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お妃やります



 洗濯女を辞めることも、後宮を出ることも、男装もウルハの側に仕えることも、全てクユリ自身が決めたことだ。

 学ぶのは楽しい。何もかも知識を得る為だが、とにかく学ぶことは楽しいのだ。

 クユリは古書殿の本さえ読めればいいと選択してきたが、何時の間にか危うい道に踏み込んでしまった。

 後悔しても遅い。

 目の前にある現実を受け止めるしかないとなれば、クユリはあまりもがかない。しかし皇帝は「ちょっと待て」と声を上げた。


「クユリだって後宮を出て男に囲まれている状態だ。妃ではないので裁かれはしないが、妃として名を挙げるなら確実に問題視される」


 後宮の女は皇帝の女。

 洗濯女ならいざ知らず、後見を得て妃とするなら大問題だ。既に他の男と通じていると異議が上がれば抵抗のしようもない。

 当たり前とも言える主張だが、ウルハは皇帝の言葉を鼻で笑って跳ね除けた。


「陛下、クユリを良くご覧ください。陛下の目にはどのように見えますか?」


 ウルハに促されて皇帝の視線がクユリに落ちる。

 じっと見られるので見つめ返していると、皇帝は目元を染めて視線を逸らした。

 皇帝の顔をしている時は恐ろしい威圧のある人なのに、普段は眼の飛ばし合いでクユリに負けるような人だ。戦いでギ国を退け皇帝になったとは思えないが、ウルハが上手く操った成果なのだろう。

 皇帝の視線が再度クユリに向くが、変わらず受け止めると皇帝は更に顔を赤く染めて再び視線を逸らす。


「……可愛い、と思うが?」

よわい二十五にして、初恋に狂っておいでのようですね」

「なっ、なにを言っているんだ!?」


 ウルハの視線は皇帝を心底蔑むものだった。

 蔑まれる皇帝は慌てて「馬鹿なことを言うな」とウルハの肩を揺する。

 クユリが慌てる皇帝をじっと見つめていると、己の態度がおかしいとようやく気付いたのか。皇帝は咳払いしてから姿勢を正した。

 どうやら正気を取り戻してくれたようだ。


「ええと……その、なんだ。クユリはあくまでも男ということだね」


 洗濯女のクユリは、とうの昔に後宮を出てウルハの庇護を受けている。今現在、宮殿で仕事をしているのは、変わった髪色の男でしかない。


「その通りです。これしきの事に気付かないのであれば、盥に乗せ、今度は海まで流してサメに食われて頂こうかと思いました」


 「馬鹿は嫌いなのですよ」と付け加えたウルハの視線がクユリに向かう。

 逃げ道など存在しないと理解しているだろうな――との、含みを持った視線を受け止めたクユリは、基本的に強者に逆らわず、上手く躱すか流されるかして立ち回るのだが。

 可能であれば今回はそのどちらも選びたくなかった。

 なので分かっていてもあえて抵抗を試みる。


「後宮や跡継ぎ問題に尽力されるウルハ様のお考えに異議を申し立てるつもりはありません。ですが、わたしが後見を得て身分を獲得しても、他に色々と問題があるかと思います」


 これといった妃がいないからって、皇帝が側に置く身分のない娘を妃にしてしまえとの考えはあまりにも短絡的だ。

 ウルハの考えは正しいと認めつつ、客観的にも自分には問題があるとクユリが主張すれば、ウルハは一つ頷き、手を袖の中に入れて腕を組んだ。


「頭の良さが一番。女としての欲がないのが二番。三番にあなたは使いやすい。役に立たない妃は必要ありませんので。そして四番にあなたの家系は多産なうえ、幼児の死亡率が極めて低いことが続きます。あなたの母親の家系に至ってはほぼゼロです。それに普段はそう見えませんが、知性と教養はしっかり身についているようですし、何の問題もありません。更にあなたが妃になれば、無駄遣いばかりする後宮を潰せるかもしれない」


 クユリは十人兄弟。幼い子供が死にやすい時代で生まれた十人、一人も欠けることなく成長しているのはとても珍しい。

 いくら皇帝の子供でも三十八人以上など必要ない。多くの妃がそれぞれ子を成せば、お世継ぎ問題勃発は当然あるものだ。

 そこで一人の妃が沢山の子を成せば、他の妃は用無しとなる。

 後宮に妃を迎えることでそれぞれの実家から得られる益はなくなるが、ウルハのことだからその必要がなくなるよう礎を築いているだろう。

 後見人となるファン家が力を持ちすぎる難点はあるが、行き過ぎればクユリと血の繋がりがないことを主張して切り捨てることが可能だ。利用するだけ利用してポイ捨てだが、出来ないことではない。


「わたしが子供をたくさん産んで、その中の一人が次の皇帝になってしまうということですか!?」


 我が子が皇帝になるのか!?

 後宮の予算を減らし有意義に使うのには賛成だが、我が子が皇帝になるなんて。クユリの人生設計に予備の予備としてすら予定されていない。


「大丈夫ですよ。随分遠いですが、あなたにもファン家の血が流れているのは確認済みです。ほら、ミレイ妃が踏みつけた巻物。あれがファン家を千年前まで遡った家系図です」


 ウルハはクユリやファン家についても調べ尽くしていた。クユリにファン家の血が流れているというが、元を辿ればどこの誰もがどこかで繋がっているのである。千年前まで遡れば繋がっていると言っても、そんな繋がりないに等しい。


「いくらなんでも遡り過ぎです。そんなことを言えば国中の洗濯女が妃に立候補しかねません。無理ですよ」

「そうですか、残念です。妃になれば古書殿への出入りを許可してもよいと思っていたのですが」

「是非ともやらせて頂きます!」


 クユリは瞳を輝かせ、丁寧にお辞儀をする。

 皇帝の母なんて無理だが、古書殿への出入りが許可されるとなれば話は別だ。

 身につけて損になるものはないと、知識だけでなく教養も身についている。普段はどこにでもいる娘だが、そのように振る舞えと命じられれば妃のふりだってやってみせる。

 全ては古書殿で埃をかぶって静かにページが開かれるのを待っている書物の為だ。クユリが読まねば誰が読むというのだろう。

 

 クユリにとっての想定外は、好物によって簡単に受け入れ可能の想定内に変化するのであった。





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