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鷹狩



 次の外出デートは思いのほか早くやって来た。

 日が昇る前にリンから起こされたクユリは、半分寝た状態で眠い目をこすりながら支度を始める。

 洗濯女だった頃は難なくできた早起きも、ウルハの手伝いで頭を使った後、遅くまで本を読み耽る生活になった途端に早起きが苦手になってしまった。


 初夏だというのに袖の長い衣をしっかりと着込んだ。衣の横には動きやすいよう切れ込みが入り、下穿きは男装と同様の薄手の袴だが、どこからどう見ても男性の衣装ではない。

 これだけ着込むと昼には汗をかくだろう。

 クユリはリンに着付けをされながら何処に行くのかと問う。


「それは陛下にお訊ね下さい。ほら、急がないと夜が明けます。クユリ様が寝汚いから遅刻ですよ」

「早いとは聞いていましたけど、まさか夜明け前に出発するとは思いませんでした」

「ぜ~んぶ陛下に聞いてください。私は同行できませんので、くれぐれもお気を付けくださいね」


 着替えると鏡の前に座らせられ、黒髪のかつらをしっかりと地毛に装着される。前回ずれたと聞いたリンは『失敗した、クユリ様を危険に曝した』と悔しそうにしていたのだ。

 変わった色で虐められたクユリだが、都では珍しい色として誘拐の危険もあるらしい。所変わればである。


「リン様、この前はこっそりついて来ていたんですか?」

「人ごみに紛れるのは得意なんです」

「リン様が来ないってことは、今日は人ごみではないんですね?」

「……陛下に聞いてください」

「着くまでの楽しみってことですね?」

「……」


 どうやら皇帝はクユリを驚かせるつもりのようだ。

 行き先が分からないのは不安だが、皇帝が行く場所に危険はないだろう。クユリは大欠伸をしながら、皇帝の好きな場所がどんなところなのか楽しみであった。


 待ち合わせの場所はうまやだ。栗毛の立派な馬の傍らに立っていた皇帝がクユリに気付いて手を上げる。


「おはようクユリ、とても似合っているよ」


 照れなくさらりと出た言葉は皇帝の本心だろう。どうやら今回は馬に乗って出かけるらしい。


 馬の背に跨った皇帝は手を伸ばしてクユリを引き上げる。クユリは皇帝の後ろに跨ると、遠慮がちに皇帝に掴まった。


「落ちるといけない、しっかりと腕をまわして」

「はい」


 胴に腕を回して体を密着させると、皇帝は馬の腹を蹴って走らせた。

 クユリにとって初めての経験。怖くてぎゅっと力を入れていたが、すぐに慣れて景色を楽しめるようになる。


 馬は都を離れて緩やかな坂道を登っていく。

 休憩を挟まずに数刻走れる馬は軍事用だ。

 馬も皇帝も、ついてくる護衛も慣れているのだろうが、クユリは違う。

 ずっと何時間も馬の背に揺られてお尻が痛い。

 言えばとめてくれるだろうが、皇帝の好きな場所に行きたいと言った手前、到着前に腰を折るようなことは言いたくなかったのでひたすら我慢した。

 クユリは時々話しかけてくる皇帝に返事を返し、痛みを耐え、ようやくたどり着いた先で安堵の息を漏らす。


「疲れたかい?」

「ちょっと……随分走りましたがここで何をするのでしょうか?」


 それなりに標高がある山の傾斜地だ。辺りは開けて草原のようになっており、なだらかに裾野が広がっている。


「私の趣味を知ってもらおうと思ってね」


 皇帝は付いてきた護衛から布を被せた箱を受け取るとクユリの前に差し出した。


「被せを外してごらん」


 言われるまま布を外すと鳥籠が現れる。

 中には茶色の大きな鳥。

 鋭い眼光に鉤型に曲がったくちばし、太いあしゆびには鋭い爪。全て猛禽類の特徴だ。


「これは大鷹……焼き鳥でもなさるのですか?」


 昼には少しばかり早いが、捌くのに時間がかかるので今から準備を始めるとしてもなぜ鷹なのかと、クユリは籠の中を覗きながら首を傾げた。

 鷹を直接見るのは初めてだが知識としてはあった。

 猛禽類の中でも大きくて翼を広げると子供の背丈を超えるが、翼に肉はついていないし食べても堅そうだ。

 焼き鳥と言えば鷹ではなく鶏ではないのか。もしくはキジや、肉は小さいがスズメなどが一般的だ。


 悩んでいると皇帝が鳥籠を開けて腕を伸ばす。手には保護のためだろう、肘まである皮の手袋をしており、籠の中の鷹は皇帝の腕に鋭い爪のある足を乗せた。


「食べないよ。鷹を使って獲物を捕るのだよ」

「鷹狩!?」


 ようやく気付いたクユリは声を上げた。

 鷹狩は高原地方の遊牧民の間で狩猟の一つとして浸透している。クユリ自身は見たことのない、鷹を使った狩りだ。

 普通では飼いならすことなんて出来ない猛禽類。その猛禽類である大鷹が、臣下よろしく皇帝の腕から肩に居場所を移す。

 堂々とした立ち姿。

 これは臣下ではない、皇帝と同等の戦友のようではないか。

 途端にクユリの瞳が輝きを増した。


「これはとても頭の良い子でね、ギ国と戦ったときに偵察にも使った大鷹だ。今は狩りに役に立ってもらっている」

「鷹狩が趣味だなんて素敵ですね!」

「そ、そうかい?」

「男らしくてかっこいいです。陛下が鷹を操るなんて知りませんでした!」


 なんて素敵なのだろう。憧れの視線を向けると皇帝は照れたようで目元を赤く染めた。


「名前はなんて仰るのですか?」

「ガルダだよ」

「異国の神話にある神鳥から?」

「そうだよ。クユリは詳しいね」

「大きさからすると雌ですよね?」

「そうだよ、大鷹は雄より雌の方が大きくなる。クユリは本当に知識が凄いのだね」

「肩に乗せて目を抉られたりしませんか?」

「それはないね。ほら、私の目はちゃんとついている」

「そうでした……」


 動く眼球に興味を持った鷹に目を抉られないかと怖くなるが、肩に乗せている皇帝は少しも恐れていない。クユリは鷹を扱えるのはかっこいいと思うものの、実際に自分の肩に乗せるのは、目を突かれそうなのでしたくなかった。


「これからガルダを使って狩りをするんですよね。狼ですか、兎ですか?」

「兎か雉がいいね。皆、よろしく頼むよ」


 皇帝がついて来た護衛達に向かって言うと彼らは一斉に散らばって行く。

 そうだった。鷹狩は追い込んだ獲物を鷹に狙わせ狩るやり方が主流だったとクユリは思い出す。

 鷹が勝手に狩ることもできるが、その場合鼠や蛇とかを捕まえたりするので、人が食べるにはちょっとだけ勇気が必要になるのだ。





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