ウルハの独り言
真っ青になったクユリを皇帝が抱きかかえる。その背中が消えるまで見送ったウルハは、ふぅと息を吐き出し、彼にしては珍しく、感情を偽ることなく表情に表し腕を組んだ。
「少しばかり意地悪をし過ぎたでしょうか」
答える者のいない独り言。
いつも意地悪だが、少しやり過ぎたかと珍しく反省する。
母親のことは不幸自慢をするようで言葉にしたくなかったし、かつての後宮ではごく当たり前に起きていた光景だ。あの世界では誰かが同情してくれるわけではなく、誰もが我が身に降りかからないことだけを願い怯えて暮らしていた。
今の後宮がそうならなかったのは、皇帝がどの妃の元にも通わなかったからだ。
跡継ぎ問題があり、逃がさないために盥に乗せて流してみれば、身分の低い洗濯女に現を抜かして帰って来た。
皇帝の目に止まった洗濯女の未来がどうなるか。幼すぎた皇帝よりも三つばかり年上のウルハは鮮明に記憶している。娘の未来もこれで終わると思っていたが――現実は違っていて。
女一人で生きて行こうと本気で考えているだけあって、現実を知り、世渡りも上手く、何よりも頭が良かった。目にしたものは確実に記憶できる能力は捨て置けない。直接話をして本質を見抜いてみると、女であるからこそ魅力が備わっていると実感した。
これは最大限に利用するしかないと、ウルハは早々にクユリを側に置くと決める。
クユリには皇帝と仲睦まじく未来を紡いでほしいと願っていた。その為なら何でもすると、新たに守るべき人を得たウルハは、面倒と思うよりも嬉しいものとして捉えていた。
たとえそれが己の手の中でなくても。
二人に告げた言葉は全て嘘ではない。けれど、事実を隠していた部分もある。
ウルハがいかに恐ろしい存在であるのか、過去を語ると皇帝が悲しむので止めておいたが、今回は仕方がなかったのだ。
”あなたはわたしをすきですよね?”と、本来のクユリからは出る筈のない質問が飛んで来てしまったから。
疎いと思ったが、そこまで疎くはなかったようで。驚かされたのはウルハの読みが甘かったせいだ。
ウルハは誰もいなくなった屋敷の一角で、不思議な色の瞳をした娘に告げる。
「穏やかに暮らしたいのなら追及してはなりません。私に愚かな感情があることを認めさせないで下さい。そうでなければとても苦しい世界に身を置きますよ。あなたが、ですが」
苦しむのはウルハではなく、まっとうな思考回路を持ったクユリだ。
ウルハにとってクユリは大切な人になったが、根底には皇帝を守るという絶対的な思想が根付いている。愚かな母親が幼い皇帝を手にかけようとしたからではなく、ウルハがもともと持っていた思想だ。
あの日、皇帝の頭を押さえつける母親を見た時から、女は母親ではなくなった。女は全てが愚かで、特別な女は誰一人としていないと悟った。それには皇帝を産み落とした女性も含まれるのだが、どういう訳かクユリはウルハにとっても特別になった。
皇帝が求める唯一の人だからだろうか。
頭が良く、側にいても邪魔にならないからだろうか。
足りないところや愚かな面は多々あるが、他の女達に対するように不快にはならない。
恐らく、ウルハはその答えを知っているが、認めるような愚かなことはしない。何故なら皇帝にも言った通り、皇帝の治世に邪魔になるなら容赦なく切り捨てられるからだ。
誠実で甘い面がある皇帝にはできないことをウルハは無情にやってのける。
それが役目であるから。




