召喚
<レオナ>
アレクに私の見せ場を奪われたのは悔しい。でも仕事に私情は挟まない。アカネさんの期待通りに達成し、後でめいいっぱい褒めてもらうのだ。
私はメイドさんに念話で第一段階達成と連絡を取り、村に呼ぶことにする。しばらく待つと、一分もかからないうちに、森に逃げた亜人を連れたメイドさんたちが現われて、私たちのいる場所に続々と集まってきた。
「おっお前たち、よかった! 無事だったのか!」
この村の長であろうエルフが、小屋から外に出て、家族らしい男の子のエルフと熱い抱擁を交わす。羨ましい。私もアカネさんにギュってしてもらいたい。今度頼んでみようかな。
戦いでは見せ場はなかったものの、ここからは私の出番なのだ。まだまだ活躍の場はある。
「再会を喜ぶのはそこまで。私たちの説明は後回しでそろそろ移動する。聖王国に所在がバレた以上、村を捨てるしかない。もう戻ってこないつもりで、貴重品や村の皆を全て広場に集めて」
村人全員から、何やら悲壮な決意を感じる。自分の住んでいた場所を追われるのは、私も経験があるので気持ちはわかるつもりだ。やがてそれぞれが荷物を持ち寄り、私が言った広場の前に集まる。
「これで全員? 間違いない? そう、なら転移する。ん…到着」
村長さんだけなく、メイドさんにも確認を取り、村人全員揃ったことを確認して、私は虹色に輝くロッドを握り、転移魔法を発動する。やがて広場の周囲が白い光に包まれて、その光が晴れた次の瞬間には、全く別の場所に移動していた。
「こっ…ここは?」
周囲にはアカネさんの家よりもランクは落ちるものの、木造ではなく石造りの倉庫と集会所、石を敷き詰めて舗装された道が規則正しく広がっており、ちょうど区画整備されたように、森を真四角に切り拓いた、人の住んでいない作られたばかりの広々とした空間が広がっていた。
私は村長の疑問に答えるべく、口を開く。
「さっきの村が森の入口なら、こっちは森の中間にあたる場所。結界も私が張ったから、魔物も人間も害を成す存在は入ってこれないし、村の中もただの森のようにしか見えないから、外に出ない限り誰かに見つかる心配はない。最低限の食料と素材は村の倉庫に入ってるから自由に使っていい。他に何かあったら担当のメイドさんか、集会所の黒電話で連絡して」
これで私のやることは全て終わった。あとはアカネさんに思う存分褒めてもらうだけである。村人の皆にも笑顔が戻るはずである。しかし、村に到着してから喜んではいたものの、今は皆の表情が暗い気がする。このままでは私の任務達成の経歴に傷がついてしまう。アカネさんを安心させるためにも、急いで解決しなくてはと、村長に原因を聞いてみることにする。
「何かあった?」
「ええ、実は私たちにはこのようなことを言う権利はないでしょうが、この村に来る前に捕らえられた他の仲間たちのことが心配でして。いえ、皆さんには感謝しています。ですが…その」
自分が落ち着くと、急に周りのことが気になりだすということだろうか。しかし、不満を抱えたまま放り出すことは出来ない。私は村民の希望を叶えることにする。
隣で手持ち無沙汰にしている、フィーとロレッタの首根っこを押さえて、協力を頼む。
「これから召喚魔法を使うから、村人に捕まった仲間たちの特徴を聞いて欲しい」
「僕が? 別にいいけど」
「わたくしも構いませんわ。でも、他の二人には頼みませんの?」
アレクは力技で解決しようとするので、細かい作業は苦手だし、サンドラはたまにうっかりが発動するので、目標以外の変なものを呼び出してしまっては堪らない。
「なるほど、わかったよ。それじゃ僕はあっちから聞いてくるからね」
「では、わたくしは逆から特徴を調べますわね」
「二人共頼んだ。私は召喚魔法の準備を整えておく」
地面にいくつかの魔石を設置し、虹色のロッドに魔力を込めながら広場いっぱいに巨大な魔法陣を描いていく。
かなり時間はかかったけど、あとは細かな調整を行うだけだ。やがて、失せ人の特徴を聞きに行っていた二人が戻ってきたので、私は村の皆に説明を行い、アレクとサンドラにも仕事を割り振ることにする。
「これから召喚魔法で奴隷狩りに捕まった人たちを呼び出す。アレクとサンドラは、いくら承諾を得て転移するからと、突然この場所にやって来たら、混乱して取り乱すもしれないから、その時は頼む。ではフィーとロレッタ、それぞれの特徴を教えて」
私は意識を集中して、条件の絞り込みを開始する。まず第一は奴隷狩りに捕まった人、第二に人間以外の種族、第三はと…次々に条件を定めていく。アカネさんが言うには、魔法の効果を限定的にするには、グーグル検索が便利だよという話だ。私にはグーグル検索がどういう元の言葉から来ているのかはわからないけど、大まかな理論は読み取れたので問題はない。
「んっ…召喚開始!」
一人ずつ召喚するのでは埒が明かないので、条件にヒットするかそれに近い亜人を一気に呼び出すことにする。これなら魔力の節約にもなるし、検索にも時間もかからない。何より私が楽である。やがて魔法陣から光が溢れ、次の瞬間には大勢の人間以外の多種多様な種族が広場に現れる。
「なっ…なんと! こんな召喚魔法は見たことも聞いたこともない!」
エルフの村長が驚いたように声を漏らす。褒められるのは気分がいいので、私も思わずムフーっと鼻を鳴らしてしまう。本当はアカネさんに褒めてもらいたいけど、今はこれで満足しておく。
そうこうしているうちに、魔法陣が次々と光っては消え、光っては消えを繰り返し、そのたびに大勢の人たちが広場に呼び出される。はじめは突然の召喚で混乱していた人たちも、それが三十分程続くと段々と慣れてきたようで、今では新たに呼び出されるたびに、次に来る人たちの邪魔になるので、広場の外へどうぞと、外で見守っていた村人と一緒になって、交通整理を手伝ってくれる有様である。
しかし一向に終わらない召喚魔法に疑問を抱いたのか、フィーが私に声をかける。
「あのさレオナ。この召喚魔法、いつ終わるの?」
「わからない。大気中の魔力を魔石に取り込んで魔法陣の動力に変える、半永久自動召喚魔法。検索対象にある程度該当する限り召喚は続く」
「これ絶対、彼らの仲間以外も呼ばれてるよね」
「かもしれない。でも、私は楽をしたかった。手動の承諾式召喚魔法を何十回、何百回も繰り返すのは非効率的で面倒だった。承諾及び検索を全自動化に頼るのも仕方なかった」
確かに気持ちは痛いほどわかるけどね…と、フィーもため息を吐いて同意してくれた。いいか。私は非効率と面倒が嫌いなんだ。
そのままさらに一時間程経過し、やがて魔法陣の光が完全に消えたのを確認したので、私は配置した魔石を取り出して、虹色のロッドで広場をコンと一突きして、自分の描いた召喚の魔法陣を一瞬のうちにかき消した。
「これで全員呼び出せた?」
「はっ…はい、全員揃ってはいるのですが…その」
その先は言わなくても察することが出来る。明らかに元の村人の人数よりも多いのだ。それも圧倒的に。聖王国の一部地域だけでなく国中から、さらには連合都市や帝国からも召喚していることは、もはや想像に難しくない。
「素材と食料を急いで補充する。それと広範囲に結界を張り直すから、それまで動かないで待ってて」
「あっ…ありがとうございます」
エルフの村長が嬉しくも戸惑うような複雑な表情を浮かべる。実際に今は村中が呼び出された亜人で溢れており、足の踏み場もない状態である。
しかも皆、相当疲労している様子なので、取りあえず私は急きょ結界を拡張して、その間に担当のメイドさんに炊き出しを頼む。一緒に村の倉庫に向かう残りの四人を見送り、私は結界の構築を行う。
「それじゃ、結界を広げる。…終わった」
「え? もうですか?」
結界を張るための魔力を練り上げて、虹色のロッドを地面にコンと一突きして終了なので、横で見ている村長には、何が行われているのか、全くわからないだろう。
アカネさんの家では口に出しての詠唱ではなく、無詠唱で魔法を使えて当たり前なのである。この状況に早く慣れれば慣れるほど、村長も楽になれるのだ。いちいち驚かれるのも面倒だし何より日常生活が不便で仕方がないので、あとでメイドさんに無詠唱の使い方を村人全員に教えるように、頼もうと思った。
やがて何人かのメイドさんと私以外の子供の四人が、山ほどの食材と大鍋を抱えて、広場に戻って来る。
「サンドラ、お願い」
「ええと、作るのはいいですけど、窯はいくつ必要ですか?」
「んっ…十。足りなければ後で追加で」
「わかりました」
そう受け答えを行い、サンドラが片手を地面に触れると、広場に十つの窯が一定の間隔を開けてニョキニョキとキノコが生えるように突然現われる。
当然のことながら周りでこちらの様子を伺っている人たちから、驚きの声が漏れる。
「しばらくはここをメインで使いそうなので、窯の強度は高めてありますから、そう簡単には壊れません。ハンマーで何度か叩けば壊れますけど」
サンドラが説明している間に、メイドさんが十つの窯に大鍋を乗せ、手の先から魔法で水を流し込む。そしてお米も水魔法で簡単にとぎ洗いをして、野菜と肉を洗い終わったら、風魔法で細かく切り刻んで皮ごと鍋の中に投入する。今は時間がないので包丁は使わないのだ。美味しさより速さ重視。
隣で手伝っているロレッタも魔法調理を行うけど、本人はこんな状況でも包丁を使い少しでも味を整えたいのか、少しだけ不満そうである。確かに彼女が本気で作る料理は美味しいが、多少非効率的になってしまうのが悩みどころである。
そのまま塩と味噌を入れて蓋をして一定時間煮込む。当然薪は使わないというよりも、火魔法が使えるなら、薪は効率が悪いので使う必要はない。
やがて大鍋の隙間から湯気が立ちのぼり、美味しそうな匂いが村中に広がる。そのまま何度か蓋を開けて、ロレッタとメイドさんが水を足したり味の確認を行う。
「まあ、こんなところですわね」
味に少し不満があるようだが、取りあえずはロレッタからOKがでたので、木のオタマと木のお椀を用意して、村の皆には順番に並んでもらい、炊き出しをはじめる。
「真っ直ぐに並んで、横入りは駄目。ちゃんと皆の分はあるし、なくなったら追加で作るから大丈夫。おかわりも自由」
メイドさんだけでなく私たちもオタマを持って、村人に味噌味のお粥を振る舞う。鍋の周りにいないメイドさんは紙のコップに水を入れて、飲水として渡している。
ちなみに、大鍋のお粥は味が違い、合わせ味噌、赤味噌、白味噌、米味噌、塩と全五種類となっている。
「こんな美味い飯、はじめて食べたぞ!」
「こっちもだ! 奴隷生活の前でも、こんなの食べたことないぞ!」
「おいっ! お前の飯、俺のと色も香りも違うのか? ちょっと食わせてくれよ!」
「おかわりは自由なのよ? 別の大鍋に並び直しなさいよ。それとも、たった一杯でお腹いっぱいなのかしら?」
「そんなわけあるかよ! こうなったら全種類食べ比べてやるぜ!」
そのような感じで、結局大鍋のお粥を何度となく作り直し、皆が食べ終わる頃には、最初は疲れきっていた表情だったのが、今は一人の例外もなく皆、満足そうな笑顔に変わっていた。
メイドさんたちが大鍋や調理器具の後片付けを行っている間に、私たち五人はこの先は誰が説明するかで相談を行う。アカネさんから任されたお仕事の陣頭指揮だ。私以外の四人も、当然自分が中心になって指揮を取りたいと考えているはずである。彼女の好感度を稼ぐ絶好のチャンスなのだから。
そして五人で迷った時の解決法も、アカネさん方式と決まっている。ジャンケンである。前回のダーツは私が勝利したので、今回も勝って連勝したい。そう思って油断ならない勝負に挑んだ。
<亜人の村長のエルフ>
私の名前はグリント、獣人たちの村の村長をやっている。いや、やっていたと言うほうがいいだろう。
先程のレオナと呼ばれる子供の召喚魔法により、もはや百名前後だった村ではなく、町、もしくは都市というべき人数まで増えてしまったのだ。最初はこの人数では明らかに広すぎると感じた村の敷地内には、ギュウギュウ詰めのように、人混みで溢れている。
しかし、そのうちの誰もが皆悲観したような表情ではなく、笑顔で溢れていた。先程の今まで食べたことのないような料理、お粥を振る舞ってもらったおかげだのは明らかだ。
これから彼らが何を話したとしても、黙って従うだろう。もし強大な敵や魔物と戦えと言うなら、私たち全員は喜んで捨て駒になろう。命を、人生を救われたのだから、これぐらいで恩を返せるのならば、安いものだ。
やがて五人の子供のうちの一人、あれはサンドラという名前だったはず。その女の子が広場の皆の前に進み出る。さて、何を要求されることか。
「皆さん、お腹がいっぱいになったばかりだと思います。今から話すことは緊張する必要はありません。その場に座ったまま気楽に聞いてください」
これからの我々の人生を決定づける発言を、気楽に聞いて欲しいとは、この子は大物なのだろうか。確かにあれだけの大きな窯を一瞬で十つも生み出していた。そういう意味では大物かもしれないな。
私は隣でもう何年ぶりにお腹いっぱい食事を取れたことで、満足そうな表情を浮かべる息子の頭を撫でながら、彼女の話に耳を傾ける。
「魔物避けの結界は既に拡張してありますので、あとは皆さんの力で自由に開拓してください。その際に必要な道具や知識や技術、あと他に足りない物がありましたら、随時提供いたします」
うん、…うん? 彼女たちから要求することは何もないのか? それではまるで、私たちに無償の施しを行うだけの気がするのだが、どういうことだ? 労働力等を期待しているのではないのか?
「それだけですと、何を言っているのか、何か裏があるんじゃないか、頭おかしいじゃないかコイツと疑問に思う方が、大勢いると思いますので、アカネさんからの条件を付けさせてもらいます」
どうやらサンドラという女の子は、思ったことを遠慮なしにズケズケと口に出すタイプのようだ。それに、この五人以外にもアカネと呼ばれる何者かがいるようだ。
そしてその者が五人や、メイドの管理者であり、まさに絶対の神のような存在だということは、今までのデタラメな魔法や技術を散々見せられた以上、想像に難しくない。一体どのような人物なのか、疑問は尽きない。名前からして少なくとも女性だとは思うのだが。
「アカネさんが言うには、結界の中で自由に暮らしていいよ。困ったことがあったらメイドさんでもいいけど、なるべくその子たちに言ってあげてね。奥にはアタシの家があるけど、魔の森は危ないからこっちに来たら駄目だよ。ついでに家の古い食料や素材の在庫処分してくれると助かるから、バンバン消費してね…以上です」
何が何だかわからない。一つだけわかることは、アカネという人物は我々の存在には、殆ど興味がないということだろう。
きっと今回は家の庭に紛れ込んだ野良猫が怪我をしそうなので、少しだけ手を貸してあげようということで、この五人が派遣されたのかもしれない。
「アカネさんからは以上ですが、基本的には貴方たちが生きるも死ぬも、私たちの舌先三寸だと思ってください。全ての権限を預かっていますので」
彼女の言葉にどっと冷や汗が流れる。サンドラだけでなく、他の四人も、亜人である私たちのことだけでなく、同じ人間である奴隷狩りのことすら、命を奪うことに躊躇いがないことを、瞬間的で感じ取ってしまった。そして、今この場にいる全員を無傷で消せるぐらいの力を持っていることは、既に証明済みである。
「いやいや、別に好き好んで命を奪おうとは思いませんよ。アカネさんはそういうのは嫌がりますしね。とても優しい人なんですよ。なので、基本的には貴方たちの自由で放置です。不満があれば言ってください。対応しますよ。でも、隠れてコソコソしてるようなら、勢い余ってプチッと潰してしまうかもしれません」
サンドラはやると言ったら躊躇なくやる顔をしている。ある意味思ったことを隠さずに言ってくれる彼女に説明してもらって、助かったかもしれない。
少なくとも言われたことを守っている限り、五人の子供たちは私たちの味方なのだから。
「それで取りあえず今後の方針ですけど、しばらくは住居が整うまでは仮設住宅暮らしですね」
「あの、すみません。仮設住宅とは何でしょう?」
「アカネさん的にはプレハブとか豆腐ハウスとか言ってましたが、説明するよりも見せたほうが早いですね。はい、少しそこのスペースを空けてくださいね」
サンドラはそう言い、自分の目の前の村人を何人か退かすと、そっと片手を地面につける。
すると音もなく地面が四角く盛り上がり、人の身長を越えるとやがて透明な窓と扉が現われて、全体に白い色が付いて変化が止まった。
「家具は必要最低限しかついてませんし、中は地面がむき出しですが、雨風をしのいで休むには、今はこれで十分です。あとで木の床と人数分の布団を用意します」
サンドラが扉を開けて中を確認するのに続いて私もそっと覗き込むと、地面と窓と扉と窯や棚以外は、四角い壁で区切られている。しかし、隙間風が入って来ないし窓も透明感のあるガラス張りである。土を木の床にして家具を揃えれば、今までの住処よりよっぽど立派に思える。
見ると仮設住宅に興味があるのか、他の村人もいつの間にか周りに集まり、窓や扉の隙間から内部の様子を覗き見ていた。
「ここはあくまでも仮の住まいですから、ずっと住むわけではありませんよ。皆さんには自分たちの力で、家を建ててもらいます。そのための知識や技術はこちらから提供しますので、心配はいりません」
この仮設住宅よりも立派な家を建てられるのだろうかと、私だけではなく皆に不安が広まっていく。この場にいる者は皆、奴隷及び逃走生活が長かったのだ。つまりそれ程の専門知識を得る機会は皆無と言ってもいい。出来たとしてもせいぜい、見よう見まねで歪な木造住宅を組み立てるぐらいだろう。
「と言ったところで、心配ですよね。しかし私たちも、最初は何の力も持たない無力な子供でしたよ」
彼女たちが無力な子供だった? とても信じられなかった。大剣の一振りで突風を巻き起こし、奴隷狩りだけでなく大木や家も吹き飛ばしたのに。ならば、装備が特別優れているのだろうか。
「確かにアカネさんからいただいた装備の性能は素晴らしいですが、あくまでも私たちの基礎能力の補助でしかありません。何も身に着けていなくても、先程の仮設住宅ぐらいならすぐに建てられますよ」
普通ならば、そんなこと出来るわけないだろうと鼻で笑う場面だが、サンドラは思ったことを裏表なく口に出す性格なのだ。出来ることは出来る。出来ないことは出来ないとはっきり断言するだろう。つまり、彼女の言うことは全て本当だということだ。
「そうですね。取りあえずアカネさんの素晴らしさ理解し、皆さんが変わるまで、遅くとも一ヶ月というところでしょうか」
一ヶ月、…その一ヶ月で何を理解し、そして変わるというのだろうか。しかしサンドラという女の子の言葉を聞いて、私は年甲斐もなく高揚感に包まれているのを感じる。いや、私だけでなく村中の皆が胸の奥から無限に湧いてくるように、圧倒的なやる気に満ち溢れていた。
「一ヶ月ですか、いいですよ。やって見せましょう」
「何ですか?」
「そのアカネさんという方の素晴らしさを、我々に教えてください!」
「ええ、構いませんよ。存分に教えてあげます! それではメイドさんと亜人の皆さん、私たちの言うことをよく聞いてください!」
サンドラに向かって我慢できずに叫んだのは私だが、構いはしない。今の自分の言葉は、村中の皆の総意なのだと断言出来るのだから。私の発言を受け止め、彼女は満足そうに頷いた。
これから何が始まるのかは知らないが、負けっぱなしはごめんだ。ここで一旗揚げて聖王国の人間たちを見返すのも悪くない。しかし今は、アカネという人物のほうに興味があった。いつかは直接会って、我々の感謝を伝えたいものである。
聖域の近くに住むことを許された亜人たちは、使徒サンドラの召喚魔法により、かつて奴隷狩りの手により離れ離れに引き裂かれた同胞や家族と再会する。
長期間の奴隷生活や逃亡生活に疲れ果てたていた彼らを癒やすため、使徒サンドラは十もの大窯を地面より生み出し、天使と使徒たちは、子供や老人にも消化しやすいと言われる、お粥と呼ばれる神の食べ物を、飢えた皆に余すことなく振る舞った。
また、見たこともない白く四角い家を瞬く間に建て、これからはこの家に住むようにと伝える。
アカネ聖国記より抜粋。
聖国記に書かれている場所は、現在はアカネ聖国の首都となっており、亜人だけではなく、他の種族も多く住み、名実ともに世界の中心となっている。
使徒レオナが使用した転移、結界、召喚の三つは、現代になってようやく使用可能になった大魔法である。超広範囲、高出力の転移と結界は、優秀な魔法使いを数多く揃えれば使用が可能だ。
しかし最後の召喚だけは、いまだに実用化の目処が立っておらず、必要な魔力は捻出出来るものの、使徒レオナが用いたグーグル検索という特殊な魔法式の解析には、まだまだ時間がかかりそうである。
神の食べ物と書かれたお粥だが、現代でも体の弱い子供や老人、または病人食として頻繁に食されている。また基本である五種類の味付けは変わっていないが、肉や魚、野菜等を追加し、味付けに他の調味料を入れて一工夫加えたりと、様々なアレンジが行われている。
しかし、どのようなアレンジを加えようとも、皆最後には五種類の味に戻るとうのは、子供の頃や遠い昔に食べた何処かほんのりと優しく懐かしさを感じる、おふくろの味ならぬ、女神アカネの味を思い出すからであろう。
使徒サンドラの窯を生み出す魔法だが、こちらは土からゴーレム生み出す魔法式の応用であることは、想像に難しくない。しかし、強度や造形を自由自在に変更したり、同時に同じ物を十も作成するのは、今の魔法式でもほぼ不可能である。
現在の土魔法ならば、多少の強度や造形を変更することは出来るが、そうすると今度は同時作成が難しくなるため、両方を一度に行おうとすると、劇的に難易度が上がってしまうのだ。
また、白く四角い家だが、使徒サンドラのように地面から次々と生み出したりは出来ないが、断熱性が高く規格統一された幅の広い板を使用し、短時間で組み立てられる仮住まいとして、災害時には非常に重宝されている。
現代になった今では多少の変更は行われているものの、間取りや家具の配置はほぼ当時のままである。