表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/74

あなたのとなり(リン)



「うっ……ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 初夏の薫風を頬に受け、異国の言葉を学んでいたリンの集中を、赤子の泣く声が遮る。

 本を置いたリンは、全身に纏わりつく全てのものを弾くように泣く赤子のおしめが濡れていないのを確認すると、首を支えて抱きかかえ、懐に寄せるとそっと揺すった。


「よしよし、すぐに母様のところに連れて行ってあげますからね。もう少しの辛抱ですよ~」


 ぎゃん泣きの赤子も何のその。リンは慌てることなくゆっくり立ち上がって赤子の母親がいる場所へと向かった。


 リンがいるのはかつて後宮と呼ばれた場所だが、現在住んでいるのは皇帝のただ一人の妃であるクユリだけ。側仕えもほとんどおらず、基本的にリンが御用聞きをしており、この春に生まれた赤子も流れでリンが世話をしていた。


 後宮が解体され、決まりも改められた。成人してから急に背が伸び始め女装が怪しくなったリンであったが、お陰で男装のままでもクユリの側に侍ることができるようになった。

 そのクユリは二月前に皇子を出産し、一月の休暇を取った後に男装で仕事復帰している。クユリと見習い官職が同一人物であることを周囲の人間は気付いているが、クユリは官服を仕事着としているようで男装を止めなかった。

 恐らく、男装をしている時はクユリと言う個人として見て欲しいのだろうとリンは思っている。代わりに綺麗な衣に身を包んでいるクユリは皇帝の妃としての役目をこなした。時にウルハが敬うと体を痒くさせているが他は順調だ。


 リンが歩くと離れた場所で人の動く気配がある。隠れているが赤子を守る為に付き従う警備の人間だ。クユリは気付いていないようだが守りは万全だった。


 抱いて歩いているお陰で赤子の泣く声が少しばかり落ち着いてくる。リンが赤子を確認すると黒い瞳がきょとんと開いた。

 髪も瞳も黒くてクユリの色はまったく引き継いでいないが、面立ちは整っており美人の母親にそっくりだ。女泣かせになるのではと少しばかり不安だ。

 ちなみに昨年生まれたウルハの子は男子であるので、当然この子と結婚する予定はない。


「あれ、寝ちゃったかな?」


 揺れが心地よかったのか、泣いていた赤子はきょとんとして、ふわぁっと欠伸をした後、瞼を閉じた。そこへ赤子の泣く声を聞きつけたのだろう。官服姿のクユリが駆けて来る。


「リン様、戻るのが遅くなってごめんなさい」

「いいえ、でもまた寝ちゃったみたいで」

「あら本当。わたしだとお乳をあげるまで泣き続けるのに。この子、わたしよりリン様に懐いている気がするのよね」 


 クユリは乳母を雇わずに自ら乳をあげて子育てしていた。クユリの母親が十人の子供をそうやって育てた影響だろう。皇帝もクユリの考えを受け入れている。ウルハは『毒を盛られる心配がない』と、少しばかり違った目線での受け入れだ。

 

 リンには母親の記憶がない。物心ついた頃から戦場で孤児だった。皇帝に拾われるまで悪さをして生きていて、そのうちどこかで死ぬ運命だっただろう。それが今や未来の皇帝を抱っこしているのだ。クユリに好意を持っているリンとしては、拾われて本当に良かったと思う。


「どうされますか。このまま抱いていましょうか?」

「う~ん。ウルハ様に休憩を早めてもらったから今のうちにあげちゃおうかな」


 クユリはリンから赤子を受け取ると辺りを見回し、人の姿がないのを確認すると、側にあった石の上に座って前をくつろげる。


 本当にこの人はいつまでたっても無防備だよな――と、とっくの昔に子供でなくなったリンは、迷いもなく自分の前で乳房を取り出して子供に与えるクユリをぼんやりと眺めた。

 一度受け入れた人間に対する警戒がまるでないのだろう。ウルハの前で授乳をしないのは出会った時から大人の異性だったからなのか、他に理由があるのか。どちらかは分からないが、とにかくクユリはリンの前で無防備だ。

 

 クユリが赤子の口元に乳房を運ぶと、寝ていた赤子はぱっと目を開いて食らいつく。物凄い勢いで飲んでいるのが愛らしいことだ。


 リンは母親を覚えていないが、物心つくまで生きていたのだから自分も乳を与えられたのだろう。見も知らぬ母はこうして自分を愛してくれたのだろうかと、赤子に無償の愛情を向けるクユリに見惚れていると、時に緑に見える不思議な色合いの瞳がリンを見上げた。


「リン様も立ってないで座って下さい」


 クユリが自分の隣を視線で示す。

 皇帝だけでなくウルハまでもが受け入れる理由が分かるな。


「ありがとうございます」


 リンはにこっと笑ってクユリの隣に腰を下ろした。


「こちらこそが本当にありがとうですよ。わたしだけでなくこの子まで。いつもお世話してもらって申し訳ないです」

「いえいえ、皇帝陛下の面倒をみるよりは楽なので。私の為にもどうか遠慮しないで下さいね」


 あなたの隣は心地いいのです――と、余計なことは言わないリンであった。






ここまで読んで頂いてありがとうございます。

他に思いついたり、思い出したり、書きたくなったりするかもしれませんが、

一応ここで完結表示を入れさせていただきます。

沢山の方に支えて頂きました。

本当にありがとうございました。

momo

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] リアル多忙で完結気が付きませんでした。お疲れ様です!いや〜。楽しく拝読いたしまた。至福の一時でございました。まだ続きが有りそうで楽しみです。
[一言] 一気読みしました。乙
[一言] 赤ちゃんはいいものだ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ