姫武者夜半ノ討入 壱ノ幕
先行して駆けているのは、ほぼ全身を鳶色の鎧で覆われた巨大な体躯の馬だ。
アフリカ特有の赤茶けた大地に蹄を突き立て、艶やかな黒鹿毛に覆われた逞しい四肢を躍動させ、猛然と突き進む。
それを駆る同じく鳶色の具足に身を包んだ小柄な武者。
熱風にはためく浅黄色の陣羽織の背には、親を見上げる雛とそれ見守る番いの鵠。
大地を焼く陽光に輝くは、雛を抱えるように翼を広げ丸く向かい合う番の鵠を浮き彫りにした円形の前立。
馬手には黒漆塗りの柄に鈍く輝く刀身を載せた薙刀を握り、弓手はリズミカルに手綱を操る。
背後から追い上げるSOV(特殊作戦用車両)はトヨタ・タンドラをベースとしたもので、不整地でも軽く時速90キロは出せる。
それに対し、悠然と先行できる馬の存在は騎手である鎧武者同様に異様であり得ない存在なのだが、追随する二台のSOVに分乗する11人のコントラクター達にとっては、見慣れた存在になって久しかった。
ナビゲーションシートに座る男はガーミン社製のGPSを一瞥したあと、ヘッドセットマイクに語りかける。
「サーバル・ツー、こちらサーバル・ワン。ポイント・アルファを通過した。ポイント・デルタへ向かえ」
「了解」
ヘッドホンから聞きなれたテノールボイスが聞こえると、並走していたSOVが離れてゆく。
鎧武者のその小さな背中を仕事柄には合わない柔和な双眸で眺め。
「冴さん、よろしくお願いします」
鎧武者は弓手の手甲の上からはめたリストバンド型GPSに目をやって。
「相分かった。では木場殿、戦場で」
そう凛とした澄んだ声で面頬の中に仕込んだマイクに向かって応じるなり「ハッ!」との掛け声も勇ましく、速力を上げ先行したSOVを追い右に逸れてゆく。
その勢いに押され悠然と草を食んでいたオグロヌーの群れはあたふたと道を開け、アカシアの樹の上で辺りを見張っていたバブーン(ヒヒ)達は警戒の鳴き声もけたたましくさらに樹冠を目指し駆け上がって行った。