祝宴
もしかして記憶違いだろうか?
納戸を探しても目的のシュロクは見つからず、蔵に移動して更に大量のからくり箱を探っても同じだった。
クユリとリンは、寄木細工のからくり箱を片っ端から開けることに決める。しかしその時、ついにあの母がやって来てしまった。
「まぁまぁ、クユリったら。埃だらけでぐちゃぐちゃじゃないの。旦那様の背中も流しに来ないし、役立たずと思われて離縁されたらどうするの」
言うなりクユリの腕をひっつかんでずるずると引き摺って行く。
「お母さん、違うの。わたしはからくり箱に用があって戻って来ただけなんだってば!」
「開かない箱より高貴な旦那様よ、立派な殿方に嫁いだくせに何を言っているの。本当にクユリは変なものにばかり興味を持つんだから。そちらのリン様も準備をしますからついていらっしゃい」
「違うの、そんな暇ないの!」
皇帝に毒が盛られたことは公表できない。クユリは抵抗するが十人の子供を育てた母は細身なのに力が強かった。引きずられるクユリと強引な母親を前に、リンは助けるべきかどうか戸惑う。
「クユリ様、私は残って箱を開けます」
クユリとリン、箱を開けるのはクユリの方が優れているが、リンにクユリの母を止める術はない。クユリが自力で逃げ出し戻って来るまで、リンは一人で目的の品を探すことにしたが……
「何を言ってるの。リン様もお風呂に入って着替えをしないと間に合いませんよ」
「私は使用人ですので!」
「高貴な方の使用人も高貴な方です。いつもクユリが迷惑かけてごめんなさいね」
「迷惑なんてちっとも。私は主の命令に従います!」
「またまたそんな偏屈いわないの」
「私は正直者です!」
リンの訴えは無視され、クユリの母は右手にクユリの後ろ襟を掴むと、左手でリンの腕を掴んだ。そして二人を引きずり風呂場に連れて行くと、自慢の温泉に放り込む。
恐ろしいことにリンはクユリの母の手で全身綺麗に洗われてしまい、浴室に鍵をかけられたクユリは仕方なく母の指示に従って風呂に入り、綺麗な衣に着替える。
クユリとリンが風呂に入り着替えている間にご近所から人が集められ、主役を待たずに宴が始められていた。
「リン様は食事の後に隙を見て抜け出して下さい。わたしも何とか逃げますから」
「そうですね、どっちにしてもお腹は空いていますし」
クユリが夫を連れ帰ったと思い込んでいる母は、短い時間で祝宴の準備を整えてしまった。上座には物凄く困った顔をした武人が座って、クユリの父から酒を受けている。振り返った父が皺の増えた目尻を下げた。
「お帰りクユリ。二度と会えないと思っていたけど、素晴らしい旦那様を連れて戻って来てくれて嬉しいよ」
数年ぶりに再会した父は年を取っていたが、別れた時にはなかった髭が鼻の下にある。肌艶も悪くなく元気そうでよかったと思うが、鼻水を垂らして泣くのはやめて欲しい。泣きながらクユリではなく武人の手を取ると、すりすりと撫でて鼻をすすった。
「本当に本当にありがとうございます。娘はあのような色のせいで、器量は良いのに辛いことばかりでして。色が変わっていても器量良しだから愛人くらいにはなれると思っていましたのに、一人で生きていくと恐ろしいことを言うものですから。それがまさかこのような素晴らしい高貴な方のご正妻に納まるなんて、本当に本当に有り難いことで御座います」
初老の男が大きく逞しい武人に縋っている姿は何とも言えない。
「お父さん、クユリは素晴らしい旦那様に貰っていただきましたので何の心配もしないで。今日はね、忘れ物を取りに帰って来ただけなの。見つかったらすぐに都に戻りたいのだけど、お母さんのことよろしくね」
「うんうん、わかるよ。コウヨウ殿は皇帝陛下をお守りする立派なお方だ。覚えが目出度いうちに戻った方がいい。お母さんのことは任せておきなさい」
人の話を聞かない母と異なり父は常識人だ。最初に母でなく父と顔を合わせていれば、武人がクユリの夫役をする必要はなかったかもしれない。
「ああ、それにしてもあのお方が皇帝陛下になられるとは驚いたね。コウヨウ殿、先ほども話しましたが、現皇帝はこの地でお育ちになったのですよ。クユリに怪我をさせたことがあったのですが、心のこもった対応をして下さって。あのように素晴らしい方が国を治めているのは有り難いことです」
すりすりすりすり。
父は武人の岩のように硬い手を撫でまわす。
「お父さん、あっちのおじさん達にお酒ついだ方がいいよ」
「ああ、そうだね。それではコウヨウ殿、ちょっと失礼しますよ」
武人が頭を下げることで了承と感謝の意を表すと、父は徳利を手に客回りを始めた。これで暫く戻って来ないだろう。
クユリは溜息を吐くと肉団子を一つ口に放り込む。
「コウヨウ様、上手く話を合わせて下さったようでありがとうございます」
「いえ、陛下のことは言えませんので。なるべく嘘のないように返事をしたつもりですが、妃になられたことは伝えなくて良いのですか?」
「多分信じませんよ。それに本当だと知ったら、母はともかく父は心臓を止めてしまうかもしれないので」
母は腰を抜かした後に大喜びするだろうが、常識人で野心のないただの小金持ちの父は腰を抜かすだけではすまない。領主であるファン家との関係もあって、即心臓を止めないにしても神経を費やし、そのうちぱったりと逝ってしまいそうだ。
「これが陛下に知れたら、私の心臓が止められそうです」
「陛下は狭量ではありませんよ」
「身代わりとはいえ、クユリ様の夫としてご両親に会ってしまいました」
「陛下がお元気になったら……いつか、本当のことを話せたらいいなと思います」
クユリだって皇帝を自分の夫だと両親に紹介したい。けれど毒を盛られた状況下では難しいことだった。




