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かくかくしかじか



 寄木細工のからくり箱。

 クユリの脳裏に浮かんだのは、皇帝が市で買ってくれた物ではなく、幼い頃の記憶にあるからくり箱だ。


 寄木細工のからくり箱はとても高価である。クユリの実家は小金持ちで、ある日、父が格安で買い付け、人に売らずに母に贈った品。

 売らなかったのはからくりが解けないのも原因で、お陰で格安だったと父はとても自慢していたが、母は開かない箱に仕入れ値以下の興味しか抱かなかった。しかし様々な木を使って描かれる紋様は美しい。

 母が興味がなくとも、からくりとの言葉一つで、幼いクユリの興味を引く品物であった。


 開かなくても高価なのは確かで、子供だけで触れるのは許されなかった。クユリは母の目を盗んで度々からくり箱に触れ、解除に熱を入れたものだ。

 ついに開けるのに成功した時は大変嬉しかった。中には真綿がびっしり詰まっており、その真綿の中には巨大な梅干しの種のような塊が入っていた。

 当時は何なのだろうと首をかしげたが、母の呼ぶ声に慌てて箱に戻してからくりを閉じた。

 次に隠れて探ろうとしたが、目当ての寄木細工のからくり箱は手の届かない納戸の奥にしまわれていた。興味があったのは寄木細工のからくり箱に対してだったので、からくりが解けたこともあって、以来それには触れていない。

 その後もいくつか寄木細工のからくり箱がやってきたが、仕掛けを解いては楽しんだ。あのからくり箱は今も納戸の奥にしまわれているのだろうか。

 クユリの頭の中に幼い頃の出来事が鮮明に描き出され、「あああっ!?」と再び声を上げる。


「あれよ、絶対あれ。大変、ウルハ様に相談しないと!」


 もしかしたら梅干しの種かもしれないが、高価なからくり箱に真綿で包まれているのも不自然だ。しかも貴重な妙薬。ちなみに「お幾らほどですか?」と侍医に訊ねると、目が飛び出すような金額だった。

 父が仕入れた値は破格もいい所、犬小屋と御殿の違い程ある。

 これは梅干しの種説が強いか。


 それだけの金額がするものを易々と手に入れることはできない。ギ国から持ち帰るよりも、クユリが実家に戻って持ち帰る方が早いだろう。

 ただし、本物であるならば。


 クユリは忙しなく走り回るウルハを捕まえるのに苦労した。

 ウルハがつけてくれた大きな武人――三十代半ばで名をコウヨウという――が、良い働きをして行きたい場所は宮殿の外であろうと連れて行ってくれる。しかしウルハを捕まえることが出来たのは、宮殿内にある彼の執務室であった。

 出だしに戻ったが、無駄足と思わずウルハに飛びつく。


然然しかじかで、実家に戻りたいのですが!」

「斯く斯く然然では分かりません。きちんと説明しなさい」

「実は……」


 クユリは実家にある寄木細工のからくり箱の中に、シュロクの実を乾燥させたものがあるかもしれないと説明した。しかも幼い頃には既に乾燥させた状態だったので、あれから十数年。さらに乾燥が進んでいるだろう。


「本物である可能性は?」

「幼い頃の記憶ですし、あの塊に大して興味がなかったのと、本物を見たこともないので分かりません。ですが可能性はあります!」

「分かりました、許可いたしましょう」


 ウルハは考える素振りも見せずに許可をくれる。人を使って取りに行かせる案もあるが、クユリの実家なのだからクユリに行かせるのが一番だと即座に判断したのだ。


「ありがとうございます。すぐに出発します」

「待ちなさい」


 踵を返すと奥襟を掴んで引き止められ、「ぐぇっ」と声が漏れた。


「リンとその男(コウヨウ)は同行させます。道中は二人の指示に従うこと、良いですね?」

「分かりました」


 クユリが頷くと、ウルハは武人に向かっていつも以上に厳しく鋭い視線を向ける。


「無理であろうと最短距離を」

「しかし――」


 最短距離となると険しい道を通ることになる。身を案じたのだろう、武人の視線がクユリに向かいかけたが、ウルハが畳みかけるように続けた。


「クユリはそこいらの女と違いますから何かあっても大丈夫です。最優先は皇帝陛下であることを忘れぬよう。また、三人が無事に戻ることも優先されます。要するに危ない道を通っても無事に戻り、シュロクであろう品を持ち帰ること。それがあなた方の役目です」


 厳しいウルハが『要するに……』と続けるなんてどうしたことか。

 体で動きやすい武人にわざわざ説明しただけだが、クユリには意外なことでちょっとだけ感動を覚える。クユリなど多少傷をつけても命さえあればいい、多少乱暴に扱ってもいいですよ……との意味を含んだ言葉は素通りしてしまった。


 とにかくこれで出発できる。何もできない状態で不安を抱えているだけなんてまっぴらだ。

 皇帝の側を離れるのは不安だが、可能性を思い出したからには動かずにはいられない。

 クユリは皇帝が信頼する大きな武人とリンを従え、険しく、時に道なき道まで通り、なんとたった五日で生まれ故郷に辿りついた。

 ミレイ妃と共に来た時は一月掛かったのに。普通に馬を使っても十日はかかるであろう距離だ。

 賊に襲われたり、猪に出くわしたりしたが、流石は皇帝が認めた大きな武人は格が違う。大勢の賊を簡単にあしらい、猪は肉にしてしまった。

 皇帝が拳で木を倒せる訳が分かったような気がしたクユリである。






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[一言] さすが武人。 つええ 無事にてにはいることをいのる
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