みつかった
幼い頃から知っているご近所さんたちがやって来て、おめでとう、良かったねと、繰り返し言葉を受ける。
親の年齢の人達だが、クユリ自身は彼らと話をした記憶がほとんどない。
故郷を離れるまで、彼らは色の変わったクユリを憐れむ眼差しで、困ったように険しい表情で眺めていたが、今夜は気持ち悪いくらいに笑顔で饒舌だ。
クユリとの会話もそこそこに隣に移った彼らは、大きな武人であるコウヨウに、さらにご機嫌で話しかけている。幼いクユリとの、クユリの記憶には全くない彼らとの関わりを、どういうわけか得意になって聞かせていた。
うん、さすがは皇帝陛下の威厳。凄いなとクユリは頷く。
しかし残念。
彼らが媚びている男、実は本当の夫ではないのだ。母親が勝手に勘違いしただけで、クユリの夫ではないし、クユリも彼が夫だと一言も言っていない。
訂正したら面倒なことになってしまうし、ファン家との兼ね合いもあるので敢えて訂正していないが、あなた方がクユリとの繋がりを主張しているその御仁は、クユリの夫ではない。
だからどんなに売れ残った娘を売り込んでも、息子に少しでも良い就職先の伝手をと目論んでも、その武人は全くもって手を貸す義理はない。そこのおば様、娘を第二第三夫人にどうかと推すのはやめて欲しい。愛妻家かつ子煩悩で有名なご武人が困っていらっしゃるのでやめて。
そう、この大きな武人様は三十代も半ば。妻や子がいて当然の年齢である。
皇帝への遠慮もあるだろうが、何よりも彼自身に愛する妻と子供がいるので、クユリの夫であると勘違いされて嫌な思いをしているだろう。
普通ならクユリだって彼に迷惑のかかる勘違いはきっちり否定するが、今回は皇帝陛下の御身に関わる事柄に触れる。毒に倒れているなんて公表できる訳がない。梅干しの種、もといシュロクの実を数年乾燥させた妙薬を探すのが最優先なのだ。
いつまでも他人の売り込みに付き合っている暇はないと、クユリは椀の水をぐいっと飲み干し、おしゃべりに忙しい母親に声をかけた。
「お母さん、長旅で旦那様はお疲れです。お部屋に案内してもいいよね?」
「あらまぁそうね、旦那様は皇帝陛下をお守りする大変なお役目でお疲れでしょうから、我が家に来たときくらいはゆっくりしていただかなくてはね。何しろ皇帝陛下のお側にお仕えする方だものねぇ」
都合の悪い、もしくは望まない声は聞こえない母が、大勢に聞こえるよう声を張り上げる。
結婚しない、できないと思っていた娘が凄い婿を連れて里帰りしたのだ。クユリの見た目をとやかく言っていた輩に自慢したくなるのも頷けるが……本当の夫が皇帝陛下その人だと知ったらどうなるのか。喜びすぎて昇天しそうだ。
宴会は出席者で勝手に盛り上がっている。若い二人が退席するのを囃し立てる酔っ払いがいて、武人は困ったように眉を下げていたが、案内された部屋がクユリと同室と知り、並んで敷かれた寝具を目のあたりにした途端に酷く慌てだした。
「わっ……私は酔っておりますし、ご迷惑をかけるやも知れませんので廊下で寝ますから!」
ここまで来るのにほぼ野宿。リンも含め三人で寄り添って眠ったのに今更なにを言い出すのか。とも思うが、クユリだって武人と共寝するつもりはない。
「お疲れでしょうが、これからからくり箱を部屋に持ち込んで開けます。コウヨウ様にもお手伝いいただきますが、苦手ならなし崩しで構いません。でも徹夜してでも見つけますよ。まさか嫌だなんて言いませんよね?」
武人はたらふく酒を飲まされていたが泥酔している訳ではない。まさか任務中なのを忘れて本当に酔ってしまったとでも言いたいのか? いい大人、皇帝に仕える武人が酔わないように飲む方法を知らない訳ではなかろうに……と、クユリにしては珍しくむっとして武人を睨む。
「あ、ああ、なるほど。そうでしたか。からくり箱は初めてですが当然御手伝い致します」
「やっぱりクユリ様がウルハ様化してる気がする!」
ウルハ化するのは嫌だが、皇帝の命に関わることなので心に余裕がなくなってきているようだ。ギ国の方はどうなっているだろう。とんでもない金額だが、あちらが先にシュロクを手に入れ戻ってくれればいいと思う。その場合クユリ達は無駄足だが大歓迎だ。
明かりを灯し、三人して寄木細工のからくり箱を一つずつ開けていく。
一つ一つが高価なもので、いったいどれだけあるのか途方もない数だ。小金持ちも侮れないなと手に取って黙々と作業を続けた。順番に鍵となる合わせをずらしていくと真綿が現れた。もしかしてと開くと黒い塊が。
「これだっ!」
感激で声が上がる。
二人がクユリの手元を覗き込むと、真っ黒な塊がころんと転がっているではないか。
「梅干し?」
「梅干しの種……ですよね?」
クユリの手に乗るそれを見て、武人が首をひねり、リンが不安そうにクユリを窺った。
「箱は覚えているものよりも小さかったですが、これに間違いありません。子供のころはもっと大きく感じたのだけど……梅干しの種よりは大きいですよね?」
子供の手には胡桃大に思われたが、大人になったクユリの手に乗るそれはどう見ても梅干しの種で、真っ黒に変色していた。明かりの元に出せば赤黒く見えるだろうが、今は真っ黒いただの塊だ。
「肉厚で胡桃みたいに大きな梅があるのは確かですが……梅干しの種にしては大きい方だと思いませんか?」
「そうですね、確かに大きいです。こんな大きな梅干しの種は見たことありません」
「しかし、私にはどう見ても梅干しの種にしか――」
武人がそれを摘まんで眺める。彼が手に取ると梅干しの種に相応しい大きさだが、体に見合った太い指をしているのでそう見えるだけだ。クユリとリンの手に乗せると、梅干しの種というには大きすぎる。
「念のために他のからくりも解いてみましょう」
念には念を入れて。
三人で全てのからくり箱を開けたが、夜明け前に作業を終えてもシュロクと思われるものはそれ以外出てこなかった。
全てのからくり箱を開けた。
シュロクの実を乾燥させたものと思われる品物はたった一つ。ほとんどの箱に何も入っていなかったが、少ないながら他に出てきたのは宝石やお守りばかり。
「よし、これを持って帰りましょう!」
徹夜も何のその。
苦しむ皇帝を救えるかもしれないと希望を胸にしまい込む。
これが本当にシュロクであるなら御殿が建つ金額だが、親には内緒で持ち出すことにする。父も母も何が入っているのか知らないし、父に格安で売った人間もからくりを解けず、何か入っているとは思っていなかったのだ。知っていたら箱を壊しても取り出しただろう。
そうなるとシュロクの可能性が低くなる気がするが、そこは考えない。違えば梅干しの種だが、正解なら皇帝を救えるのだ。
クユリは未だ宴会が続いている広間で、船を漕いでいた父親の袖を引く。
「お父さん、急ぎの用ができたから都に帰るね」
「クユリ、ちょっと待ちなさい!」
母に気付かれる前に出立しようとすれば引き止められた。
「ファン家のご当主が後見をしてくれているってことだったんで、クユリが夫を連れて戻ったと連絡しておいたら、そのご当主が夜半過ぎにいらしてね。婿殿のことを話すと蒼白になって、”カシがカシが”と呟きながら足元をふらつかせてお帰りになったんだ。母さんは祝い饅頭を忘れたんだと笑っていたが……なぁクユリ、その形のせいでお前、とんでもないことに巻き込まれたりしていないよな?」
変わった色に生まれてしまったせいだと嘆く父は、今にも泣き出しそうな表情でクユリを覗き込んでいる。
成程、ファン家のご当主はクユリが夫(皇帝)を連れて帰って来たと知り、驚いてやって来たのだろう。皇帝がこんな辺鄙な場所にやってくるなんて滅多にあることではない。しかも皇帝が来るのに領主は何の連絡も受けておらず、しかも己の見栄の為にクユリが皇帝の妃になったことは伏せていたのだ。ファン家の面目丸つぶれである。裏でこそこそ言われるのが決定だ。
しかし話を聞けば夫は皇帝に仕える武人。
下賜されたと思い、ファン家が中央で活躍する機会が失われたと、ご当主は失意のあまり気力を削がれて意気消沈しているようだ。
カシとの言葉に母はお菓子を連想し、父はクユリが皇帝の御手付きになった後に武人に与えられたと嘆いている。皇帝が妃を臣下に与えるのは、臣下にとっては栄誉なことだが、母を大切にする父からすると悲しい出来事なのだ。
「お父さん」
クユリは肩に置かれた父の手に自分の手を置いた。
「わたし、この髪と瞳の色のお陰で素敵な旦那様に出会うことが出来ました。とても幸せなの。お父さんとお母さんのお陰だよ。この幸せが続いて欲しいから、急いで都に戻らなくちゃいけないの。側にいて孝行できなくて悪いなって思う。勝手ばかりして、心配かけて申し訳ないって思う。ごめんなさい。どうか許してね」
「孝行なんて、クユリが幸せなら何よりなんだよ」
「ありがとうお父さん。お母さんのことお願いね。どうか元気でね」
「クユリがそう言うのなら大丈夫なんだろう。お前は器量も頭もいいから間違ったことはしない。きっと幸せになれるね。母さんのことは任せておきなさい。私達のことなんて考えずに、幸せになるんだよ」
「ありがとう、お父さん」
クユリの父は泣きながら武人とリンに、「娘を宜しくお願い致します」と何度も何度も頭を下げた。




