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語学も得意



 おめでたい昇竜が天井に描かれた小さな部屋でクユリが本を読んでいると、不意に扉が開かれ、背の高い、身分も高そうな青年が入ってきた。

 クユリは腰掛けたまま、無表情に機嫌の悪さを滲ませる青年を見上げる。


「女だてらに兵法書とは。はたして理解できるのでしょうか」


 ああ、これは女を馬鹿にした類のもの言いだ。

 どこにでもいる普通の人種と気付いたクユリは、手にした本のページを前に戻し、開いた箇所を青年に向けた。


「理解できておりません」


 レイカン国が建国されて五十年ほど後、敵国に攻め入られ、地の利を活かして敵を追い返した戦法が記されていた。


「水攻めによるものですが、高さのある山頂にどうやって水を引いたのでしょう。水車とか、人海とか、記されていないので分からないのです」


 クユリの問に男が器用に片眉を上げると頁を一瞥した。


「人海です。麓の人間を子供から老人まで使って水を運ばせました」

「人の手でこれほどの水を……凄いですね」

「この戦法が山頂で行われたと、あなたはどうして気付いたのですか?」


 地形を描いた地図が他国に渡れば危険なので世間に出回っていない。またこの戦いが行われた地域はクユリが生まれ育った地とは真逆の遠い場所だ。どうして知っているのかと、鷹のように鋭い視線がクユリを捕らえていた。


「平地で水攻めは自軍にも被害が出るので変だなと思って。もしかしたら高さのある場所かと思いまして……」


 説明すると見る見るうちに相手の機嫌が悪くなるのが分かる。そうだよなと、クユリは青年がどう出るか内心びくびくしながら観察していた。


「私を試したと?」


 女の分際で? と、顔に書いてる。


「そんな。滅相もございません」


 本当はその通りだが、一瞥しただけで何が書かれているのか理解した青年には驚かされた。たまたま読んで知っていたのではなく、自らきちんと学んでいるのだ。

 流石は女を見下すだけあると、クユリは感服した。

 この手の人間は敵に回すべきではない。クユリは本を閉じて立ち上がると、青年に向かって深くお辞儀をする。


「知識は邪魔にはならないと思うのですが。ウルハ様はどう思われますか?」


 名を呼べば驚いたようで青年が瞳を瞬かせる。けれどすぐに元に戻ると、腕を組んで威圧的にクユリを見下ろした。


「あなたに名乗った記憶はありませんが?」

「ギ国との戦いに向かう折、陛下の一番近い位置にいらっしゃるのを拝見いたしました」

「それだけで私を。名は……名前はどうして知っているのです。陛下から私の話を聞きましたか?」

「子を成せと煩い側近の幼馴染がいるとだけ。わたしは陛下が幼少期を過ごした領主の屋敷近くで生まれ育ちましたので、その時に名を耳にしております」

「それだけ?」

「はい、それだけです」


 この青年とクユリに接点はないが、クユリは確かに彼を知っていた。

 皇帝が子供の頃に領主の元に身を寄せた時、この青年も一緒にやって来たのだ。『ウルハ』と呼ばれているのを記憶しており、クユリは自分の記憶力の良さに感心したが、対する青年も感心しているようだ。


 皇帝に最も近い場所で、皇帝を支えている人。

 あの皇帝にだ、悪い人ではない筈だが……失敗したら追い出されてしまうだろう。

 お尻を百回叩かれてもいいのでそれだけは避けたい。せめてこの本を読み終えるまでは何とかならないだろうかと思いながら、見下ろす黒い瞳をしっかりと見上げ視線を絡め続けた。


「あなたは兵法やギ国に興味がある。それはどうしてですか?」

「生き延びる為です。またギ国が攻めてきたときに相手の戦法を学んでおけば、生き残る確率が上がります」

「死ぬのが怖いのですね?」

「古書殿の蔵書全てを読み終えるまでは死にたくないです」

「古書殿の……」


 青年は組んだ腕を解くと、考えるように人差し指で顎を叩き、黒い瞳を閉じられた本へと向ける。


「その兵法書は書かれている文字が古いですが、きちんと読めているのですか?」

「細かく記載されていないので理解できない所はありますが、どのような字でも読めます。語学も(・・・)得意です」

語学も(・・・)、ですか」


 「なるほど」と漏らした青年はクユリに座るよう指示すると、自らも腰を下ろして兵法書を開いた。開かれたのはクユリが先程まで読んでいた頁だ。


「質問があるならしなさい。時間が許す限り答えてあげます」

「ありがとうございます!」


 やった!

 と、喜んだクユリだが、相手は女性を見下す類の青年だ。しっかり頭を下げて敬うことを忘れない。


 それからクユリは独自の解釈を述べつつ、青年の見解や実際に起きた歴史を貪欲に訊ねた。青年は時折クユリを馬鹿にしながらも、知識を小出しに、じらしながら披露してくれる。

 知識を押し付けるのではなく、じらされるのがもどかしくもあり、考える間がもてて楽しくもあり。クユリは時間を忘れて青年に質問し続けた。


 楽しい時間はアッと言う間に過ぎるものである。

 夜も更ける中、二人きりで部屋に籠ってどれ程の時間が過ぎただろう。

 扉が突然、けたたましい音と共に開かれると、髪を乱し血相を変えた皇帝が飛び込んで来た。

 




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