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女装の次は男装


 

 髪を頭のてっぺんで結い冠をつける。

 最下位の冠ではあるが、紺色の官職の衣を着てウルハの後ろを歩いた。


 憧れの官職、いつかは賜ってみたいと憧れた官職。

 男の世界だが、女性の受験が禁止されている訳ではない。

 

 しかしクユリは試験を受けていないし、正式に官職を賜った訳でもない。

 ただ官職の服を着ているだけだ。

 男装という形で。


 昨日、干した洗濯物を取り込んでいると、女の子の衣を着たリンがやって来て後宮から連れ出された。向かった先にはウルハがいた。


「あなたを頂戴することになりました」

「……え?」


 意味が分からず問う側から、リンによって着ている衣を脱がされてしまう。下着姿にされると恥ずかしがる間もなく官服を着つけられ、髪を結われ見習い用の冠を被せられた。


「これはいったい……」

「あなたの能力は洗濯ではなく、別のことに活かしてもらいます」

「能力、ですか?」

「主に記憶力です」


 確かに記憶力はいいが、頂戴するとか男装とかの意味がわからない。

 説明を求めると、クユリの素性を隠したまま、ウルハの補佐的な仕事をさせると言う。

 

「わたしには後宮での仕事が……」

「後宮はクビです」

「えっ!?」


 クユリは驚きのあまり声を上げた。


「クビだなんて、そんな!」


 後宮から出されては楽しみにしている貴重な本が読めなくなってしまう。


「わたし、何か失敗をしましたでしょうか。ウルハ様の気分を害するようなことを……知らないうちに陛下を怒らせてしまったのでしょうか!?」

「陛下も私も怒っていません。言葉をきちんと理解なさい、無能に用はありません」

「あ……」


 クユリはわななきながら、ウルハの言葉を一言一句思い出し考えた。

 記憶力を活かせと言われた。洗濯ではなく、別のことに活かせと。


「あ、えっと……宮廷で女を働かせるのは問題もあって面倒ですね。素性を偽って、真相を知るウルハ様の側で役に立つのが手っ取り早いと……」


 要するに、ウルハは女であるクユリを認めてくれた?


「後宮で的になるのではなく私の役に立ちなさい。陛下の役に立たせようと考えましたが、陛下がいらないと仰ったので私が頂戴することにしました」

「いらない……」


 皇帝はクユリをいらないと言ったのか。

 友人だとの言葉を貰っていたが、実際には違ったようでとても悲しくなった。

 やはり皇帝は雲の上の人なのだ。幼い頃の思い出を頼りに甘えてはいけなかったのだ。

 とても悲しくて胸の痛みを覚えていると、リンが耳打ちする。


「ウルハ様は陛下にクユリ様を妃にと進言したのです」

「えっ!?」


 それは驚きだ。

 いったい何を考えているのか。

 教えてくれたリンは「余計なことを言うな」とウルハに叱られていたが、クユリはそれどころではない。


「妃だなんて無理に決まっているじゃないですか!?」

「陛下もそうおっしゃいました。あなたは友人だからと拒絶なさったのです」

「当然です。皇帝陛下ですよ。わたしは洗濯女です」

「だから私が頂戴したのです。クユリという名の娘はミレイ妃の物ではなくなっています。嫌なら田舎にお帰りなさい」

「有り難くお勤めさせて頂きます!」


 追い出されないなら何でもいい。

 皇帝に近いウルハならクユリを女のまま働かせることもできるだろうが、姿を偽らせるということは、彼にとっては男の姿の方が都合がいいのだろう。

 詮索して追い出されたらいけないので、クユリは考えるのを放棄した。

 古書殿の本を読み続けることができるなら、男装させられようと構わないのだ。


「女がうろつくと問題になります。性別を気取られぬよう、細心の注意を。私をがっかりさせないでくださいね」


 ウルハに微笑まれ、何やら怖い感じがしてぶるりと震える。

 そのまま見知らぬ場所を歩かされ、皇帝が仕事をする部屋に案内され、扉の前に立った。

 流石は皇帝の御座所、竜やら麒麟きりんやら、御目出度い聖獣が彫られ描かれた絢爛たる歴史を感じる御殿。

 何故か扉だけが設えたばかりのように新しかったが、クユリはウルハの期待に応えるべくあらゆる場所に目を向け記憶していく。


 扉を潜ると重厚な執務机が正面に設えられている。

 皇帝はその部屋で、机に向かうのではなくうろうろしており、入室したウルハに気付いた途端に「クユリをどうした!」と叫んでウルハに飛び付いた。


「後宮から追い出すなど誰が許した。私の可愛いクユリをっ……そなた、いつから計画していたのだ!?」


 皇帝がウルハの胸ぐらを掴んで、ぐわんぐわんと揺すりまくる。ウルハに詰め寄る皇帝は半泣きだ。いったい何があったのか。クユリは慄き後ずさってリンにぶつかってしまう。


「あ、ごめんなさい」

「いいえ、構いません」


 その声を聞いた皇帝の動きが止まり、クユリを凝視して目を見開くとじっと見つめた。

 それはそれはじっと、穴が開くほど凝視した後、あんぐりと口を開けて「クユリ?」と問う。


「そういう訳ですので陛下、お手をお離し下さい」

「そういうことか……」


 状況に気付いたらしい皇帝がウルハを解放する。

 どうやら皇帝はこの現状を知らなかったようだ。


「未婚だとか思わせぶりなことを言うからてっきり……」

「勘違いでもなさいましたか?」


 問うウルハはとても楽しそうで、二人の間で勘違いが起きるようなやりとりがあったのだとクユリは悟った。

 恐らく、いや絶対に、ウルハが皇帝をわざと勘違いさせたのだ。


「そう思うのが当然だろう!?」


 証拠に皇帝が苦情を向ける。


「私は未婚故に、若い娘を出入りさせても文句を言う妻がおりません。身軽で本当に良かった」


 楽しそうに笑うウルハを前に皇帝は項垂れる。

 隣に立つリンを見ると肩をすくめた。どうやらウルハは皇帝で遊んだようだ。

 同じような被害に遭わない為にもウルハには逆らわずにいよう。

 クユリは心の中でそう決心した。





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