青天の霹靂
信じられない報告がリンによってもたらされ、クユリは驚愕に目を見開く。
「ウルハ様が結婚!?」
ロギ家の娘を迎えに行ったウルハが、妻を娶って帰って来た。
しかもあのウルハと相思相愛。
強く結びついた二人の様に皇帝も口出しできず、ウルハは妻に溺れて出仕もままならない状態らしい。
びっくり仰天のクユリは目と口を大きく開いたまま固まっている。
二か月ぶりにリンが姿を見せ、明日には皇帝も都に戻ると教えてくれたが、その後に続いたウルハ結婚の報にクユリは度肝を抜かれた。
女性に懸想したことがなく、結婚にも興味のないあのウルハが……ついに結婚。
あの年齢で結婚していないと色々な噂が飛び交うが、ウルハは噂なんてまるで気にしない。言いたいことは言わせておく主義であるし、害が及ぶ前に相手を潰すだろう。
それにしても、本当に?
あのウルハが結婚?
クユリの開いた口はいつまでたっても塞がらない。
「クユリ様、失礼しますね」
クユリの頭と顎に手を当てたリンが、ぐっと押さえて開いた口を閉じさせた。
「結婚!?」
ウルハはロギ家から迎えるお妃様を迎えに行ったのだ。
『ロギ家の娘を迎えに行く準備をしなくては』と言っていたあのウルハが、予定をすっぽかして結婚しただと!?
いつまでたっても後宮にロギ家のお妃様がやって来ない訳だ。
あのウルハが仕事を放棄していたなんて、いったい誰が想像できただろうか。
信じられないクユリは、包帯を巻いた腕が痛々しいリンを気遣うことが出来ずに、ぐいっと身を寄せ飛び付かん勢いだ。
「いったい誰と!?」
「ロギ家のご息女です」
「は!?」
「後宮に入る予定だったスラン様と仰るロギ家のお嬢様です」
「まさか!」
「そのまさかです」
「迎えに行ったお妃さまに手を出したんですか!?」
そうですとリンが頷き、クユリはまたもや開いた口が塞がらなくなってリンに塞いでもらった。
「ロギ家は大激怒で、陛下が間に入って色々な話し合いがもたれました。妻に溺れて出仕できないとなっていますが、正確には謹慎です」
「謹慎……陛下のお妃に手を出したのだから打ち首なんてことには……」
「ロギ家はそうしろとご立腹でしたが、正式には妃ではありませんし、ウルハ様を殺すなんて陛下が許しませんよ。それにロギ家のお嬢様がウルハ様にべた惚れで、沢山のお妃がいる後宮なんて御免だと命を盾にされまして」
「なにその争い……」
あのウルハにべた惚れとはいったいどんなお嬢様なのか。叱責や罵りに快楽を覚える人がいるのは知っているが……その類いのお嬢様なのだろうか。
が、しかし。そのような女性をウルハが妻に迎えるなんて有り得るのか?
「ねぇリン様、わたしウルハ様にお会いしたい。どうしても確かめたいことがあるんです」
「そう仰ると思いました。準備は出来ていますよ」
なんて出来る子!
「陛下は遅れて帰京ってことになっていますが、陛下のことですから馬を走らせウルハ様のお屋敷に到着なさっていると思われます」
「そうですね。あのウルハ様を野放しにしていたら次は何をするか分からないし。怖いですよ、本当に。それでロギ家のお嬢様は?」
「陛下のとりなしでウルハ様に輿入れなさることに……と言うか、そうするしかない状況らしく、改めて後日、正式に都入りされる予定ですので、ウルハ様のお屋敷にはおりません」
「そうするしかない状況って……」
とっくの昔に手を出しているということではないか。
皇帝にとってウルハはとても大切な人なのに、死刑にしなければならなくなったらどうするのか。
何が何だか分からないまま、黒髪町娘に変装したクユリはリンに伴われウルハの屋敷を目指す。
一人でも行けるが、クユリの目は珍しい色で悪い輩に拐かされてはいけないと心配されたのだ。
子供のころは虐めの対象だったし、珍しい色だからと欲しがられたこともない。ところ変わればだなと思うが、今はそれどころではなかった。
リンはクユリをウルハの屋敷に送り届けると、早々に身代わりになる為、後宮に戻って行った。
帰りは皇帝と一緒、あるいはウルハがどうにかすると予想して。
子供のころの経験からクユリは目立たないよう忍んで歩くのが得意だ。抜き足差し足忍び足で屋敷の様子を見て回る中、覗いた一室が煌びやかであることに気付いて足を踏み入れる。
漆塗りに金や螺鈿細工の高級な調度品が広い室内に配置されていた。
「女性物……」
高価な家具で整えられた部屋は女主のもので、昨日今日慌てて設えられた感じではない。妻を迎える為に準備された節が窺えた。
クユリが居候の形を取っていた時にはこんな部屋は準備されていなかった筈だ。
「ロギ家の娘を迎えに行く準備を整えるって……まさかウルハ様!?」
一つの可能性に辿りついたクユリは思わず額に手を当てる。
ウルハが意味不明の行動を起こした感覚が蘇り、クユリは頬を赤く染める代わりに色を失くした。
「いや……流石にそれはないない。陛下の為にってこと?」
ウルハと交わした言葉の数々が一斉に脳裏をよぎる。
『未婚で良かった』『血を残す価値を見出せない』『女は煩く面倒』『あなたのように頭が良く邪魔にならない、逆に利益になる存在であるなら考えないこともありません』……等々が頭の中を駆け巡り、クユリは頭を思いっきり振って言葉を追い出そうとした。
それなのに『私の眼鏡に適い現在生きているのは、あなたとリンくらいですね』と、認められた言葉が思い出されただけでなく、言葉の奥深い意味を探ろうと思考が働き出してしまった。
「違うわよ。だって陛下とわたしをくっつけたのはウルハ様だもの」
ごしごしと額をこすって考えを否定する。
有り得ない、絶対に有り得ないと、クユリが恐ろしい考えを追い出そうと必死に額を擦っていると、何やら人の言い争う声がしてこちらに向かってやって来る気配がある。
慌てたクユリは辺りを見回すと、目についた長持の中に身を隠す。ふたを閉めると同時に扉が大きな音を立てて開かれた。




