姫武者夜半ノ討入 終幕
帰還後。
他の者はフォート・マンバのカフェテリアで食事を取ると、武器の手入れを済ませ、昨晩の疲れに任せ各々の寝床に潜り込んでいった。
ただ、冴だけは、気が旗ぶり、結局深夜に成っても床に就けず、得物や具足の手入れで時間を潰し、それも終わると仕方なく、夜の基地内を歩き回り、区画の仕切りとなっているヘスコ防壁に登り、懐から母の形見、風吟と呼ばれる横笛を取り出すと、思いに任せ吹き始める。
清水の様に澄み切った、高い音色は、昼間の熱気からは想像もつかない肌寒い夜風に乗って、サバンナを渡る。
ふと、人の気配に気づいて演奏を止めると。木場が彼女を見上げていた。
「申し訳ございませぬ。迷惑でありましたでしょうか?」
懐に風吟をしまおうとするサエに頭を振って木場は。
「大丈夫ですよ、冴さん。実を言うとあなたの演奏を、皆が楽しみにしている。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「今日の曲は、少し寂しい旋律ですね」
そう言われ、手の中の風吟を見つめつつ。
「子守歌でございます。母が私に歌ってくれた子守歌」
いつの間にか冴の横に座った木場は、今にも落ちて着そうな満天の星空を眺めつつ。
「お母さまが、ですか。お侍の家って、てっきり乳母が子供の面倒を見る物と思って居ました」
「木場殿のおっしゃる通り、他の武家では、子の面倒は乳母が見ます。されど、我が早馬家では母上が、乳母に任せず、殆どご自身で私を育ててくれました。父上も、よく私と遊んでいただいたり、武術や馬術の稽古も付けて頂いておりました」
「へぇ、家庭的だなぁ、お父上は、イクメンだったんですね」
「父上も、母上も、優しい方でした・・・・・・」
そこまで言って、何処ともなく闇の向こうに視線をやり、黙り込む冴。
風吟の音の代わりに、ブチハイエナが、縄張りを主張する遠吠えが風に乗って来る。
しばらくして、冴が唇を開いた。
「敵の首魁が、私を殺さず、生け捕りにせよと命じたそうにございます」
木場は、相変わらず星を見ながら。
「冴さんは有名人ですからね」
「虎の子の間者を使い潰してまで、私を罠に嵌めたのはなぜでございましょう?ラ・ソヴァールは、やはり我が怨敵『慧厳』なのでは?」
「奴が登場したのは今から十年以上も前、貴女が半年ほど前に消えた慧厳を追って、この世界に来て一年ほどだから、八年半のタイムラグがあります」
「REIMEIの物理学者とやらが、私のいた世と、この世とは、違う時の流れ方をしている可能性があると申しておりましたぞ?それに、ラ・ソヴァールも慧厳も邪宗の首魁。残忍で卑劣な戦い方もよう似ております」
「時間の流れについてはあくまでも『理論的』にその『可能性』がある。と言う話ですからね。あと、この世界では、宗教カルトとテロリズムは切っても切れない間柄です。ウガンダの神の抵抗軍しかり、アルカイーダやISしかり、私の国にもオウム真理教という奴等が居て、大勢の人の命を奪った。そして、そんな奴らのやり口は総じて残忍で卑劣です」
木場はそこまで言うと、冴に向き直り、その瞳を見つめつつ。
「万が一、ラ・ソヴァールがエゴンで有ったとしても、冴さん、決して、独りで戦おうとはしないでください」
「あい解り申した。ただ」
冴も木場を見つめ返す。
「そうであったならば、彼奴の首級は、私の物にございます。誰にも渡しませぬ」
瞳から伺える、覚悟の強さに、木場は息を飲む。
しばしの沈黙の後、冴は風吟の歌口に唇を付け、演奏を始める。
見知らぬ世界の子守歌が、また風に乗った。