私が頂戴します
良家の娘を装い後宮に潜り込んだリンによると、クユリはミレイ妃の戯れで様々な揶揄いを受けているようだった。
見た目を揶揄う言葉よりも、鬱憤晴らしの相手に使われているようで、原因となっている皇帝は非常に深く落ち込む。
「私が後宮に通わないのがいけないのだろうね」
自分のせいでクユリが酷い目に遭っているとは。
今回風邪をひいたのも卵をぶつける的にされ、冷たい川に入って体を洗ったせいと思われる。
食べ物を戯れに使うなと通達したが、隔離された女達がどこまで守ってくれるかどうか。今後卵が使われなくても、クユリが鬱憤晴らしの道具になっては意味がない。
「陛下が後宮に通われても事態が好転するとは限りません」
筆の止まった皇帝の斜め前にウルハが立ち、さっさと署名押印しろと空欄をコツコツと指で叩く。
「確かにその通りではあるが、私ではミレイを止める確実な術がない」
相手が男であれば容赦なく断罪できるが、か弱い女性となるとどうしても決断できない。しかも後宮においてクユリはミレイ妃の物なのだ。
皇帝が一介の侍女、それも洗濯女に肩入れしたとなれば、後宮の中では大問題となる。本当にクユリの身に危険が及んでしまうのだ。
「そこで提案なのですが」
「良い案があるのかい?」
皇帝は署名する手を止めるとウルハを見上げる。ウルハは見下すような視線で皇帝に署名の続きを促した。
ウルハの案を聞きたい皇帝は慌てて筆を走らせ押印を済ませる。
「クユリを妃にする気はありませんか?」
ウルハの言葉に皇帝は瞳を瞬かせた。
「クユリを妃に?」
いったい何を言い出だすのかと皇帝は驚く。
クユリは裕福な家庭に生まれたが、妃になれるような身分ではない。身分云々に厳しいウルハらしくない提案に皇帝は眉を寄せた。
「そなたはミレイ妃を押していたではないか」
ミレイの実家であるファン家は、皇帝を預かった家として力を付けてきている。その力を利用するべきと、ウルハは皇帝にミレイ妃の元へ通うよう指示していた。だからこそ盥に乗せられ小川を流されたのである。
「後ろ盾のない娘を妃にするのは惨いことだ。そなたとて言っていただろう、私のような子を増やしてどうする。なにより私とクユリは友人同士、そのような仲ではないよ」
妃とは皇帝の子を生む女を示すのであって、一般的な妻とは異なる。次なる皇帝の母となるので血筋や生まれを問われるがあくまでも臣下だ。
クユリとは皇帝の臣下ではなく、友人だ。名を呼び合える……呼んで貰えていないが、あくまでも友人であって、そのような対象として見ていないのだ。
「でしたら、私が頂戴しても宜しいですね?」
「――ウルハ?」
頂戴するとは?
意味が分からず問い返すと、ウルハはとても意地の悪い顔をした。
「陛下がいらないのであれば私が頂戴いたします。運良く未婚でありますし」
未婚?……頂戴?……未婚!?
意味に気付いた皇帝は驚いて立ち上がった。
立派な作りの椅子が後ろにひっくり返る。
「そっ……そなたとクユリは十も年が離れているではないか!?」
皇帝とだって七つも離れている。それ以上の年齢差があるのにと主張したが、ウルハはそれがどうしたと楽しそうに言い放った。
「年齢など関係ありません」
「ウルハ!?」
「楽しみです」
「ウルハ!?」
「準備があるので失礼いたします」
「待てウルハ、話は終わっていない!」
皇帝は慌ててウルハを追いかけたが、目の前でぴしゃりと扉をしめられる。
必死に開けようとしたが外から鍵をかけられてしまい、皇帝は扉を壊して外に出るとウルハを探したが捕まえられない。
「いったい何が――」
ウルハがクユリを妻に!?
混乱した皇帝は橋を渡り、小さな門の前でクユリを待ったが、その夜クユリが姿を見せることはなかった。