餓舎ヶ原ノ合戦 弐ノ幕
此処より凄惨な戦闘シーンが始まります。
払暁。
乳を流したような濃厚な朝もやが、餓舎ヶ原を覆う。
その己の指先すらも見えぬ様な白い闇の中を、草を踏みしだき、静々と進むのは、槍の穂先を延々と並べた、大僧将臥雲隷下の戦僧隊。その数五万。
鉄板を縫い込んだ黒い頭巾で顔を覆い、黙々と列国同盟陣に向かって突き進む。
幾本もの小川を足を忍ばせ渡渉し、敵陣目前の小高い丘に立つと歩みを止めた。
騎馬の鑓頭が隊の前面に出でて、様子をうかがう。
時来たり、と、確信し、馬手を高々と挙げ、振り下ろした。
その時。
鬨の声、軍馬のいななき、甲冑の擦れ合う音、無数の蹄が大地を踏みしめる地鳴り。
白い闇を食い破り、戦僧の眼前に突如現れたのは、鳶色の馬鎧に覆われた巨大な軍馬。それを駆るのは、同じ色の甲冑に身を包み、薙刀を振りかざす小柄な武者。
背後には、様々な具足の騎馬武者の群れ。列国同盟浪人組一万。
「槍衾!槍衾を成せ!」
鑓頭の怒号が飛び、戦僧達は己の得物の長槍の石突を地面に斜めに突き刺し、穂先を迫りくる敵に向ける。
現れたのは寸分の隙も無い槍の森。まっすぐに突っ込めば串刺しの憂き目に遭う。
それでも、一万の騎馬武者は傲然と突き進む。
先頭を駆ける騎馬武者。冴が吼えた。
「邪宗徒の槍なぞ、何するものぞ!」
穂先が、突っ込んでくる彼女の胸元をとらえる。
が、槍は胴を貫かず、穂先の根本は弾け折れ、槍を構えた戦僧は、凄まじい勢いで真後ろに吹き飛ぶ。
同じことが、最前列の戦僧達を襲う。
「我らが具足、悉くヒヒイロカネの拵えよ。忘れたか戯け坊主共が」
二頭立ての馬車を駆る朗豪が叫んで加々と笑い、槍を失い、茫然とへたり込む戦僧の頭を、得物の戦斧で叩き割る。
ヒヒイロカネ。
この『ホツマノ界』にて産する金属。
鎧として拵えれば、あらゆる矢を刃を槍を跳ね返し、剣として鍛えれば、およそ世に切れぬものが無いと思えるほどの業物となる。
しかし、産する量が非常に少なく、拵え鍛えるのも難渋を極める故に、ヒヒイロカネの武器や武具を持てる武者は、当代一流の武芸者か、国主の地位を持つ者に限られる。
まさに、誉れ高き武人の証。
それでも戦僧達は、参を乱すことも無く、槍を振るい、槍を失った者は腰の刀を抜きはらい、怨敵を呪詛する経を唱えつつ、浪人組に挑みかかる。
それに立ち向かうは冴。
愛用の薙刀、名工、崎前 宗実の作、号『鋼融』を振りかざし、愛馬、雷電の脇腹を蹴り襲歩を命じる。
目指すは敵の鑓頭、頭さえもぎ取れば、鉄の結束を誇る戦僧どもも統制を失う。
阻止せんと達はだがる戦僧達に、冴は馬上から、右に左にとまるで暴風雨の様に、刃を繰り出し、次々と躯に変えてゆく。
返り血が深紅の花となり咲き乱れ、魂消る悲鳴が耳朶を打ち、切り飛ばされた四肢が宙を舞い、躯が地面を覆ってゆく。
「流石姫武者!まるで水車で動く碾臼の様に、敵をひきつぶして行きよるぞ!」
朗豪は両の手の戦斧で、右から迫る戦僧の胴を、左から迫る戦僧の首を、断ち切り吹き飛ばしつつ、可々と大笑する。
その右の頬を、一本の矢が掠める。
的は朗豪の二頭立て馬車に攀じ登らんとする戦僧。眉間に深々と矢を喰らい、そのまま転げ落ちる。
射手は智導。その後も群がる戦僧たちに、凄まじい速さで矢を撃ち込み、辺りに体に矢を生やした躯を並べてゆく。
「冴殿に見とれておる暇は無いぞ!己が役目を果たされよ、朗豪殿!」
と、また戦僧の顔面に矢を叩き込みつつ智導。
「そうじゃったわい!わしらの役目は敵の先鋒を打ち砕き、次の動きを誘う事!精々暴れようぞ!」
槍を突き立て迫る戦僧の、槍を叩き折り、頭を切り落とした後、朗豪はそう智導に応じ、手綱を振るい他の敵の群れめがけ、馬車を突進させる。
幾十人かの戦僧の返り血を浴びた後、冴はついに鑓頭の姿を認めた。
馬鎧をまとわせた、巨大な軍馬に騎乗し、黒頭巾に守られたそれは、見事なヒヒイロカネの甲冑に身を固めた武者。戦僧どもを束ねる将僧ではない。
ついに勧請宗も、浪人を抱えるようになったのか。延々と続いた戦は、敵も疲弊させている。
冴は雷電に脚を停めさせ、その武者に向かって名乗りを上げた。
「我!由江ノ国の国主、早馬定蒙が娘、冴!そなたを一廉の武人とお見受けした故!一騎打ちを所望する!イザ!尋常に勝負ぅ!勝負!」
次もかなりグロイです。