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料理

<アカネ>

 セルミッタの町の入口から少し離れた人気のない木陰に転移して、アタシは五人の子供に通信用の小さな魔石を渡す。皆旅人のように派手ではなく、地味で動きやすい服装で身を固めている。一年分のお小遣いも渡しているので、数日の宿泊程度なら余裕で払えるはずだ。


「取りあえず何かあったら、これを触って心の中でアタシを呼んでね。すぐに駆けつけるから。大声や魔力放出で異常を知らせて呼んでもいいけど、それだと目立っちゃうからね」


 五人とも大小はあるものの、皆が魔法が使えることはわかっているので、助けを呼ぶぐらいは出来るだろう。しかし訓練したとはいえ、危険な実戦でどの程度の力を発揮するかはまだわからない。そんな事態にならないのが一番だけどね。

 アタシが色々と説明をしていると、何か気になるのか、フィー君がこちらに質問してきた。


「あの、いつもの隠者のフードでも顔は隠さないのですか?」

「あれは一人で外出する場合だよ。子供五人組と一緒に動くんだから、顔を隠してるとアタシだけ目立っちゃうでしょ? だから今回はフードを着てても深くかぶることはないよ。それでも他人の意識に深く残らないよう魔法はかかってるけどね」


 もっとも、皆スタイル抜群なうえに美形なので、モブ顔のアタシでは別の意味で一人だけ目立ってしまうかもしれない。皆もお尋ね者のようなので、認識をズラす魔法はかけているので、せいぜい似てなくもないかな程度だ。正体がバレる心配はない。

 それでもいざとなったら町に潜伏している情報ネットワーク担当のメイドさんに頼むか、転移でゴーホームすればいいやと開き直って考える。


「一応聞いておくけど、アタシ…おかしくないよね?」

「あっ…ああ、別におかしくないぜ」

「はっはい、大丈夫…僕は大丈夫」

「すごく綺麗で、お似合いですわ」

「問題ない。いざとなったら私が守る」

「アカネさんはすごく美人さんで羨ましいです」


 男子二名が若干怪しいけど、女子三名にはお世辞を言ってもらえたので、取りあえずありがとうと返しておいた。何か問題が起きたらその時はその時だ。

 表向きは治安がいいらしいので、いつまでも町の外で話しているよりも、中に入ってしまおうと、街道が続く外壁沿いにポッカリと開いた大きな門に、皆の先頭に立ってスタスタと歩いて向かう。


「そこの旅人…には見えないな。ちょっと待て。お前たち何者だ? セルミッタの町に何の用で来た?」


 しかし、町に入る前に軽装備で身を固めた門番に、アタシたちはいきなり呼び止められてしまった。ここは大人の自分が華麗な話術で言いくるめる場面だけど、情けないことにゴリ押しの脳筋で大雑把な性格なので、別に知略に優れているわけではない。

 アタシが言葉に詰まっていると、ロレッタちゃんが一歩進み出て、訝しげな顔をする門番に交渉を試みる。


「わたくしたちは、とある貴族のお忍びとして、セルミッタの町の観光に来ましたの。この方は高名な魔法使いですわ。いつまでも呼び止めたままだと、貴方の首が飛びますわよ。それとも、物理的に頭と体が離れるほうがいいですの?」


 交渉というよりも脅迫だったもよう。しかし、効果は抜群なようでロレッタちゃんの言葉を聞いた門番は、通ってよし! と大声で宣告し、アタシたちを無条件で通過させてくれた。

 確かに五人は貴族で、アタシは魔法が使えるしこっそり社会見学なので、何も間違ってはいない。別に高名ではないし、物理的に首を飛ばす予定がないということ以外はだけど。

 門をくぐり町の中へと歩いて行る途中で、ふとフィー君が口を開く。


「ロレッタやるね。これからは交渉事は任せてもいいかな?」

「何言ってますの。フィーのほうこそ、わたくしよりも謀が得意な癖に」


 お互いの能力は既に把握済みのようで、アタシのなかのフィー君に腹黒疑惑が浮上した瞬間であった。


「ちょっ…ちょっとアカネさん! 誤解しないでください! 僕の計略なんて大したことありませんよ! その証拠に、もし成功してたら魔の森で迷ってなどいませんよ!」


 確かにその通りかもしれない。そうでなければアタシに拾われていなかったのだ。そう考えを改めようとしたときに、レオナちゃんが横からズバリと叩き切る。


「フィーの計略を任せる部下全員、ろくなのがいなかっただけ。損得勘定も出来なかったのは予想外過ぎた。でのその時に切れる手札は、それしかなかったから仕方ない」


 子供たち四人が納得したようなウンウンと頷いているのを見る限り、もはやフィー君=腹黒という構図がアタシの中で完成してしまった。そして当人だけが、明らかに落ち込んだ表情をしているのが横目でもはっきりとわかった。

 門を通り抜けて、通行の邪魔にならない隅に移動して、これからの予定を皆に聞くと、年長者のアレク君がリーダーシップを発揮してくれた。アタシは保護者だからね。やっぱり社会勉強は子供たちが手動で行わないと駄目だよね。


「まずは滞在期間中の宿を予約しよう。今現在俺たちが持っている情報は、セルミッタの町が貿易が盛んで、表向きは治安がいいことと、宿泊の宿の情報ぐらいだ。その他はこれから集めるしかない」


 アタシは皆がちゃんと社会勉強をしていることに感動すら覚える。しかし、これはもしかして脳筋の自分よりも子供たちのほうが優秀なのでは? とも思ってしまう。

 アレク君の提案に異論はないようで、他の四人も軽く頷いたので、続きを話し始める。


「という事で、まずは宿屋に向かいチェックインを済ませようと思うが、皆もそれでいいか?」


 再び頷く他の四人に、息ぴったりだなと思う。どのぐらいかは知らないけど、まさに一蓮托生の関係だったらしいので、連帯感ぐらい生まれるのだろう。アタシは子供たちの様子を微笑ましく眺めて、後をゆっくりとついて行く。


 町中を物珍しそうにキョロキョロしながら歩いて行くと、大通りの目立つ位置に今日から宿泊予定の四階建ての広々とした宿屋が見えた。

 一目で高級そうな外観と趣味のよい調度品が飾られており、不純物の混じった曇りガラスではなく、一階は透き通るような透明感の一面ガラス張りの窓の外から、宿屋の中の様子を伺うと、明らかに旅人風な子供たちと泊まるには、分不相応な宿であることがわかる。

 一階のガラス張りの食堂では、ピーク時間を過ぎているにもかかわらずに満席なうえに、宿とは別の入口から順番待ちの長蛇の列が外にまで溢れている。そして店内にはつい最近食べた覚えのあるメニューを、美味しそうに口に運んでいる大勢のお客さんの姿が見える。もはや何処から見ても中世の宿というよりも、宿に偽装した現代風の高級旅館であった。


 アタシもアルファから宿の場所や特徴を一応聞いてはいたものの、聞くのと見るのは大違いである。一応道すがらに露店のおじさんにも、それとなく宿の評判を聞いたりもしたけど、あの宿はいい。特に食事がな。旅人なら記念に一度は泊まるべきだ。評判がよすぎて予約も取れない。宿も飯も国内で一番だぞ。等など、好意的な意見しか聞けなかったので、途中でこれは絶対に何かあるぞと感じてはいたんだけどね。

 皆が押し黙るなか、年少のサンドラちゃんが我慢しきれずに思わず口から出たという感じで、ボソリと呟いた。


「この宿、お家に似てます」


 うん、アタシもそう思ってた。外装から調度品まで全てが同じではないけど、明らかに似通っているのだ。おまけにチラリと外から窓越しに様子を伺うときに、フロントに立っていた受付のお嬢さんと視線が合って、笑顔で会釈されたのだ。

 それぐらいなら別に不思議ではないんだけど、着ている服装が家のメイドと殆ど同じで、何より入り口の看板にはアカネ亭とデカデカと書かれており、デフォルメされてはいるものの一目でアタシだとわかるレベルで瓜二つの姿絵が描かれていたのだ。これはもはや確定だろう。

 ともかく、宿の前で止まっていても埒があかないので、子供たちの背中を押して大扉を押して上に設置された来客の自動ベルをチリリンと鳴らす。


「いらっしゃいませご主人様。本日はご宿泊でしょうか? それとも、お食事を?」

「ああうん、取りあえず六名で三泊四日でお願いしたいんだけど、部屋は空いてる?」


 ニッコリと微笑みを崩さず受け、子供たちには視線を合わさずにアタシを正面から見つめて答えを行う受付のメイドさんは、もはや正体を隠そうともしない。それとも、来るお客さんは皆ご主人様と呼ぶのかは知らないけど、出来れば後者であって欲しいものだ。


「お部屋は大丈夫です。大部屋でも個室でも可能ですが、いかがされますか?」

「いつも予約がいっぱいと聞いたけど…」

「はい、一般のお客様と特別なお客様、それより上のご主人様関係のお部屋とわかれておりますので」

「そう、それじゃ六人部屋を三泊四日でお願いするよ」


 もはや考えることも面倒になってきたので、あるべき運命を受け入れて事務的な手続きだけを行うことに専念する。この宿は絶対ずっと昔に構築した情報ネットワークの一つだ。間違いない。


「それじゃ皆、一先ず部屋に行って荷物置いてくるよ。観光はその後でね」


 受付のメイドさんから鍵を受け取り、呆然とする皆の背中を押して四階の一等客室へと向かう途中、レオナちゃんが興味深そうに質問してきた。


「上下に動く床、どういう仕組み?」

「ええと…何らかの圧力でワイヤーを…漠然としかわからないから、あとでホテル内のメイドさんに質問するといいよ」


 わかったと、レオナちゃんが鼻息も荒く興奮状態で、まるで新しい玩具を見つけたように、エレベーターの内部をキョロキョロと調べ回っている。

 今までアタシの魔法で故郷の技術を再現してきたけど、実際にそれを分析と実用化したのは全てメイドさんたちだから、細かい仕組みとかは知らないんだよね。

 逆にメイドさんたちは、この世界の知識と故郷の知識の両方を併せ持っているということになる。しかも自分と同じように不老不死なので、彼女たちの一人一人が長い年月で培ったとんでもない技術の結晶でもある。

 アタシは基本引き篭もってるだけだから、知識チートとか技術チートとか、そういうのとは無縁だけどね。


 やがて、四階についてエレベーターが停止し扉が開く。皆揃ってゾロゾロと廊下を歩いて、目的の六人部屋の扉に鍵を差し込み、そのまま中へと入ると、予想以上に広々としていた。

 大きなベッドも左右にそれぞれ三つずつ並べられており、中央には木目が美しい大きく四角いテーブルを囲むように、六つの木の椅子が並んでおり、ベランダに続く扉はガラス張りになっており、そのままでも港の様子がよく見える。

 年長のアレク君が部屋の様子を眺めて、ポツリと呟く。


「木のベッドじゃなくて、金属製なんだな。それに家の家具と同じようによく沈むし、並んでいる調度品や室内の見事さといい。まるで貴族…いや、王族以上の待遇だぜ」


 続いてロレッタちゃんも、信じられないように震えながら声を漏らす。


「わたくしは小さな頃に、一度セルミッタの宿に宿泊した思い出がありますわ。いえ、今も小さいですけど。その時も今のようなVIP待遇の部屋に予約しましたが、明らかにこの部屋よりもランクが下でしたわね」


 それでも並の貴族の部屋よりは遥かに格上でしたけど、と追加で呟いていた。もうアタシが直接しでかしたことではないけど、色んな意味で、ごめんなさいしたい気持ちでいっぱいになってしまう。

 しかし、そこでフィー君が助け舟を出してくれた。


「そっ…それより皆、お腹がすいたよね。そろそろ食事にしよう。確か宿泊客には注文すれば、直接部屋まで届けてくれるサービスがあるんだよね」


 ナイスだフィー君と心の中で拍手を送りながら、彼が広げた注文表を子供たちと一緒にチェックする。しかし無常にも、中身は何処かで見たことがある食事ばかりで、目新しい物は何もなかった。

 それを見て年下のサンドラちゃんが、少しガッカリしたような声を漏らす。


「何だかお家で出た物ばかりで、メニューの数も少ないですね」


 子供は時として残酷である。特にサンドラちゃんは普段おとなしいけど、無自覚に傷口を広げる言葉を発する傾向がある。家のメニューは有り余る豊富な食材を、手間隙かけて料理してるから、それに見合った品数なだけだからね。セルミッタの町周辺の食材で料理するとなると、どうしても品数が減るのは仕方がないことである。

 しかしフィー君が苦しいながらもフォローを続けてくれた。


「まあまあ、確かに選択肢は少ないですが、今日は皆が食べたい物を自由に選べると思えば、コレはコレでいいじゃないですか」


 そういう捉え方もあった。確かにいつもは皆一緒の食事なので、個人でバラバラに注文することはなかった。皆の好物を頼むのも、一つの楽しみだろう。

 気持ちが上向きになったのか、五人の子供たちはウキウキしながらメニューとにらめっこをしている。一先ず場が収まってよかった。


 やがて注文が終わりしばらく待つと、扉がノックされたので開けると、メイドさんがカートに手を添えて立っていた。そのまま室内に導くと、中央のテーブルの上に先程注文したメニューを並べてもらう。

 アレク君はビフテキ、フィー君はカツ丼、ロレッタちゃんはナポリタン、レオナちゃんはハンバーグ、サンドラちゃんは月見うどん、アタシは魚フライを注文した。


 見事にバラバラである。確かに家に比べれば少ないものの、一つの町の宿でよくここまで現代のメニューを揃えたものだと感心する。しかしこの宿には家とは違い箸がないので、基本的にフォークとスプーンで食べるので、少し不便を感じるのだけど。

 そしてメイドさんが退室したあと、湯気を立てるそれぞれの好物を前に、皆で両手を合わせていただきますを行う。思えばこのあいさつも、今ではすっかり定着したものだ。

 しかし、好物を一口食べたところで、子供たち五人の顔が微妙に曇る。


「何か」「食事が」「美味しく」「ない」「です」


 皆が最後まで完食したものの、家のほうが美味しい。肉が固い。麺が伸びてる。焦げてて焼き方が下手。不味い。家に帰りたい等と、初日の食事から、早くも不満が噴出し、皆がホームシックにかかってしまう。

 でもこの宿以上に美味しい食事を出すところは、この町だけではなく、この国にも多分ないらしいので諦めて欲しい。そもそも君たちも一年前までは、これよりもっと酷い物を毎日食べてたんだよね?

 そんな重い空気が漂いだした頃、何やら廊下のほうからドタバタと騒がしい足音が聞こえ、そのすぐ後に、失礼します! という声と一緒に部屋の扉がバンっと開け放たれた。

 目の前に現れたのは真っ白い料理服を身につけた、熊のようなガッチリとして毛深い体格のおじさんだった。


「お食事中に失礼します。オーナーはどなたでしょうか?」


 オーナー? 何のことだろうか。アタシはおじさんのすぐ後に駆けつけて来たメイドさんに、それとなく視線を送ると、代わりに答えてくれた。


「あちらのアカネ様がオーナーです。申し訳ありません。料理長がご主人様が宿泊していると聞きつけ、今までのお礼と、自分の料理を食べた感想を聞きたいと…」

「貴女がオーナーでしたか! 店長からしばらくの間宿泊すると聞き、居ても立ってもいられなずに! 私をこの宿の料理長を任されたクマハチを申します! この度は宿泊いただき、ありがとうございます!」


 そう言い、筋肉隆々のクマハチさんはアタシに向かって、深々と感謝の一礼を行う。

 そしてよく見ると説明してくれたメイドさんの胸元には、店長と大きく書かれた名札が、ピンどめで付けられているのがわかった。


「それで、早速で悪いのですが、私の料理はいかがでしたでしょうか? 自分としては腕によりをかけて、過去最高の手応えを感じているのですが…」


 これは正直に言ったほうがいいのだろうか。しばらく考えて、取りあえず故郷特有のお茶を濁す作戦でごまかすことにする。


「まっまあ…悪くはなか…」「「「「「不味かった」」」」」


 子供たちの情け容赦のない発言に、料理長の顔が引きつる。そして彼はアタシのほうに視線を送るが、何というか居たたまれなくなり、思わず顔をそらしてしまう。

 その行動で、五人の言葉が本当だと確信を持ってしまったようだ。


「しっ…失礼ですが、今回のお食事は料理長である私自らが、腕によりをかけて…」

「その程度で本当に料理長が名乗れますの? わたくしには、とても信じられませんわね」


 あろうことか、ロレッタちゃんが火に油を注ぐ。そうい言えばこの子は、アルファに習って五人の中でも特に料理を熱心に勉強していたことを思い出した。代わりに魔法や戦闘は、子供たちのなかでは一番不得手なんだけどね。


「お嬢さん、悪いけど今は…」

「あのぐらいの料理、わたくしでも簡単に作れますわ」


 青筋を立てる料理長をさらに挑発する。今の発言は本当なのかと聞きたそうに、こちらを訝しげに伺う彼に、軽く頷いて肯定を示す。


「本当に私以上の料理を作れると?」

「ええ、出来ますわよ。何なら勝負します? わたくしは構いませんわよ」


 売り言葉に買い言葉で、何より今まで培った料理人人生を完全否定されたような発言に、もはやクマハチさんもロレッタちゃんも、あとには引けなかった。

 そしてアタシと店長の思惑から外れて、事態はどんどん面倒なほうに転がり落ちていく。


「料理勝負ですか。面白い。相手が子供では不満ですが、お嬢さんの鼻っ柱をへし折るために、私も一肌脱ぎましょう」

「あら、子供に配慮してわざと負けたなどと、言い訳に使われたくありませんわ。やるならば全力で、ぜひとも叩き潰してもらいたいですわね」


 もはやクマハチさんとロレッタちゃんの二人だけの世界に入ってしまっている。ぶつかり合う視線の中央で、火花が散っているのが見える。


「勝負の日と場所はこちらで用意しましょう」

「わたくしたちは、あまり長期間滞在しませんの。ですので、明日でもよろしければ」

「わかりました。では明日の昼に港の広場で、審査員は今この場にいる皆さんに試食してもらいましょう。食材と調理器具は?」

「食材と調理器具は店長さんに他種類用意してもらい、当日その中から選択しましょう。同じ条件で勝敗を付けるからこそ、互いの身の程を知ることが出来ますのよ」


 お互いにふふふっ…と不敵に笑い合う二人に、アタシも含めたその他の皆は、完全に置いてけぼりになってしまっていた。

 それでは、また明日と言い残して、料理長さんはさっときびすを返して去っていった。その直後に店長さんも、申し訳なさそうに一礼をして、廊下に出て扉をゆっくりと閉める。

 ちょっとした社会勉強のつもりが、とんでもないことになってしまったものだ。しかし、今さら止めますとは言い出せない。


「では、わたくしは明日の料理計画を急ぎアルファと練りますので、一足先に家に帰らせてもらいますわね」


 そう言い残して、ロレッタちゃんの姿がかき消える。きっと転移で帰ったのだろう。ちなみにこの中で転移魔法を使えないのは、アレク君とフィー君だけである。代わりに肉弾戦は大得意だけどね。女子はそれぞれ得意な属性は違うものの魔法の才能があるようだ。

 何となく手持ち無沙汰になった残りのメンバーは、このままこの部屋に残ってもやることがないので、今日のところはロレッタちゃんと同じく、アタシの転移で実家に帰ることになった。

 子供たち全員が早くもホームシックにかかってるみたいだから、仕方ないね。いつか実家ぐらしから離れる日が来るだろうから、今ぐらいはいいよね。









 そして次の日の昼、天気にも恵まれて絶好の料理日和だ。

 ロレッタちゃん以外のアタシたち五人は、本日の特別ゲストとして海側の広場の、両陣営ちょうど中間の位置に、長机の近くに置かれた木の椅子に所在なさげに座っていた。

 まだ勝負がはじまっていないにもかかわらず、周囲には既に数えきれない程の人が集まっていた。タダ飯狙いか野次馬根性かはわからないけど。何にせよ、それだけこの料理長の人気がすごいということの裏付けでもある。


「逃げずによく来ましたね。てっきり両親に泣きつくのかと思いました」

「料理長こそ、あとで子供だから勝ちを譲ってやったと、見苦しい言い訳は止めて欲しいですわね」


 早速ひよこの刺繍がされている可愛らしいエプロンをかけたロレッタちゃんと、真っ白い料理服を着た料理長が睨み合う。

 やがて胸元に店長と書かれた名札を付けたメイドさんが現われ、他のメイドさんにテキパキと指示を出して食材と調理器具や石窯を設置していく。やがて会場の中央に大きな砂時計を置き、店長の試合開始という宣言と同時に、砂時計を裏返して、二人がそれぞれの陣地に向かって動き出した。


「ご主人様、勝負の結果はどうなると予想されますか?」


 いつの間にか店長がアタシの隣に座り、他の皆と一緒に二人の成り行きをそっと見守っていた。それなのに、何故解説役をやらなければいけないのか。ご丁寧に音声の拡張魔法まで使われている。


「ええと、そうだね。料理長さんの実力はまだわからないけど、ロレッタちゃんの料理は何度も食べたからアタシはよくわかってるよ。でもこの町の素材や器具で作るのは初だからね。どちらが勝ってもおかしくないんじゃないかな?」

「なるほど、身内びいきするつもりはないと。ご主人様は勝負事にはわりとシビアですね」


 勝負事にはシビアではなく、故郷的に美味い飯には妥協したくないだけだよ。まあそんなこと言っても、隣の店長さんにはわからないだろうけどね。

 やがて二人は食材を選び終わったようで、料理に取りかかる。


「ご主人様、料理長は肉、そしてロレッタ選手は魚と対照的ですね。これはどう見ますか?」

「料理長さんは高級ブラックボア肉を使って、料理の腕だけなく味でも圧倒する作戦かな。逆にロレッタちゃんは港町で取れる身近な魚を使って、作り慣れた料理で勝負をかけるつもりだと思うよ」

「なるほど、つまりご主人様はこの時点で、ロレッタ選手が何を作るかわかるんですね?」


 あくまでアタシの予想通りなら、あの素材でロレッタちゃんが作る物はほぼ決まっている。そして料理長は肉に切れ込みを入れて、ロレッタちゃんは白身魚を三枚におろす。素人目だけど包丁の技能にはそこまで差は見られない。

 そこからしばらく時間が経過し、やがて料理長があらかじめ用意しておいた火のついた薪で火力を調整しながら、切れ込みの入ったブラックボア肉をフライパンでこんがりと焼いていく。

 ロレッタちゃんは薪を使わずに、切り分けた白身魚を一枚ずつ深めの鉄鍋に入れた熱した油で揚げていく。


「ご主人様、ロレッタ選手は薪を使わずに、そのまま油の中に魚を入れているように見えますが、あれで料理出来るのでしょうか?」

「あー…あれは、周囲の温度を一定に保つ魔法だね。多分鍋の中の温度を変化させてるんだと思うよ。あの魔法を普通に使おうとすると、とめちゃくちゃ繊細な秒刻みの調整が必要になるから大変なんだよ」

「なるほど、つまりロレッタ選手は、それ程までにあの料理を真剣に作っているということですね」


 やがてお互いの料理が全て終わり、オニオンソースがかかったブラックボア肉のステーキと、酸味の強いソースがかけられたアジフライが皿にのせられ、アタシたちの前のテーブルに順番に並べられていく。そして裏返した砂時計も、全ての砂が流れ落ちた。


「それぞれの料理が、今出揃ったようです。料理時間もちょうど終了したようです。それでは、試食してもらいましょう」


 二つの料理が並んだ時点で、少なくともアタシはどちらを投票するか決まってしまっていた。

 しかし、まずはブラックボア肉のステーキからだ。両面ともこんがりと焼かれており、肉の生臭さもオニオンソースでしっかり打ち消されている。切れ目が入っているため比較的噛みやすいものの、棒で叩かれていないために、まだ少し固い。あとでその点も指導するように頼んでおこう。

 続いてロレッタちゃんが揚げたアジフライだ。外はサクッ、中はふわっとしており、酸味の強いソースがよく絡んでいる。思わず白米が食べたくなる。こちらから言うことは何もない。相変わらず完璧な仕上がりである。

 流石はアタシの好物である白身魚のフライを、屋敷で何度も作っては試食を頼み、熱心に勉強しただけある。すごいよロレッタちゃん。


「どうやら勝敗が決まったようです。勝利したのは、ロレッタ選手です!」


 アタシたちの意見を店長に伝え、それを発表してもらった。会場は割れんばかりの拍手に包まれる中、料理長は一人呆然としていた。


「そっ…そんな馬鹿な! 私は今まで料理人として…そうだ! 魔法だ! それに審査員は彼女の身内ばかりじゃないか! こんなのはインチキだ! 不正行為だ!」


 料理長さんはあまりの結果に現実が受け入れられないのか、ツバを吐くように喚きながら言葉を重ねる。そんな中で、アタシは彼を諌めようとそっと声をかける。


「料理長さんの努力は疑わないし、立派だと思うよ。でもロレッタちゃんも、今まで相応の努力をしてきたんだよ。そもそも、あの魔法を使うにはかなりの集中力が必要になるのに、それを秒刻みで頭の中で計算しながら、手や足も動かして頑張って料理をしているんだよ」


 アタシの言葉を料理長さんはうつむきながらも黙って聞いてくれている。大人が子供に負けるのは相当悔しいだろうし、うなだれるのも無理もない。


「それに、料理長さんのブラックボア肉のステーキも普通に美味しかったけど、まだまだ発展の余地があるよ。詳しいことはロレッタちゃんに聞けばいいんじゃないかな? そうすれば今度こそ、彼女のひたむきさがわかると思うけど、…駄目かな?」


 そこでアタシはロレッタちゃんに、そっと目配せを行う。


「取りあえず、ロレッタちゃんが揚げたアジフライ、一口でもいいから食べてみてよ。それで多分わかるから」


 アタシたちに出したお皿とは別に、一枚だけ用意されたアジフライを、ロレッタちゃんが料理長さんの元に運ぶ。おじさんはしばらく目の前の料理と彼女を交互に見ていたけど、やがて決心したのか、フォークで刺して、一口だけサクリと噛みしめる。


「…美味い」


 気づけばおじさんは泣いていた。そして泣きながらもロレッタちゃんが揚げたアジフライを美味しそうに尻尾まで食べてくれた。

 そして食べ終わった料理長さんは、空になったお皿をテーブルに置くと、彼女のほうを向いて、いきなり両手を地面につけて大きく声をあげた。


「この通り! 私が悪かったです! これからは心を入れ替える! 料理長の職も辞める! だからロレッタさん…いえ、ロレッタ師匠! この私に料理を教えてください!」


 ロレッタちゃんはと言えば、負けを認めてくれればいいと考えていたけど、まさかこうして弟子入り志願されるとは思わなかったようで、思いっきり混乱していた。


「ええっ!? わたくしは別に、そこまで…! たっ助けてください! アカネさん! アカネさーんっ!」

「いやいやいや! そこでアタシに振るの!?」


 確かに直接聞けばいいと言ったけど、その場で弟子入りとは話が大きくなりすぎている。とても子供に任せられるものではない。


「えっ…ええと、じゃあ料理長の職は辞めなくていいよ。この場合は本店…なのかな? そこから料理に詳しい人を派遣するから、今後はその人に色々聞いてもらうということで!」


 ここはアタシお得意のいつもの丸投げを行う。上司の無茶振りに振り回されるメイドさんが可哀想に思えるけど、誠心誠意頼めばわかってくれると信じたい。しかし不甲斐ないご主人様のせいで迷惑をかけてしまうので、あとで菓子折りを持って担当メイドさんの元に、直接謝りに言ったほうがいいかもしれない。

 しかしアルファが頼みますから絶対に止めてくださいと強硬に止められたので、結局受けてくれてありがとうという内容の、手書きのお礼のお手紙を渡してもらうことになった。

 合格通知じゃないんだから、こんなので本当に喜ぶのか疑問が尽きないけど、敏腕メイドがいいのですと主張するので、そういうことになった。

 何にせよ、セルミッタの件はこれにて一件落着とはなったものの。アタシたちは色んな意味での有名人となってしまったため、いくら認識をズラしたところで、あまり効果は得られそうにないので、社会見学も強制終了となり、実家に転移することとなった。


 五人は女神アカネ様に導かれ、セルミッタの町に降り立つ。ここで使徒ロレッタが、貧しい人々のために神々の料理を作り、自ら振る舞う。するとある宿の料理長が、天上の美味に感動して泣き崩れ、彼女の信徒にして欲しいと両手を地面につけて懇願する。しかしロレッタはその申し出をやんわりと断り、代わりに天使の加護を与えることを約束する。

 アカネ聖国記より抜粋。




 セルミッタは、第一の試練を達成した港町として、今なお高い人気を誇り、女神アカネたちが宿泊したと言われる宿は、彼女たちのご利益にあやかり、アカネ亭に名を変えたと伝わっている。

 聖国記に書かれている料理長クマハチも、アカネ亭に務めていたというのは、あまりにも有名な逸話である。

 余談だが、女神アカネの好物は白身魚のフライ、そして他の使徒の好物も、セルミッタの港町で判明している。

 なお、アカネ亭は何度かの補修や建て替えを行ったものの、現在も年中無休で一日も休むことなく営業を続けており、セルミッタの町の一番の人気店である。客足が途切れることはなく、一階のレストランだけでなく、宿の予約を取るのさえ半年以上先という盛況ぶりである。

 現代社会を支える多種多様な食文化の、そのほぼ全てが聖国記に登場するアカネ亭から広まったという説は、証拠も多く残されているため、専門家たちの間でも間違く事実ということだ。

 製法及び素材の確保があまりにも困難なために、一般庶民も元より、貴族や王族、そして絶大な権力を持っていた聖職者でさえも一度も食したことがなく、その時代ではアカネ亭だけしか扱っていなかったソースや香辛料、肉や野菜やその他多くの食材。それが今では製法が確立され、一般家庭でも気軽に楽しめるようになったのは嬉しい限りだ。

 しかし飽食の時代になった今でも、代々の味を守り続けるアカネ亭の製法そのままを行ったほうが、味も栄養バランスもよくなるのではないかと言うのが、現代の料理研究家たちの総意だ。つまり料理長クマハチの食にかける情熱の高さは、今の社会にも通用するのである。

 なお、この第一の試練から、女神アカネと五人の使徒たちは、様々な場所に突如として現われては奇跡を起こして苦しむ人々を救うようになり、世界中の書物や物語にも頻繁に登場するようになる。


 余談だか、セルミッタ以降、彼ら五人に随伴する六人目の使徒の存在も様々に書物に記述されているが、姿、能力、服装、年齢等の詳しい情報は、何一つ記録に残っていない。しかし、性別が女性であることだけは判明しており、専門家たちの間ではこの人物こそが女神アカネか、それともただの従者かという結論の出ない論争が、毎日のように行われている。


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