表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/74

最優先事項



 新緑の季節、レイカン国は変わらず平和な日々が続いている。

 クユリが川で洗濯をしていると、盥にのった皇帝が流れて来てから間もなく一年。

 幼い頃の思い出とともにやって来た皇帝は、気がつくとクユリの夫になっていた。


 洗濯女から妃へと変わったが、クユリと皇帝の関係は特に変わらないままだ。

 朝起きたクユリはリンの手引きで後宮を出ると官服に着替え、ウルハの命令に従って仕事に励む。日が暮れると再びリンの手引きで妃の衣に着替えて後宮に戻るのだ。夜になると皇帝がやって来て、話をして一定の時間を過ごしてから皇帝は自室へと戻って行った。

 皇帝が後宮で一晩過ごすことがないのは慣例だ。


 皇帝との時間は楽しい。

 話をするだけでなく、通って来てくれた皇帝を放置して、目の前で本を読むことも許してくれる。昇竜の間に通った頃よりも会話が増え、邪魔が入らなくなった違いはあるが、特に変わりのない清い関係が続いていた。


 クユリの心が皇帝に向くまで手を出さないと言われたが、向いたか向かないかをどう判断するのだろう。

 妃になるのを了承した時点でクユリには覚悟ができている。妊娠出産に耐え、見事跡継ぎを産むまで繰り返す。

 しかし皇帝は、このような事務的なクユリの考えを否定して手を出すことはしない。

 いつまでもこのままで良いとは思っていない。どこかで変化を付けなくてはと分かっていたが、急かさず何も言わず、クユリのやりたいようにやらせてくれる優しい皇帝の態度に、いつの間にかクユリの焦りもなくなっていた。

 

 そんなある日のお昼休み。

 借り受ける本を求め古書殿に入ったクユリは危うく涎を垂らすところだった。


「危ない危ない、感激のあまりつい涎が。今度からマスクしてこようかな?」

「何が危ないのですか?」

「ひっ!?」


 突然声をかけられ振り返ると、つい先ほどまで一緒に仕事をしていたウルハが後ろに立っていた。

 

「年代物の貴重な書物です。何かあれば即刻追い出しますよ?」

「分かっています、命より大切に扱います」

「良い心がけですね。命の重みは異なるものです。あなたも価値を上げる努力をしなさい」

「努力いたします……」


 命は平等に一人一つ。重さは変わらないと思うが、ウルハに説いても反撃されるだけなので口答えしない。

 容赦なく辛辣な物言いをするが、ウルハにとって大切なのは皇帝だとクユリも分かっている。その為に多くの血を流したのだろう。

 綺麗ごとだけで生き延びることなんて出来ないのは歴史が語っていた。お陰でギ国を退け国は平安を保っている。クユリにウルハの生き方を否定する権利はない。


「ところでクユリ。陛下と床を交わしてそろそろ二月ふたつきです。妊娠の兆候はありませんか?」

「えっ!?」


 急に問われて肩が弾ける。やましいことがある証拠だ、しまったと焦るが後の祭り。

 恐る恐るウルハを見上げると、クユリの小さな動き一つでウルハに全て悟られてしまった。


「まさか……契りを交わしていない?」


 にへらと、誤魔化すように笑ってみせると、「ほう……」と、目を細めたウルハから絶対零度の刃が放たれクユリを襲う。


「今宵、私が見張りに立ちましょう」

「ごめんなさい、許して下さい。ウルハ様の女装なんて嫌です!」

「冗談ですよ」


 絶対に冗談じゃない。

 ウルハにばれたら問題だと思っていたのに、あっさり知られてしまった。態度からクユリ自ら露見させたに等しい。

 きっと皇帝も叱られるだろう。

 クユリは「ごめんね」と、心の中で皇帝に謝罪した。


 クユリの心を手に入れるまで、本当の夫婦にならないと言ったのは皇帝だ。手を出さないのは皇帝の問題。なので、クユリのせいではない。

 しかし妃の勤めが果たせないままで、ウルハが古書殿への入室を許可し続けてくれるとは思えない。

 クユリは目的の本をあきらめると、全く別の分野が収納された本棚に向かった。後をついてきたウルハが正解とばかりに頷いている。


 本棚に並んでいるのは、かつての後宮で繰り広げられた皇帝の寵愛獲得作戦の数々だ。

 今のクユリに必要な知識は兵法や政治、干拓や経済の歴史ではなく、皇帝をどうやってその気にさせるか。

 クユリが一言『あなたが好きです』と言えば済む問題かもしれないが、正直な言葉をくれた皇帝に嘘をつきたくなかった。

 厳密に言うと、クユリが皇帝を好きなことは嘘ではない。

 けれどその好きが、皇帝を一人の男性として好きなのかと問われると正直分からなかった。

 クユリにとって恋愛はまったく必要ない分野だったので、誰かに恋をしたことなんて一度もないのだ。もしかしたら恋をしていたかもしれないが自分では気づかなかった。周りにいたのは虐めっ子ばかりだったので、ないと思うが、それすら判断がつかないのだ。


「同時進行でと言うべきでした」

「はい?」


 寵愛獲得作戦が記された本を選んでいるとウルハが漏らす。見上げると珍しく困ったような表情をしていた。

  

「あなたの心は自分で手に入れるよう、陛下に言ったのです。まさか解決してから次に進むとは思わなかったものですから。よく考えたらあの陛下にあなたを落とせるのか疑問ですね。悠長に待っていたらあっという間に老体です。まずは陛下をその気にさせるのが、あなたの最優先事項です」

「分かりました」


 あの陛下をその気にさせることが出来るのか、クユリにもまったく自信がない。遊郭にでも通って知識を身に付けておくべきだった。

 クユリは上司の圧力を受けながら、与えられた任務をこなそうと必死にページをめくった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 知らぬまに39部も……! まだ23部ですがゆっくり追っているものです。 クユリ、とうとう嫁に。しかし今だ心は古文書(笑) そして皇帝の照れがすごい好きです。 ずっと照れていればいい、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ