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心は自分で手に入れる



 クユリを包囲して、逃げられないようにしたのかと思ったが違う。逃げられない状況に追い込まれたのは皇帝だった。

 クユリにとって皇帝側の事情が許すなら、古書殿への入室を引き換えに妃になることなど問題ではない。後見やその他諸々の問題が解決しているのなら断る理由がないのだ。

 何よりも仕組んだのがウルハなら抜かりないと信じているのだろう。皇帝もウルハに抜かりがあるとは思わない。

 臣下に皇帝としての威厳を見せつけることが重要であると、ウルハは常に皇帝に諭した。

 普段は皇帝に対しても辛辣に物を言うが、正式な場所でウルハは決して出過ぎず臣下を貫く。理不尽な理由で殺されても文句は言わない。何しろ相手が皇帝だからだ。


 それでも皇帝は、目の前で繰り広げられた出来事が真実であると理解できず、疑いの目をクユリに向けた。皇帝の視線に気付いたクユリが僅かに首を傾ける。


「私の妃になって本当に良いのかい?」

「陛下にはウルハ様の考えを覆すことが可能ですか?」

「無理だと思う」


 皇帝として振る舞い、決別する覚悟があるなら可能だが、皇帝にはウルハを排除する勇気はない。しかし本当にこれでいいのかと、皇帝はクユリが心配だった。


「ウルハ様の考えを覆せたとしても、古書殿入室許可は取り消さないで頂きたいのですが」

「やはりそこなのだね……」


 クユリに出世欲がないのは分かっていたし、女達の争いの場に巻き込むこともしたくなかった。本当に妃になるのかとクユリの身を心配したが、クユリにとって妃の地位は古書殿の本を読む手段でしかない。決して権力が欲しいとか、皇帝を好きでとか、皇帝に恋をしたとかいうのではないのだ。

 

 このような形でクユリを妃にするのは不満である。しかしクユリが妃になれば、国家的な秘密に関わる権利を得られ、古書殿への立ち入りは問題なくなる。古書殿と妃の仕事、引き換えに出されたら迷いなく古書殿を取れるのがクユリの魅力でもある。


「男のようなわたしでご不満かと思いますが――」

「クユリは可愛いよ、男の姿は関係ない。見かけが女性で中身が男の妃をもらう方が嫌だ」

「さすがは陛下、例えが最悪です」


 ウルハが拍手して皇帝を誉める。

 思う所ばかりの皇帝がウルハを睨むと、拍手しながらにじり寄り、「心はご自分で手に入れてください」と囁かれた。

 御膳立てはしたと言いたいのだろう。

 不服に思いながら、拒絶も肯定もできない皇帝は頭を抱える。

 クユリとの関係は生涯続く友人でありたいと思っていただけに、これからは妃として接しなければならない。

 クユリのことを大切に、憎からず思っているだけに、ある意味棚ぼた状態のまま受け入れて良いのか、本当にこれでいいのだろうかと葛藤が続いたが、皇帝の気持ちは置き去りにされたまま時は過ぎてしまい、クユリが妃として後宮入りする日がやって来てしまった。


 不義密通の疑いがかけられただけでも大きな問題だ。

 ミレイ妃はファン家に出戻り、ファン家はクユリの後見人になることで皇帝への義理を通す。

 その間、皇帝とクユリは変わらない日々を過ごした。クユリは妃になることについてよりも、古書殿に入室を許される日を指折り数えていて、皇帝は複雑な心境のままその日を迎える。


 クユリが後宮入りしたその夜、皇帝はついに後宮に続く門を潜った。

 皇帝となって五年、初めての出来事である。


 妃になったが、クユリを自分の物だとか都合のいいことは考えていない。ウルハに耳打ちされた通り、クユリの心は自分で手に入れると誓っていた。後宮に渡るのも、クユリが不安がっていてはいけないと案じてのことだ。


 皇帝は明かりが灯された、薄暗い廊下を案内される。緊張が半端なく手汗が凄かった。クユリの待つ部屋に入ると扉が閉じられる。

 ここからは皇帝と妃、二人だけの世界だ。

 皇帝は頭を下げて迎える妃を見下し、異変に気付くと周囲を見回した。

 他には誰もいない、二人きりの世界で間違いないのだが……


「クユリはどうしたんだい?」


 皇帝の問いに、頭を下げていた妃…ではなく、美しく着飾ったリンが顔を上げる。


「クユリ様はウルハ様とお仕事中です。クユリ様の輿入れにあたり、ウルハ様お一人で対応しましたので、仕事がたまりに溜まっている状態なのだとか」

「まさか輿入れも?」

「私が代理を務めました」


 皇帝はがっくりと項垂れ膝をついた。

 妃は普通の輿入れとは異なるし、クユリが了承したのも古書殿への出入りが許可されるからで、皇帝との生活に焦がれたわけでもない。

 分かっている。

 分かってはいるが、何も聞かされていない皇帝は緊張の糸が切れ、がっくりと崩れて動けなくなってしまった。


「私はてっきりクユリがいるものだと」

「陛下の仰る通り、クユリ様がいて当然かと。全てを一人で調えたウルハ様の意地悪でしょう。いつものことですよ」


 リンの言葉通りウルハの意地悪で間違いない。すんなりと事が流れて行くと思った時点で、皇帝がウルハに敵うわけがないのだ。

 白粉をはたいて美しい娘に女装したリンが、気の毒そうに皇帝を窺う。


「いいのだよ。心は自分で手に入れないと意味がないのだから、クユリがいなくて良かったのかもしれない」

「陛下は古書殿の書物に勝てますかね?」

「……リン、そなたは私の味方ではないのかい?」

「味方ですよ。だからこそ案じているのです。このままでは陛下がお可哀そうで……」


 十三歳の子供にまで同情される皇帝であった。




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