ようやく気付く
翌朝――
皇帝はリュリュについてウルハに相談した。
好いた男と一緒になりたいと願うリュリュだが既に二十六。女の盛りが過ぎているとはいえ、見た目は凛とした美しい女性だったが、願いを叶える為には、見た目が若くとも急がなければならないのは確実だ。
「陛下はリュリュ妃を追放するために少年趣味を肯定なさると?」
ウルハは資料に目を通しながら皇帝の話を聞いている。
「そうではない。そういう誘い方をしたことを咎め、厳しく罰を与えるだけだ」
どうしてリンとの噂が広まっているのか分からないが、閉じ込められた女達にとって、皇帝と小姓の恋の噂は娯楽の一つとなっているのだろう。
真実ではないことを吹聴されたくらいで怒らない。「偽りだ!」と、声を大にして否定する必要もないが、ウルハの言葉には棘がある。クユリの所に行けなかったことを怒っているのだろう。
「リュリュ妃が後宮を出てもその男と夫婦になれるとは限りませんよ」
「私もそこまで面倒をみるつもりはないよ。だが長く務めた功績を認め、口添え程度はしてもいいかと思っている」
「お優しいことです」
功績というよりは放置した後ろめたさだが、皇帝である限り本心を公表するわけにはいかない。
リュリュの相手が誰かは知らないが、娘のルリを後宮に預けていることからすると、けして身分が低いわけでもないだろう。男の妻は鬼籍に入っているし、ルリもリュリュに懐いていた。
あとは迎える男側の問題になるが、皇帝自身が手を回してリュリュを妻に迎えろとは命令するつもりはない。
男も娘をリュリュに預けるほどだから同じような心でなくとも、後宮の妃であった女に価値を感じるだろう。そこに恋とか愛とかの感情があっての結びつきを求めるか否かはリュリュと男の問題であって、後宮を拒絶した皇帝に口出しできるものではなかった。
互いが求め障害があるなら協力する。
皇帝に出来るのはその程度だが、二人が望めば口添えすると決めていた。
口添えでも皇帝の言葉は絶対となる。
「通った後に下賜となりますと、悪い噂も出るでしょう。まぁ、陛下に直訴なさるほどですから、泥を塗られても構わないという所でしょうか」
「それほどに追い詰めたのは私だ」
「陛下が妃の心を汲まれるとは。五年前にそれができていたなら、今頃は世継ぎの一人や二人いたでしょうね」
ウルハが資料の一つを差し出しながら嫌味を言うが、「それとこれとは別」と皇帝は答えた。
「クユリに再会したからこそ妃の本音も聞けたのだ。クユリがいなければ私は愚かなまま、妃らを踏みにじり続けることになっただろう。リュリュも本音を訴えようとは思わなかっただろうね」
「確かに、ミレイ妃とリュリュ妃では性格がまるで異なりますしね。リュリュ妃のご実家はファン家に劣るものですから、私もお薦めはしませんでした」
「ウルハはあくまでも後見重視だね」
「女が口を挿むと面倒になりますから」
「クユリも女性だ。特別かい?」
男尊女卑の世界にどっぷりつかって厳しい目をむけるウルハが、頭の回転が良いくらいで女であるクユリを側に置いたのは今でも驚きだ。
「私に何を言わせたいのです?」
「クユリは頭が良く、権力に逆らわず欲もない。掌で転がせるからゆくゆくは皇后にしてしまおうとの考えも分からないでもないが、そなたが女性を認め、直接かかわりを持っているのはとても不思議なことだ。」
ウルハが人を信じるのはとても珍しい。
時に人の心を正確に分析して操るので、皇帝のことすら道具にしているのかと見誤ることすらあった。
結局は皇帝の為、仕える主を生き残らせるために奔走してくれているのだが、その為には主であり友人でもある皇帝すら道具として使うことを厭わない強い心を持っている。
「そなたにとってクユリが道具の一つであるのは変わらないのだろうが、もし彼女に何かあった時、迷いなく無情に切り捨てることが出来るのだろうかと思った」
「彼女の能力は実に惜しいものです。男であれば堂々と使うことが出来ましたが……クユリがもし男で野心を持っていたならば、私は迷わず始末したでしょう。また女であっても必要であればクユリ様を排除するのに迷いはありません。ただ、そうですね――」
ここでウルハが珍しく押し黙る。
会話の技術として黙ったのでない。ウルハは少し俯いて視線を下げ、幾度か瞬きを繰り返した。
「クユリ、を排除するのは心が痛みそうです。排除の可能性を潰す為にも陛下には早々に世継ぎを設けて頂きたかったのですが。陛下はリュリュ妃との件でクユリとの間に亀裂が生まれるかもしれないとは思われませんでしたか?」
新たな資料を差し出したウルハは、黒い目を楽しそうに細めた。
「私がクユリに懸想していると、そう告白させたいのかと思えば違ったようです。陛下の信頼が厚いのは嬉しいことですが、陛下を恐れぬからとクユリが私と同じようなものだと思うのは間違いですよ」
「私はそなたとクユリが同じとは思っていないが?」
「それならよかった。クユリは昔の陛下を知っているせいで、陛下を一人の人として見ている節がありました。その目がギョクイから陛下に変化していないことを願うばかりです」
楽しそうなウルハの様子に皇帝は眉を潜める。楽しそうに見せているが、心内では怒っているのだ。
皇帝としてではなく、個人として見て欲しいと願ったのは皇帝自身だ。ウルハが言うのだから、クユリが皇帝をギョクイ個人として見ていたのは事実だろう。
とても嬉しいことだ。好いた女性に皇帝としての身分でしか判断されないのは悲しいものだから。
しかしウルハの言葉には含みがある。いや、含みしかない。
「ギョクイから皇帝に……私は何かしたのだな?」
「まだお気付きにならないとは。初恋に浮かれた男とはとても厄介なものですね」
ウルハはわざとらしく溜息を吐く。
「クユリは体調が優れないとのことで本日はお休みです」
「は? 聞いていないぞ?」
壁に頭を預けて眠っていたクユリの光景が脳裏に浮かんだ。
「待ち侘びる夫が他の妻の元に赴いたのです。妻として落ち込むのは当然でしょう」
「他の妻って……私はリュリュと話をしただけだ!」
「クユリが男と一晩過ごして話をしただけと言えば、陛下は信じられるのですか?」
「それは……」
相手がウルハなら信じるが――ウルハが言っているのはそんなことではない。
流石に気付いた皇帝が勢いよく立ち上がると、漆に螺鈿が細工された高価な椅子がひっくり返った。
「後宮へ行く!」
「どうぞ、お励み下さい」
恭しく頭を下げたウルハの前を脱兎のごとく走り去り、力任せに扉を開くと金具が飛んで扉が外れたが構わず後宮を目指した。




