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修羅場之姫武者  作者: 山極由磨
壱ノ段 餓舎ヶ原ノ合戦
10/11

餓舎ヶ原ノ合戦 参ノ幕

 相手の武者は、その一際よく通る澄み切った声に、即座に応じ、冴に向き合う。

 青糸威の甲冑に、立ち上る龍をあしらった前立てを頂く兜。真っ青な陣羽織の胸には、四つの菱が重なる家紋。

 思った通り、さぞかし名の有る武人と見受けられる。


「おおぅ!そなたがあの音に聞こえし姫武者殿か!これは重畳!そのお申し出、謹んでお受けいたそう!我は臥座ノ国の浪人、緒房呉暫!」

「そなたが『槍の呉暫』殿であられるか!これは良き敵と出会った!では、参る!」


 雷電に襲歩を命じ、薙刀をかざし、呉暫めがけ突進する。

 呉暫も槍を構え、突っ込んでくる。

 名物『霞切』。黒漆の柄に乗ったヒヒイロカネの穂先は、その根元に鎌のような幅広の刃を持ち、突きだけでなく斬撃や相手をひっかける事も出来る。

 すれ違いざまに相手の甲冑に穂先を絡め、馬上から引きずり落とし、とどめを刺す。

 この戦法で、幾人もの武人を葬って来た。と、呉暫の評判を聞いている。

 耳元で、しころが風を切る音を聞きつつ、冴は一計を案じる。

 ともかく、一度目の手合わせは、間合いを見る事に費やそう。

 その間も、呉暫の姿は大きくなっゆく。

 『霞切』の穂先を、地面に対し水平に構えた。

 やはり冴を引っ掛け、地面に叩き落とす算段だ。

 呉暫は怒声と共に『霞切』を突き出す。

 冴も抉る様に『鋼融』を繰り出した。


 槍は冴の胴わき腹を掠め、薙刀は呉暫の袖の上を滑る。

 辛くも、共にヒヒイロカネの鎧に守られた。

 本来なら必殺の一撃に成るはずが、鎧に弾かれ滑らされたのだ。

 

 疾風の様に互いにすれ違い、手綱を引いて向かい合う。


「流石!『風の定蒙』の名を轟かしめた早馬殿の姫君じゃ!目にもとまらぬ素早さ!拙者の『霞切』を受け流したのはそなただけじゃ!これは愉快!」

「其処許こそ、亡き父上より賜ったたこの『鋼融』が捕らえきれなんだのは、此度が初めて!しかし、次はそうは参りませぬぞ!お覚悟召されい!」

「よくぞ申された!では、押して参る!」


 再び駆け出す二人。

 見る見る間が狭まる中、冴は見切った間合いを思い出し、策を講ずる機会をうかがう。

 再び、穂先を水平に構え呉暫。

 向うもあの一度の手合わせで、此方の間合いを見切ったのだ。

 機会は、この一度しかないと腹を括る。

 

 『霞切』が冴をとらえるその刹那。

 的であるはずの冴が馬上から消えた。

 鞍からずり降り、雷電の横腹にしがみついていたのだ。

 そして、下から突き上がる『鋼融』の切っ先。

 身をひるがえし、その刃を避けようとする呉暫。

 しかして、時すでに遅く必殺の一撃は胴を掠め、鎧われていない脇の下より、肉を裂き骨を砕き腕を『霞切』ごと切り飛ばす。

 血を浴びてすれ違う冴。

 振り向けば、腕を失った袖から滝の様に血を流し、それでも呉暫はまだ馬上に居り、残った左腕で打ち刀を抜きはらっていた。


「見事な機転!さすが姫武者殿じゃ、この勝負、腕一本差し出す値打ちがあるという物ぞ、さて、もう一本、腕は残っておる。今一度、勝負を所望するが?如何!」


 常人なら、気を失いそのまま事切れるほどの大出血。

 しかし、呉暫は毅然と騎乗を続け、打ち刀の切っ先を冴に向ける。

 これほどの豪傑がなぜ邪宗に与するのか?

 訝しく思い、かつ、悔しくも思いつつ、冴は答える。


「呉暫殿の気概に、この冴、ほとほと感服いたし申した。では、今一度、参る!」


 『鋼融』をかざし、突進する。

 呉暫も打ち刀で冴を差しつつ向かってくる。

 すれ違う前に『鋼融』の刃は呉暫の喉元をとらえていた。

 宙を舞う呉暫の首級。だが、彼の刃も冴の頬の肉を切り裂いていた。あと数寸、内側なら、彼女の右目は無い。

 主を失った軍馬は、そのまま走り去る。おそらくその足で自陣に戻るのであろう。貴重な軍馬は、おおむねすべて、その様にならされている。

 その姿を認めたあと、冴は『鋼融』を振りかざして勝鬨を上げた。


「邪宗徒どもよ!聞くが良い!緒房呉暫殿は、この冴が打ち取った!」


 列国同盟浪人組より上がる勝鬨。

 だが、勧請宗側から、突如として太鼓が打ち鳴らされた。

 

「呶恕が、ついに動くか」


 箙から、五本の矢を纏めて引き出しつつ、智導がつぶやく。

 三割形まで減じた戦僧隊のその向こう。丘の上から三ツ和の家紋を染め抜いた、のぼりが幾千本も居りてくる。

 六万もの兵が地面を踏みしめる音は、さながら大地震の前触れの地鳴りの様。


 呶恕沙吠の軍が、進軍を開始したのだ。

次は胸糞な展開の予定です。

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