孤独だった
ウルハの過去を焙り出したかったわけではない。今となっては言い訳にしかならないが、自分の為に犠牲になって欲しくなかったのだ。
ウルハだけではなく、ロギ家の娘にも関わることである。
後宮がどんな所かなんて関係なく、クユリと皇帝が幸せになる為にウルハが犠牲になるのが嫌だったのだ。
ただそれだけを訴えたかった。おかしいことをしていると、ウルハを犠牲にしてまで二人だけの関係を貫きたいのではないと知って欲しかったのに……結果、ウルハの辛い過去を語らせて終わってしまった。
事が起こった後ではどうしようもないと分かっていた。一夜の過ちなら隠せばどうにかなっただろうが、公表したせいでスランは他に嫁に行けないし、ウルハの妻に納まるしかない。今更覆せない現実だったが、ウルハに自分が何をしたのか、役目ではなく心で知って欲しかったのだ。
後宮に戻ったクユリは皇帝と床を共にしていた。
ただ仰向けになって暗い天井を見上げているが、皇帝の無事帰還を喜ぶよりも、ウルハのことで頭がいっぱいで離れない。
「結局は全部、独りよがりだったのでしょうか」
女性を物として扱う文化の中、ウルハにとって女とは、結婚とはその程度のものなのだ。仕事を円滑にするための道具。
けれどクユリに対する接し方は違っている。
見下す視線はあるが、それが全てではない。ミレイ妃のように弄んだり、心のない物のように扱ったりしないし、何よりも能力を認めてくれているから、ウルハには自分たちの為に犠牲になって欲しくなかったのだ。
ウルハの話に乗ったスランは幸せになれるのだろうか。
後宮という特殊な環境にいるよりはましかもしれない。けれど、もし本当にスランがウルハを好いて夫婦になるのだとしたら、今はそうでなくても、共にいるうちに心が変化してウルハを夫として愛するようになったなら。女は敏感だ。ウルハの心が偽りであると悟ったときの悲しさは辛いものがあるだろう。
「独りよがり、か」
クユリの言葉に続いて、皇帝が溜息を落とすように繰り返すと、寝返りをうって肘を立て、頭を支えてクユリを覗き込む。
「ウルハにとっては、その方が都合が良いのかも知れないね」
「都合がいいって……それって、わたしの読みを認めているような返事ですよ?」
「私は正解だと確信している。だが、ウルハにとってはあくまでもその程度という括りにしているのだろう。私は女性を恐れていたが、母親の件もあってウルハは女性という存在そのものを恨んでいるんだ」
幼い皇帝が女達に抱いた感情は恐怖であったが、ウルハは憎しみを持った。
「この話はこれで終わりにした方がいい。そうしないとね、ウルハが闇に向かって進みそうで怖いのだよ」
「闇に――」
特殊な環境下で、幼い頃から知っている皇帝が言うならそうなってしまうのだろうか。
ウルハは冷静で、人を欺くのが上手い。だからといってあくどい訳でなく、皇帝の為だけに考え動いていると言ってもいいだろう。
ウルハの望みが触れるのを拒否するなら、従うのが幼い頃から共に生きた皇帝の役目なのか。
「釈然としないんです。わたしは一人で生きていくものだと思っていたので、誰かに固執するような性格でもなくて。でも陛下にお会いして、陛下を好きになって変わったのでしょうね。ウルハ様を犠牲にした気持ちが抜けません。ウルハ様が望んだのだとしても抜けないんです。わたしはウルハ様を好きなのでしょうか?」
これが二股というものなのだろうか?
ウルハの妻になりたいとは思わないし、唇を重ねるのも嫌だけれど、ウルハを好きだとの気持ちが心の中にあることに気付く。
戸惑うクユリに皇帝の腕が伸びて抱き寄せる。クユリは安心出来る人の胸に頬を寄せた。
「そなたはウルハを好きなのだろう。私もウルハを好きだよ。好きには様々な形がある。たとえばリンがそなたの身代わりになったらどうだい?」
変装して欺く意味ではなく、ウルハのように己を犠牲にしてとの意味に、クユリは顔をくしゃりと歪めた。
「嫌です」
「そなたはリンも好きなのだね。私もそうだが、しかし。皇帝として振る舞わなければならないなら、ウルハと同じようにリンを捨てる決断を下す」
「それは……そうですね。皇帝ですから」
危機が迫れば、皇帝として振る舞わなければならないのは仕方のないことだ。同じくウルハもなのだと、皇帝は自分にも言い聞かせるかにクユリに諭すも、「だけど」と続けた。
「そなたに妃としての決断は求めないよ。クユリはクユリとして、そなたが思うまま生きて欲しい」
クユリは温かく広い胸に頬を寄せ、縋るように抱きつく。
一人で生きるのが当たり前だと思っていたのはそう昔ではない。その時には感じることのなかった戸惑いや不安が、人との繋がりを深めたことで生まれるようになった。
心を通わせなければ、情を持たなければ良かったとは思わないが、これまで感じることのなかった見知らぬ感情はとても辛くて。
それでも手放したいと思うことはない。
一人ではない。
この意味はとても大きいとクユリは瞼を閉じて考える。
望む知識やものを全て与えられても、一人であり続ける孤独を埋めることは出ない。
皇帝やウルハ、そしてリンに関わるまで、クユリは自分が孤独なんて思わなかったが、死ぬ時には気の合う友人に看取られたいと願っていたことから、本当はずっと寂しかったのだと気付かされる。
その孤独を埋めてくれたうちの一人が、自分のために何をしてくれたのか。彼自身が選択したのだとしても、今のクユリには割り切ることは難しかった。