるのよ」


 戻ってきた彼女は、少し不服そうな顔をしていた。一応理由を尋ねてみたが、答えは予想通りだった。


「……私はそんなに幼く見えるのか……?」


(8)

 初めての聞き込みの後、すっかり彼女は落ち込んでしまっていた。彼女を慰めるため、他にどう声をかけて良いのか分からず、私はつい口を滑らせてしまった。


「……そんなに落ち込まないでよ、私も協力するから、ね?」

「……本当に?」

「も、もちろん」

「……じゃあ私たちはこれからバディを組むわけだ!」

「バディは刑事とかじゃない?探偵なら助手とか……」

「細かいことはいいのさ。それに友達を助手扱いする方が失礼な話じゃないか」

「それはそうかもしれないけど……私、役に立てるか分からないよ?」

「別に構わないさ。流……この事件、一緒に解決しよう!」

「……うん、……そうだね!」


 私は彼女の助けになれるとは思えなかった。しかし、彼女の嬉しそうな顔を見てやれることをやってみようと思った。


 帰り道、彼女はずっと笑顔だった。不思議に思ってわけをたずねてみると、バレていない嘘がまだあるからだと言う。私は一生懸命考えてみたが、駅に着いてもそれが何だか分からなかった。


「うーん……分からない」

「まだ考えてたのか、中々粘るね」

「もう帰りだし教えてよ」

「……仕方ないな。じゃあ何で私が今、君と一緒に電車を待っているのか考えてごらん」

「……あ!そういえば!家が喫茶店の近くって……」

「ご明察!喫茶店が行きつけなのは本当だけどね。いやあ、これはかなり長持ちしたな!」

「もう……結局意味の無い嘘だし……来亜ちゃん、意地悪だよ!」

「あははっ!それはライアーにはこの上ない褒め言葉だよ」


 つい強い言い方になってしまったが、彼女は全く気にする様子ではなく、むしろ晴れやかな笑顔だった。嘘をつくことでこれほど元気が湧いてくるのならば、前に彼女が言った、嘘が生命線というのもそれほど間違っていないように思えた。日が沈みゆく夕焼けの下で、私たちは今度こそ別れた。


(9)

 翌日、学校の授業が終わった後で、私は昨日のことについて彼女にたずねた。


「あの、来亜ちゃん」

「何だい?」

「その……昨日の、ライアーって何?」

「あれ、言ってなかったかい?私みたいに嘘を愛してやまないろくでなしのことさ。嘘つきじゃあ人聞きが悪いしね」

「そうなんだ……」

「そんなことより、流。分かってると思うけど、今日からいよいよ調査開始だ!」

「そ、そうだね」


 彼女は意気揚々と私の袖を引っ張りながら、昨日の街へ再びやって来た。街は昨日と様子を変えず、それなりに人の往来があった。


「それじゃあ始めよう。二手に分かれた方が良いね」

「ちょっと危ないけど……人も多いしそうしようか」


 そして私たちは聞き込みを始めた。数人に聞いたが情報が得られず、場所を変えようかと周りを見渡したところ、ぐったりして座り込んでいるバディが視界に映りこんだ。


「来亜ちゃん!?」

「……ああ、流か」

「そんな所で何してるの?あ、もう良い情報を聞けたとか?」

「……疲れた」

「え?」

「探偵というのがこんなにも辛い仕事だったとは……」

「まだ始まったばっかりだよ……」

「とにかく私はもう歩けない」

「嘘でしょ!?」

「この目を見てもそう言い切れるかい?」

「……何か背中の方を見てるような……まさかとは思うけど、おぶってほしいとか?」


 こくこくと彼女は頷く。私は内心呆れてしまったが、ここで彼女を捨て置くわけにもいかず、仕方なく彼女を背負うことにした。


(10)

「悪いね、流」

「ほんとだよ……」

「そこの角のとこまでで良いから。……あぁ、極楽だな。君、おんぶの才能あると思うよ」

「そんなの褒められても嬉しくないよ!まったく、もう……」


 周りの人たちの奇異なものを見る目がとても気になったが、言われるままに彼女を背負って歩いた。おぶられている彼女がごそごそと私の背中の上で何かをしているようだったが、この際あまり気にしていられなかった。


「……はい、ここまででいいよね」

「助かったよ、ありがとう。少し名残惜しいが、仕方ない。聞き込みに戻るとしようか」


 子どもみたいなんだから、という言葉がつい口をついて出そうになったが、何とかこらえきった。離れていく彼女をしばらく眺めていると、突如後頭部に強い衝撃が走った。


「ぁ……!」

「へへ……こいつは上物だぜ。おい、こいつ連れてくぞ。一緒に運んでくれ」


 私は車の中に運ばれ、後部座席に寝かされた。意識が朦朧とする中、私は最後に彼女の声を聞いた。


「流、そっちはどうだ?場所を変えた方が良いかな……って、流?聞こえてるのか?ながれ……?」


(11)

 どれぐらいの時間が経ったのだろうか、眼を開けると私は知らない建物の中にいた。周りを見ると、私を連れ去ったであろう複数人の男たちが私と同じ部屋にいた。


「ここは……」

「チッ、目を覚ましやがったか。まあいいだろう、逃げれやしねえさ」

「……」

「悪いがお前の身柄はボスに引き渡す。その後は知ったことじゃねえ。俺らは金を貰っておしまいだ」


 ……ああ、なんて運の悪い。だから危険だと言ったのに。怖い。しかし、覚悟はしていた。私のかつての友人たちも、こうして捕らえられ、引き渡され、今はどこにいるのか、生きているのかも分からない。私も、いなくなった彼らと同じようになるのだろう。悪事を働く男たちが取引の場とするような所だから、恐らくこの建物まで助けに来る人物はいない。けれど、もしこのまま日が沈んで夜が来れば、あるいは────


 そんなことを考えていると、下の階の方から足音が聞こえ、だんだんこちらに近づいてきた。姿を現した足音の主は、私の今の友人だった。


(12)

「あ……!」

「てめえ、何だ?どうしてここが分かった!」

「ごきげんよう、悪漢ども。私は空言 来亜。駆け出しの探偵さ」

「探偵?お前みてぇなガキが?」


 彼女の言葉を聞いて、男たちは声を上げて笑う。それが、彼女の逆鱗に触れる行為だと彼らは知る由もない。


「……いや、よく見破ったな。私は探偵なんかじゃない」

「はは、当然だな!」

「私は霊能力者だ」

「……は?」


 彼女の狙いが分からなかった。彼女が自身の正体について嘘をついたところで状況が好転するわけでもない。本当に霊能力者であれば話は変わるかもしれないが、私の知る彼女は、どうしようもなくか弱い探偵でしかないのだ。


「……お前たち、これまでに相当な数の悪行を重ねたようだな?怨霊がそこかしこに見えている」

「怨霊だあ……?」

「私がここに来たことを奴らはチャンスだと……待て、後ろ!」


 彼女がいきなり声を上げる。その気迫に押されて、男たちは皆、咄嗟に後ろを振り返る。しかしそこには私しかいない。恐る恐る彼女の方を見ると、彼女は安堵の表情を見せていた。


「いや、危なかった。お前たち、この周辺で既に何人か屍を作ってるようだな?」

「はあ?俺たちはこの地域ではこいつ以外にさらったりしてねえよ」


 彼女の表情が、引きつった。


(13)

「……なるほど。しかし私は……さっき結界を張った。これでもうお前たちは近づけない」


 途端に彼女の嘘が雑になる。男たちはその様子を見てにたりと口角を上げた。彼女の額の汗が沈みかかった夕陽に照らされ、いやにきらきらして見えた。


「……おい、あのホラ吹きはいつまで置いとくんだ?」

「さあ……いい加減飽きてきちまったな」

「そうか、なら片付けちまうぜ!」


 男のうちの一人が彼女に襲いかかる。両隣を机に挟まれている彼女めがけて金槌を振りかぶりながら思い切り駆け寄り、一瞬、何かに動きを阻まれたように見えて────電撃のような音がした直後、彼は気を失っていた。無傷の探偵以外のその場にいた全員が、目の前の光景を信じられずにいた。


「何……!?」

「……嘘を重ねれば重ねるほど、真実は見えなくなっていく。狼少年の語った真実が、彼の村を滅ぼす牙となったようにね。そして、嘘で塗り固めた私の言葉に込められた真実は、お前を破滅させる銀の弾丸となる……!」

「まさかこいつ、本当に結界を張ってやがるってのか!?」


 その結界の仕組みは、私には全く分からなかった。それは男たちも同じらしく、気を失った男の他に襲いかかろうとする者はいなかった。彼女はその様子を見て、得意気に微笑んでいた。


(14)

「来ないのか?退屈だな。なら一つ、別の謎の答え合わせをしよう。……流、フードの中、探ってごらん」

「え……?」


 言われるがままに縛られたままの手を服についているフードの中に入れると、何か小さな固いものが手に当たった。


「これは……?」

「発信機さ。念の為仕込んでおいたが……まさか役に立つとはね。ああ、帰る前には外すつもりだったからそこは誤解しないでくれ」

「いつの間に……」

「……君、もしや私が本当にあんなに体力が無いと思ってるのか?」

「あ……おぶった時!」

「ちっ……小賢しいマネしやがって!」


 悠長にタネ明かしをする彼女に男たちの怒りは増していく。そこに突如急速に足音が近づいて、細身の男が姿を現した。彼は何も言わずに彼女の背後に回り、彼女の首を掴んで身体ごと持ち上げた。


(15)

「がっ……!?」

「……ここなら平穏に引渡しが終わると思ったんだがね……」

「ボ、ボス!」

「どうやらしてやられたようじゃないか、君達。少々暗がりとはいえ、机に張られたピアノ線と手に隠し持ったスタンガンも見えないようでは頼りにならないね」

「す、すいません!」

「……随分目がいいんだな、お前」

「失礼、タネ明かしは自分の手で行いたいタイプだったかな?」


 彼女は何とか首を回し、男を睨みつけようとする。しかし男は力を強め、鷲掴みにするように彼女の首をとらえている。彼女の顔は徐々に青くなってゆくが、男が力を緩める気配はない。一見油断しているようでありながら、嘘によって抜け穴を作ることを全く許さぬ冷酷さを彼は持っていた。


「ぐ……!」

「悪いが必要以上の取引は行わない主義でね。迷い込んだネズミにはここで死んでもらう」

「────やめて!」


 思わず声を張り上げた。その場にいた全員がこちらを見る。直後、建物の中が急に暗くなり、日が沈んだことが分かった。同時に、私が谷降 流としてここにいられるのが、これで最後であることも分かってしまった。


「……!」

「来亜ちゃん……ごめんなさい」

「いや、流、君、眼が、紅く……」


 沈んだ夕陽を吸い込んだように真紅に染まった私の眼を指さしながら、彼女は動揺を隠しきれない様子で私を見た。


「……ごめんなさい。私、あなたのことを裏切ってしまう」


(16)

 流の紅い眼を見た直後、目の前にあった光景は、血祭りという言葉ではとても表現しきれない惨状だった。私に襲いかかり失神した男も、彼の仲間である男たちも、私の首を掴んでいた男も、ほんのわずかな間にその命を奪われ、それぞれおかしな方向に曲がった状態で辺りに散らばっていた。血なまぐさい匂いが漂い、気分が悪くなりそうだった。


「……あぁ……!」

「ごめんなさい、来亜ちゃん……私、嘘をついていました」

「……君の正体については、思考の範疇に無いわけじゃなかった。だが、断定はできなかった。……ははっ!君も全く大したライアーじゃないか!」

「…………」

「確かに私が今まで疑問に感じた点は君の正体がそれであれば全て辻褄が合う。なぜ、日が沈む前に君は帰るのか?なぜ、バディを組んだ時、わざわざ役に立てるか分からないなんて言ったのか?……そして、男たちがここでの犯行は初めてだと言っていたことも……」

「……それは」

「……それは?」

「私が……人狼だから。人狼事件の……犯人だから」


(17)

「……どうして、こんなことを?」

「それは……来亜ちゃん、あなたを食べるためです」

「いたって月並みだな」

「……驚かないのですか」

「察しはつくからね。では……どうして、こんなことに?」

「!」


 彼女、谷降 流は普通の少女だった。たとえその正体が人狼であっても、彼女という存在はまったく普通で、人を襲いそうだとは思えなかった。だから、彼女が人を襲うのはなにか理由があると考えたのだ。


「そんなの……理由なんてない。私が人狼であるからです」

「本当にそうかい?これを最後の対話にしようと考えているんだが。……最後ぐらい、嘘をつかなくても私はいっこうに構わないよ」


 彼女は私の言葉を聞いて、身体の中から湧き上がる衝動を食い止めるように息を切らしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


「……私たち人狼には、二つの種類があります。普段は狼として生きるものと、普段は人として生きるもの。私は後者でした。……仲間と山の中で家を作って、穏やかに暮らしていました」


 彼女は懐旧の念からか、涙を流していた。私はそれを見て、彼女の言葉に嘘はないはずだと思った。


(18)

「……でも、私たちの平穏は突然に壊れてしまいました。街に流れた人狼の噂を聞きつけた狩人たちが、ちょうど私が山菜を取りに行っている間に仲間をみんな捕らえていました。人狼は言ってしまえば魔物ですから、高く売ることができるのです」

「魔物、か……」

「抵抗したらしいものは、死んでいました。私は帰ってきて、誰もいない家の中に、何人かの狩人が残っているのを見ました。彼らは私を見つけると、僥倖とばかりに襲いかかってきました。日が沈みかかっていた頃のことでした」


 ひどい話だった。だが、彼女が現に生きている以上、その後のことは聞くまでもないように思った。彼女は少し恍惚とした表情を見せる。


「……美味しかった」

「…………」

「それから人として生きていた私は、獣へと逆戻りしました。人の味を思い出してしまった。人を喰わなければ、生きていけなくなったのです」

「……それで、自分が少女であることを利用して、獲物に近づいていた訳だ。人も食べるなら若いのが良いんだろうが、今の話のわりには贅沢なことだね」

「……来亜、さん。虫のいい話ですが……あなたを食べても、よろしいですか?」

「心苦しいがお断りするよ。私はまだ駆け出しの探偵だ。ここからキャリアを積む必要がある。……獣にくれてやる身体はない」

「……あなたは、こういう時には正直なのですね」


 人狼が私に襲いかかる。幸い思ったほど素早くはないが、その分体力に長けているのだろう。長く追いかけ回されるのは避けたかった。私は全速力で走って部屋を出て、彼女が来る前に階段の前につき、コートのポケットの中から取り出した香水で少し服を濡らし、残りを下の階にこぼした。彼女の正体については、思考の範疇になかった訳ではない。だからなるべく多くの備えをしてきた。私の策と、彼女の膂力。文字通り命をかけた闘争が始まる。


(19)

「……さて、ここからどうするか……」


 裏をかくために階段を上がり、扉を開けて屋上に出た。隠れられそうな場所はあるものの、しらみつぶしに探されれば見つかってしまうだろう。


「……よし、これだ」


 置いてあった長いロープを拾い、柵に巻き付けて下へと垂らした。これで、下へ降りることができる。しかし、それでは事件の解決にならない。それに彼女は今ちょうど下の階にいるはずで、すぐに逃げるのは得策ではなかった。


「……この事件は必ず、ここで解決しなければならない」


 自分に言い聞かせるようにそう唱え、私は辺りの物陰に身を隠した。足音が聞こえる。人狼が、来る。


「どこに逃げたの……?……これは、ロープ……じゃあ、ここから下に?」


狙いは成功しそうだった。だが、彼女は少し怪訝そうな表情をしていた。


「……違う。匂いが、します」


(20)

 彼女の一言を聞いて、私は凍りついた。最初の撹乱に使った香水が裏目に出てしまったようだった。屋上にいるとわかった以上、彼女はしらみつぶしにここを探す。人狼が、ゆっくりと近づいてきた。


「……どこにいるの、来亜さん。私、もう待ちきれません」

「……」


 私は息を潜め、じっと機会を待つ。足音がやや近くなってきた時、私はわざとコートを振るわせ音を立てる。彼女は一直線にこちらに向かい、私の腕をもぎ取ろうとしたところで、目の前に突如現れた炎に驚き、急停止した。私はライターをポケットにしまい、屋上を出て階段を駆け降りる。最初の部屋の隣に給湯室があったので、蛇口を捻って水を勢いよく出し、部屋の奥へ逃げた。


「……しまったな。

ライターは最後の最後まで

とっておきたかったんだが」


 彼女にとどめを刺す手立てはある。だからこそ、一瞬でも動きを止められる手段を失ったのは大きな痛手だ。あれこれと考えるうちに、再び彼女が迫ってくる。


「……どこまで逃げても無駄ですよ。ずっとあなたの近くにいて、あなたの匂いはよく分かっています」

「……いくら相手が同性で狼でも、真っ向から言われたら気持ち悪いな」

「まだ余裕がありそうですね。ではまずその活きのいい口から……」


彼女は傍にあったスタンガンに

気が付かないまま、濡れた床に足を踏み入れる。

電流が、水を伝わって彼女を襲う。


「っ……!」

「はぁ……効かなかったらどうしようかと思ったよ。一つしかないが、ここで使い切るか」


 彼女の動きが止まった隙にスタンガンを拾い上げ、思い切り床に投げつけて破壊した。より強力な電流が水の中に流れ、私と人狼を強力に分断した。


(21)

「……でも、こんなもの」


 人狼は水を止め、床の濡れている部分を飛び越えることで電流を回避し、そのまま私の首元目がけて腕を振る。私は咄嗟に避けたが、爪が右の頬を掠めた。何とかすぐに私も水を飛び越え、部屋を抜け出した。


 走りながら頬を触ると血が少しだけ手についた。微かに痛むが、動きに支障はない。防犯ブザーを取り出して栓を抜き、階段の方へ放り投げた後、私は最後の仕掛けをするために最初の部屋に戻ってきた。すぐに彼女も追いかけて来る。防犯ブザーには目もくれず、匂いを頼りにして部屋の中にいる私を探した。そして、自分に背を向けて椅子に座っているコートを見つけ、ほぼ反射的ともいえるほど直ちに襲いかかった。


 再び、彼女を電流が襲う。訳が分からず動けない彼女の首を、反対の机の下から銀のナイフで掻き切った。


(22)

「!?」

「かかったな、流。君は嗅覚に頼りすぎたんだ」

「う、ぁ……なん、で……!」

「……じゃあ、冥土の土産にタネ明かしだ。まず私は君にひとつ嘘をついた。もう分かっているだろうが、スタンガンを私は複数持っていた」

「……」

「そして、君の首を切ったのは銀製のナイフだ。退魔には銀が有効だというのは人の間では有名でね。効くかどうかは怪しかったが、君の魔物という言葉で確信が持てた」

「……!」

「あとは、君が匂いを頼りに私を追いかけていることを利用して、椅子にコートをかけ、私の首に当たる位置にスタンガンを仕掛けた。防犯ブザーの音があったから、君はスタンガンの音には気付けなかった訳だ。」

「私、は……」

「……最後に、君が気を取られてるうちに後ろから首を切り裂いた。これが一番骨が折れたよ。何せ相棒を切るわけだからね」

「……私、私が……悪かった、の、かな……」

「……さあ。解決後の考察は探偵の管轄外でね」

「……」

「もう流石に限界か。全く、とんでもなくしぶといな。じゃあ、そろそろ────さよならだ、狼少女。どうか来世は、幸せに」


 動けなくなった彼女の胸に、もう一度ナイフを突き刺す。それで、彼女は完全に動かなくなった。

 建物内に再び静寂が訪れた。

月明かりが窓から差し込み、

血にまみれた部屋を照らし出す。


「……嘘つき。一緒に事件を解決するなんて、初めから無理だったんじゃないか……!」


 一人残った少女は駆け出して建物を出る。人知れず、誰かの手によっていつの間にか解決した人狼事件。その現場には、複数の惨殺死体と、数滴ばかりの涙の跡が残っていたという。







『ライアー~狼少女~』 完

あとがき(ネタバレ注意)

☆ネーミング

・空言 来亜→空言+ライアーから。

・谷降 流→fictional wolf

(空想上の狼=人狼)を並べ替えたり文字を取ったりすると tanioli flow(=流)となる。


☆やりたかったこと

・視点の転換(流の視点で進めて、流が正体を現してから来亜視点へ)


・来亜の「嘘つき」観

彼女は「嘘つき」は人聞きが悪いので「ライアー」と呼称することにしている。

→最後、流に対して「嘘つき」という言葉を投げかけるのは、友人、あるいは相棒として信頼していたのに裏切った彼女に対する非難の気持ちから。


☆サブタイトルの「狼少女」

→嘘ばかりついている来亜を指すように見せかけて(それもあるけど)少女の姿をした人狼、流のことも指していた。これは、二人の狼少女の物語である。


☆来亜の姉について

作中ほとんど登場しなかった来亜の姉は過去の長編のキャラクターを模したもので、一種のファンサービス的背景を持つ(それを現状投稿していないのでファンも何もないが)。この人物を登場させた理由は、「来亜が嘘を好んだ理由」を示唆するため。姉は自ら持って生まれた才能で、言葉で表したものを現実に呼び起こす(過去作ではリアリティのレベルではなく、本当に実現させる力を持っていた)。来亜はそうした能力は当然持たなかったため、「自分の言葉の使い方で、現実に無いものを現実にあると思わせる」という性質を持つ嘘を極めれば、姉に負けない力を持てると考えている。また、これは努力による才能への対抗も表している。



せっかく書いたのに伝わらないのは寂しいので、

とりあえず伝えたかったことをパパっと書きました。

お読みいただきありがとうございました!

次作の参考にいたしますので

よろしければ感想を書いて頂けると助かります

ぜひよろしくお願いします!

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