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看病されて嬉しい



 化粧をして、女の子の衣に身を包んだリンがクユリの額に触れる。


「熱は下がってきましたね。まる一日眠っていましたが、お腹は空いていませんか?」

「お腹は空いてません」

「そうですか。良くなるまでもう少しかかりそうですね。梨をすりましたのでいかがですか?」

「ありがとうございます。頂戴します」


 リンは濡らした布をクユリの額に乗せると、掛布を肩まで引き上げ、すった梨を匙で口に入れてくれた。

 女の子の姿をしたリンが来てくれたのは今朝らしいが、既に日は傾いている。昨日仕事を終えてからずっと眠り続けていたようで、体はずっしりと重いままだが、確かに熱は下がってきているようで頭は働いた。

 すりおろした梨の水分が口内に浸透して、乾いた口の中が潤いを得る。リンは幾度となく匙で梨をすくい食べさせてくれた。


 甲斐甲斐しくされてクユリは、幼い頃に高熱を出したときに母親が看病してくれたのを思い出す。

 クユリは十人兄弟で、小さな子供の生存率が低いこの時代では珍しく、一人も欠けることなく成長している。母方が多産で病に強い家系らしいのでそのお陰だろう。


 なので滅多に寝込むことはないし、たかが風邪如きでつきっきりで看病してもらったこともない。

 なんだか嬉しいような、こそばゆいような感覚になって、リンが肩まで上げてくれた掛布を口元まで引っ張った。


「リン様って女の子だったんですね」

「違います!」

「とっても可愛いです」

「後宮に入る為の変装です。陛下に頼まれて女の子の姿をしているだけで、私は本物の男ですから」


 女の子ではないのにこんなに可愛らしいなんて。大人になってしまったら可愛らしさも失われてしまうのだろうか。なんだか勿体無い気がする。


「陛下がリン様をよこして下さったんですか?」

「そうです。陛下ご自身が後宮に忍び込む為に女装を検討されましたが、させるわけにはいかないでしょう?」

「陛下に変装なんて必要ないですよね?」


 後宮は皇帝の為にある場所だ、皇帝が後宮を訪れるのに女装なんて必要ない。

 それ以前に、皇帝にお見舞いなどしてもらうわけにはいかないが。


「何年も踏み入れていない後宮に陛下がやって来たら大騒ぎになります。クユリ様を見舞うことなんて不可能ですよ。」


 確かにそうだなと納得する。

 ミレイ妃は陛下の訪れが一度もないのでかなりお怒りだ。皇帝が踏み込んだ途端、他の妃達と取り合いを始めてしまうだろう。妃達にもみくちゃにされる陛下の様子が頭に浮かんだ。


「陛下が色々と心配しておられます。良くなったら元気な姿を見せてあげて下さい」

「陛下が心配……なんだか申し訳ないですね」


 たかか風邪で心配させてしまった。リンまで寄こしてくれて、元気になったら丁寧にお礼を言わなければならない。


「ところでクユリ様。御髪が艷やかでとても綺麗になりましたね」

「気付いてくれました?」

「指通りも大変心地良いです」


 リンがクユリの髪をなでる。


「熱のせいで汗をかいてますからやめたほうがいいですよ」


 臭いかもしれないと案じつつ、先日は気付いてもらえなかったのでなんだか嬉しい。にへらと表情が崩れてしまう。


「割れた卵がかかってしまって。洗い流すのが大変だったんですけど、お陰で髪も眉毛も爪先も艶が出ました」

「卵が髪に……いったい何をしていたのです?」

「色々ありまして」


 質の悪い的遊びなんて子供の耳に入れるのは憚れるので、細かいことは秘密にしておく。


「好きな男性でもできましたか?」

「好きな男性なんていませんよ。ここは後宮ですよ。どこで出会うって言うんですか」


 そもそもクユリは一人で生きていくと決まっているのだ。異性を好きになったとしても、こんな色をしていては受け入れてもらえない。気の合う友人がいればいいと、クユリは笑って否定した。


「出会う異性と言えば、私やウルハ様に……皇帝陛下と出会いましたよ?」


 赤く縁取った目が真剣にクユリを見下ろしている。


「リン様。そんなことを仰るなんてどうかしたんですか?」

「いえ……ちょっと聞いただけです。忘れて下さい」

「リン様」

「何ですか?」

「ありがとうございます」


 皇帝に命令されて来たのだとしても、看病してくれて本当に嬉しい。

 故郷から離れた女ばかりの後宮で、なるべく危害が大きくならないよう注意しながら生活して、嬉しいこともあったけれど、クユリは自分で思う以上に人に飢えていたようだ。


 素直に礼を言って笑って見せると、リンが困ったように顔を背けた。


「別に……仕事ですし、クユリ様のお守りは楽なので」


 気にするなと言うリンの声を耳にしながら、クユリは再び眠りの中に消えて行った。





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