姫武者夜半ノ討入 弐ノ幕
東南アフリカ、ムチンガ共和国、ルアプラ州、チピリ。
その街を、北から迫る脅威から守る様に設けられたFOB(前方作戦基地)『フォート・マンバ』
ここの主である民間軍事会社『サジタリウス・セキュリティー・カンパニー(SSC)』のオペレーションルームでは、かつて米軍が採用していた森林用迷彩服に身を包んだ、禿頭隻眼の大柄な壮年のラテン系男性、SSCムチンガ支社長、サルバトーレ・セッラが、額に球の汗を掻き、無線のマイクを取っている。
「で、連絡が取れないのは、品質管理部課長補佐のジミー・チュンバと、同部係長のドナルド・オボ、同じく主任のアーノルド・バナイ、この3人で間違いないんだな?」
『はい、その3人です。休暇の外出中に、警護の者を巻いて歓楽街にしけこんだものかと。翌日、寮にも帰らず、実家に連絡しても帰宅していないとの事で、首都圏警察局に届け出を出しつつ、ウチでも捜索を開始したんですが、今朝、『聖霊軍団』の犯行声明が出たんで、おそらく彼らでは無いかと』
250キロ西の、首都カサマで冷や汗を流しつつ無線に応じる、SSCムチンガ支社警護警備部長の苦悩する姿が皆の脳裏に浮かぶ。
「それで、昨日のこの映像と言う訳か」
この部屋で一番のサイズを持つ、液晶モニターを睨み呟いたのは、彼らユニフォーム、鱗模様の迷彩服を身に着けた、面長で、柔和そうな顔立ちの日本人.木場 照朝。
「ポンバシ、もう一度この画像の説明を頼む」
「OK、ファング」
西日本最大のサブカルチャー街の略称をあだ名にされたインドネシア人、スシロ・サリムは、自分の手の中のタブレットに目をやりつつ。
「場所は、聖霊軍団のシュヴァレ・ルージュ部隊が拠点にしている未登録の難民キャンプで、距離はここから北西へ50キロ。駐留している兵力はおよそ100から150名。事件が有った翌日の早朝0100頃に、3台のテクニカルが敵拠点に入ってゆくのを、ここを監視させていたボクのドローンが捉えてます。真ん中の奴の荷台を見てください」
サリムの指がタブレットの画像をタップすると、液晶モニターにも同じ、無反動砲を積んだピックアップトラックの俯瞰画像が現れ、ズームされてゆく。
最大限まで拡大された其処には、武装した男2人に挟まれ、頭から布袋を被せられ、手足を縛られた3人分の人影。
「ね?しっかり写ってるでしょ。服装や体格が、行方不明の3人その物です。因みに今回働いてくれた子は固定翼型で、名前はKYOUKO、滑空飛行できるので静粛性が特徴で・・・・・・」
彼の話を途中で遮ったのは、大佐の肩章を付けた、横縞の砂漠色迷彩服をスマートに着こなす黒人男性。この基地のもう一つの主、ムチンガ共和国親衛隊第四親衛隊隊長、トミー・マナナイ。
「君の可愛いドローンが高性能なのと、行方不明の3人が敵に拉致されたのは解った。問題は誰が救出するか、だ」
そこで室内の全員を見渡し、眉を潜ませ。
「先ほど、共和国親衛隊総司令官ブンゴロ中将を通じて、大統領閣下からのの命令が下った。共和国親衛隊は、本事件解決の為に、サジタリウス社に対し、可能な限りの支援を行うように、つまり・・・・・・」
「テメェのケツはテメェで拭け、っていう訳すか?」
と、長髪を描き上げつつ、文字通り吐き捨てるように呟いたのは、ガルバリウム鋼板の壁に背を預けて立つ、小柄なラテン系の男性。グワテマラ人、リカルド・マリゲーラ。
「有り体に言えば、そうなる。実に兄らしい、尻の引けた決断だ」
「今動けるのは我々『スクォード・サーバル』の12人。監禁場所と思しき場所に居る敵は10倍以上、実質、救出は諦めろ。と言わんばかりですな」
長身の黒人男性がそうトミーの言葉に被せる。木場の副官、南アフリカ、ズール族出身のパッド・ヌゴーベだ。
「兄、イヤ、大統領は、何もするなとは言って居ない。いやしくも民主主義の守り手である我が共和国親衛隊が、自国民の救出を外国人に丸投げするなんて、恥でしかない」
と、威勢のいいことを言って見せたものの、二の句が口から出ず黙りこくる大佐。
今まで、他の八人と同様に沈黙していた一人が不意に言葉を発した。
「マナナイ殿の兵が動けぬと申されるなら、畢竟、我らが行かねばならぬ。そう言う事でございましょう。セッラ殿。出撃の命を」
そして、セッラに向き直り、結い上げた烏の濡れ羽色の髪を揺らし、深々と頭を垂れる。
容姿は完全に日本人女性のそれなのだが、その薄く紅が差された形の良い唇に登ったのは、流暢な英語だった。
室内では2人いる女性のうちの1人。ただし、全員が迷彩か鱗模様の迷彩服なのに対し、彼女の装いは明らかに異質。
萌黄色の小袖に、鶯色の割袴、腰には朱黒漆塗りの鞘に収めた打刀を差し、足元は草履。
「だがなぁ、プリンセス・サムライ。10対1の戦力差、いくらお前さんが無双でも、コイツばかりは如何ともしがたいぞ」
と、セッラは、禿頭を撫でながら、苦し気に言う。
「しかしながら、見殺しと言うのはあまりにも惨い。それに、ここで汚名を雪がねば、何時雪ぐと言うのです?」
そう返し、彼女は美しい射干玉の双眸でセッラを見つめる。一瞬、彼は息を飲んだ。
「セッラ。俺に考えがある」
そう切り出した木場に、一同の視線が集まった。
「敵には、なにか別の意図があるように思えてならない。その意図が、俺が頭の中にある通りなら、手はある」
その後、語られた木場の作戦に大佐は。
「その状況下なら我が隊も出動できる」
セッラは、残りの目で天井を睨み。
「可能性は高いが、投機的作戦と言わざる負えんな」
と、つぶやきながらも。全員を見渡し。
「と、言ってもだ。時間も無いし状況が状況だし。お前のカンと作戦にレイズするしか無い様だな。ファング。準備しろ」
「さて、諸君、別チームの尻拭いをしに行くか」
これが出撃の号令代わりとなり、退出してゆく。
真っ先に部屋を出たのは、このチームの最若年の黒人少女、アップル。お団子に結った縮れ毛を揺らしながら、背後を行くサエを、その濁りの無い翡翠のような目で自分の肩越しに見上げ、悪戯っぽく笑いつつ。
「今回は冴姉が主役だよ。緊張してドジんないでね」
対して冴は。
「心得た相棒。よろしく頼む」
と、その肩に優しく手を置いた。