自鳴琴
収穫を祝う祭りの日。
使用人の使う通用門を幾つもくぐったクユリと皇帝は宮殿の外に出る。
空は高くどこまでも青い。
市井にでるのは久し振りだ。皇帝からギョクイになった夫と手をつないだクユリの足は軽かった。
秋祭りもまもなくという頃、町には人出が多く大変賑わっていた。
多くの露店に行商の旗が混じる。この時期に合わせて都の外から人が集まり、秋祭り本番になれば更に町は賑わいをみせる。
秋祭りの当日は宮殿で催しがあるので外には出られない。皇居でも準備に大忙し。なのにウルハが外出の許可をくれたのは、皇帝がクユリとの「デート」に重きを置いており仕事を頑張ったからだ。
休みがあるなら古書殿に籠って本を読みたい。まだ知らない知識に触れたいと本来なら思うクユリだったが、こうして皇帝と二人、日常とかけ離れた時間を過ごすことも大切なものになっていた。
身分を隠しても完全に二人きりになれるわけではない。幾度か市井にでるようになって周囲にいる人の顔ぶれから何となく彼らが護衛なのだと分かるようになったが、彼らがクユリ達に接触することはないので二人の時間を楽しむことに何の問題ない。
クユリは皇帝と手をつないで市をながめていたが、目的の人を見つけるとつないだ手をぐいっと引いて人の波を泳ぐように突っ切った。
「おじさん、こんにちは!」
「また来てくれたのかいお嬢さん。今日はとっておきの寄木細工の箱があるよ」
常連とは言い難いが、市井にでたときに立ち寄る行商のおじさんとは顔見知りになった。広げた様々な商品の中から寄木細工の箱を取り出した行商人は、言い値で買ってくれる男をちらりと見た後、寄木をクユリの手に乗せる。
「凄く小さいんですね。それに大きさの割にはなんだか重い」
クユリは手のひらに乗る正方形の箱を皇帝に見せた。ちなみに渡さないのは仕掛けを解かせないためだ。
「その寄木にはちょっとした遊びがあってね。お嬢さんに解くことができれば秘密が分かるよ」
「ちょっと前に寄木を大量に解く作業をしたからこんなのちょちょいのチョイ……です、よ?」
寄木細工は小さいからといって細工が簡素と言う訳ではないが、どちらかといえば大きなものよりも小さい方がクユリは得意だ。だからそれほど時間をかけずに開くことができると思っていたのだが――
「あれ? なんだか変ね。一度閉じて同じようにやっても駄目になってる。これって解くための仕掛けが何通りかあって、動かすたびに仕掛けが変わるようになってるってことかな?」
う~んとうなっていると「三通りだね」と、黙って見守っていた皇帝がヒントをくれた。
「クユリは十八回繰り返したところだから、初めの状態に戻っているはずだよ」
「本当にこれはお弟子さんが? 寄木は三流でも仕掛けは超一流じゃないですか?」
「これを売ってくれたのは確かに弟子だよ。初めて買い上げてもらった日に旦那が解いた寄木細工があったろ。それと同じ奴さ」
「くっ……ぜったいに解いてやるんだから」
なぜか闘志に火がついたクユリだったが、それから一時間経っても正方形の箱と格闘を続けている。その間、皇帝はあきもせずにこやかに格闘するクユリの横顔を眺めていた。
「え~、なんで開かないのかなぁ……どうしてかなぁ……しかも三分の一しか押しだせない理由が分かんない」
「クユリがこれほど苦戦するのも珍しいね。帰ってからゆっくりやってもいいんだよ?」
「それもアリですけど、遊びが何なのか気になってしまって」
「では私が開けて確認しようか。クユリは目を瞑っていれば仕掛けを覚えなくて済むだろう?」
クユリは自分のこだわりに皇帝を巻き込むのも悪いなと感じて、自分で解けない悔しさを滲ませながら寄木を皇帝の掌にのせる。そしてしっかりと目を閉じ、両手で覆った。
「お願いします」
「うん。――はい、できたよ」
「えっ!?」
一瞬で差し出された寄木に目を見張る。クユリが一時間も格闘したのに皇帝は瞬殺だ。
「な……何故」
「クユリがやっているのをみて答えが分かってしまったから。ほらクユリ、落ち込んでいないで最後にここを押し込んでごらん」
四角い箱は一方が三分の一のみ開いたままだ。最後のここだと指示された側面を押すと僅かに引っ込み、一拍置いてキンっと音が鳴ったかと思うと次々と音が出て来る。その音はやがて繋がり、懐かしい子守歌の拍子を刻んだ。
「自鳴琴!」
金属を弾いて音が出る仕掛けの自鳴琴。寄木は自鳴琴の音を出すための仕掛けだったのだ。
「こんなの初めて見ます。ゼンマイはいったいどこに!?」
寄木細工の箱といえばちょっとした収納箱だが、仕掛けを解いた先に自鳴琴が音を奏でるなんて思いもしなかった。
大興奮のクユリに、掌を擦り合わせる行商人。皇帝は微笑んだまま財布を取り出し行商の主に告げる。
「言い値で買おう」
行商の主は満面の笑顔で、クユリは箱を天に掲げて声を上げる。
「まいど!」
「ゼンマイはどこ、どうやって巻くの!?」