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死ぬ覚悟



 手に入れた塊が目的のシュロクであれと願い、クユリは武人の背にへばりついていた。

 驚く速さで駆ける馬。クユリが振り落とされないよう、武人に背負われるように紐で縛られている。馬は大きな武人とクユリを乗せても速度を緩めず駆け、リンも後れを取らずについてきていた。


「眠くなったら寝てくださってかまいませんから!」


 不眠不休で寄木細工のからくり箱を相手にしていたクユリは、頭も体も疲れていたが、クユリを背負う武人も同じだろうに、作りが違うのか、昨夜は酒を呷ったにもかかわらず体力の衰えを知らない。

 皇帝が信頼する、ギ国との戦いにも参戦し生き残った武人だ。彼とは体の作りからして違っているので、ここは申し出を受け、遠慮なく寝ようとしつつも、もの凄い速さで駆ける馬の背で眠れるはずがないと思ったが……疲れがたまっていたお陰でいつの間にか眠っていたようだ。馬がいななき、体が宙に浮いたような感覚で目を覚ます。

 何事かと辺りを見回すと沢山の騎馬に囲まれていた。


「山賊!?」


 様々な武具を付けて武器を持っている、いかにも荒くれ者といったていの男たち。全員が馬に乗ってはいないが、数で勝っているからとにやにや笑って好戦的だ。来るときにあしらった賊の姿があるところからして、仕返しの為に仲間を集めて待ち伏せしていたようだ。


「リン!」

 

 武人が低く強い口調で呼ぶとリンが隣に並ぶ。武人はクユリと自身を繋ぐ紐を解いて、横に並んだリンの馬にクユリを乗せ換えた。


「コウヨウ様!?」


 どうやら武人が一人で相手をするようだ。クユリは間違いなく足手まといだが、リンはどうなのか。ざっと見るだけで敵は百人はいる。一人でこれだけの数は流石に無理があるだろう。三人で逃げるのが得策ではないかと怯えるクユリに、武人はこれまでとは人が違ったような、厳しくも凛々しい顔を向ける。


「お二人がいると足手まといです。私一人なら何とかなります。先に行ってください」

「コウヨウ様!」

「リン、行け!」

「コウヨウ様っ!」


 武人の命令に従ってリンが馬の腹を蹴る。追って来ようとした輩に武人の剣が向けられるのを横目にしたクユリは、赤い鮮血が舞うのを恐れてリンの肩に額を押し当てた。


「ウルハ様は無事に戻るのを優先するようにって!」

「自分の為に誰かが欠けると陛下が悲しまれるからです。でも最優先は陛下です。私達はその為にいます」


 成人したとはいえ、五つも年下のリンに諭される。

 確かにそうだ、ウルハは『三人が無事に戻ることも優先する』と言ったが、『最優先は皇帝陛下』だと念を押している。この念は武人やリンに向けた言葉ではなく、クユリに向けた言葉だったのだ。


 皇帝を失うわけにはいかない。だからクユリは望みを託され里帰りした。けれど今になって恐ろしさに身を震わせ、懐に仕舞ったシュロクと思われる塊を衣の上から握りしめる。


 もしこれがシュロクでなかったらどうなるのか。

 過去の記憶を頼りに実家に舞い戻って見付けたが、もし違ったらと思うと怖かった。

 武人が身を挺して百人以上の賊をたった一人で相手にしているのは、クユリが懐に仕舞った塊を皇帝の元に届ける為だ。これがあれば皇帝が助かると信じて、命を張っているのだ。

 

 なのに、もしこれが梅干しの種だったら?

 皇帝の元に薬を届けることができないだけじゃすまない。クユリが外に出ることを許してくれたウルハの期待を裏切るだけではすまないのだ。

 今まさに、多くの敵を相手にしている武人にもしもの事があったらどうなるのか。

 彼は皇帝が信頼する人だ。妻と子供がいる、夫であり父親である人だ。これがクユリの勘違いで失われるようなことがあったら――


「クユリ様!」


 恐怖で奈落に落ちそうになったクユリをリンの声が引き上げた。

 手が離れ、今にも馬から落ちそうなクユリの腕を掴んで、あぶみを踏みしめている。走る馬から落ちたら間違いなく怪我をしてしまう。クユリは緩んだ腕に力を入れてリンにしがみ付いた。


「クユリ様、気を確かに。これが私たちの役目です。それにあのおじさんなら大丈夫。陛下に戦い方を教えた人です。本当に凄く強い人ですから絶対に無事です!」


 慰めの言葉が胸に刺さる。

 そうだ、リンの背中で怖がっていても何にもならない。リンも武人もウルハだって、皇帝の為になら命を捨てる覚悟はとっくの昔にできていたのだ。そして、皇帝の為に誰かが自分の目の前で死んでしまうことの覚悟も。

 この世界では命に優先順位があって、彼らは確実に理解して受け入れているのだ。この場で覚悟が足りないのはクユリだけだった。







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