閉会
<アカネ>
アカネピックは途中でトラブルなどが何度かあったものの、何とか無事に終わった。
各国の代表選手の健闘を讃えて、これから閉会式を行うところだ。
魔法対決の結果は、一位アカネ聖国、二位魔王国、三位聖王国、四位連合国となった。
サンドラちゃんの試合も行ったけど、あまりにも地味だったので殆ど順位発表のみで割愛させてもらう。
ルールは試合場の中央に制限時間いっぱいを使い、土魔法で陣地を構築して芸術と防衛力の二つの分野で得点を計算する。
芸術は主に、陣地として敵の侵攻を防げそうか。見た目的に美しく芸術性が高いか、等が吟味される。
防衛力は遠くから魔法攻撃を行いどの程度まで耐えられるかで決められる。
この二点をそれぞれ最高得点を五十点として、十人のメイドさんがそれぞれ個人の判断で芸術と防御の五点ずつの持ち点を使い、各国の選手の陣地評価を行うのである。
結果だけを見れば、一位アカネ聖国、二位聖王国、三位連合国、四位魔王国となった。
何となく最後もうちが優勝するかなとは思っていたけど、二位が聖王国だったのは少し驚いた。
防衛力が高いのはもちろん、アタシの故郷のデザイン性の高い陣地構築により、サンドラちゃんにあと少しというところまで迫ったのだ。本当に惜しかったよ。
各国の順位発表なのだが、金が三点、銀が二点、銅が一点と計算すると、総合一位は十五点でアタシのアカネ聖国、二位が七点で魔王国、三位が五点で連合国、四位が三点で聖王国となった。
アカネ聖国の得点以外は、他の国にそこまで大きく差はつかなかった。しかしこれで、二匹目のドジョウでどちらが本家ははっきりしたし、聖っ! 戦っ! 聖っ! 戦っ! という、うちの皆の苛立ちも解消出来たと思う。
聖王国の勇者も最初の三人以外はメダルも取れて健闘したようで、全世界放送でも見せ場は十分にあったと思うよ。これで少しは、聖王教会の権威も回復出来たんではなかろうか。
何より各国のわだかまりも、ある程度は解消されたと信じたい。
広場中央には一位から三位までの高さに差がある表彰台が横並びに五つ並んでいる。そして、各国の代表選手たちがその台の上に並んでじっと立っている。
アタシはその選手たちの一人一人に、頑張ったね。おめでとう。等と言葉をかけて、隣で特製メダルの入ったケースを持つアルファから受け取りながら、第一回アカネピックの文字が彫られた金銀銅のメダルを選手たちの首に丁寧にかけていく。
どうでもいいんだけどこのメダルに彫られている絵、アタシに似てる気がするんだけど気のせいかな?
そして身長的な問題があるため時々思いっきりかがんでもらいながらも、頑張ってメダルを全員分渡し終えることが出来た。
その後各競技の面白かったことや、どんな選手がいたかや、試合の展開についてを何万人という大勢の観客の前で適当に語り、やがて閉会の挨拶に入る。
「ええと、今回メダルに惜しくも一歩及ばなかった選手の皆も、もし次回開かれることがあればまた参加して、今度こそ優勝を狙ってよ。それではこれで、第一回アカネピックを終了させてもらうよ。以上! 閉会! ありがとうございましたー!」
深く礼をする私に向けて、観客の皆だけでなく選手の皆も割れんばかりの拍手喝采である。唯一医務室のベッドから起き上がった聖王国の男性二名は渋い顔であるがそれなりに成功したと思われる。
あとは気になる各国の情勢を頼りになる優秀なメイドさんたちに任せて、それとなく探ってもらうだけだ。アタシがこれだけ体を張って頑張ったんだから、もう問題なんて起きないよね?
アカネピックが終了して一週間もしないうちに、アルファから呼び出しを受けて、すっかりおなじみとなったいつものメンバーが会議室に集まっていた。こういう時の第一声は決っている。
「ご主人様、問題起きました」
「うん、そんな気はしてたよ。続けて」
アルファが3D世界地図を操作するのを横目で見ながら、アタシは目の前に置かれたお茶を一口すする。これで心の準備は整った。
また聖王国かな? でもそちらは一時的とはいえ鬱憤を晴らしてあげたので、しばらくは静かにしてくれるはずだ。
やがて地図は魔の森の北の一点を指し示した。
「魔王国がアカネ聖国に対して、先日無条件降伏を行いました」
「え? …え? あそこの国とうちは、別に戦争してなかったよね?」
国同士の仲は良くもなく悪くもなくという感じのはずだ。お互いに疎遠すぎたためにアカネピックが初顔合わせなのかもしれない。
「アカネピックで、現在の魔王をレオナが倒したことが影響したと思われます」
アタシはレオナちゃんのほうに視線を向けると彼女は素早く顔をそむける。
そう言えば一週間ほど前に、しつこい男に言い寄られて困っていると相談を受けたような気がした。
その時はアカネピックが終わったばかりで惰眠をむさぼるのに忙しかったので、適当に家に引き篭もってれば手出し出来ないし諦めるだろうから、気分転換にしばらく仕事休んだら? …と返したような気がする。
「あぁ…あれかー」
「はい、ご主人様が考えている通りです」
全世界放送で、レオナちゃんにお前を我の嫁にすると告白したのが魔王なのを思い出し、一国のトップにストーカーされてたのかと、今さらながらに思い至った。
「それで、今回無条件降伏した理由は?」
「はい、現在の魔王の圧倒的な強さと、それを撃破した人間の魔法使い。さらにはご主人様の存在が全世界放送で明るみに出たため、実力至上主義の魔王国が無条件降伏しました」
発想が斜め上過ぎて全く意味がわからない。つまり、強い人に上に立って国を治めてもらいたいということかな?
それで魔王国の強さ基準が、民や兵士<精鋭や側近<<<魔王<レオナちゃん<<<<超えられない壁<<<<アタシ…と、大体こんな感じだろうか。
しかしまた面倒なことになったものだ。一体どうしたものか。一応本人の希望もあるし聞くだけ聞いてみよう。
「レオナちゃん、魔王と結婚するつもりは?」
「ない」
バッサリ一刀両断である。レオナちゃんと魔王が結婚することでこれでアカネ聖国の支配下になったよ作戦は失敗。
まあ本人が嫌がるようなら無理強いはしないよ。子供たちの幸せが最優先だからね。そもそも別に魔王国なんていらないしね。
「うーん…しかしどうしたものか。アタシは魔王国が無条件降伏しようと、いらないものはいらないんだけど」
連合都市と帝国に押し付けようにも十中八九で持て余すことは確実だ。かと言って聖王国なんかに渡したら美味しそうにモグモグゴックンして、最悪魔王国にはぺんぺん草一本も生えなくなるかもしれない。
「うーん…うーん、これは困ったね。もしいらないよって言ったら?」
「魔王国内の情勢が不安定となり現在の魔王は排除され、新しい魔王が次々と生まれることでしょう」
無条件降伏したのは国民の意思でも、それが叶わないとわかると、俺がトップに立ったほうがマシだと実力で下剋上するらしい。本当に魔王国は殺伐としてるね。ここは仕方ない。一時的でも安定させる方針で行こう。
「じゃあ、アカネ聖国からメイドさんでもいいから代官と政治に詳しい人を送ってよ。でもそれだけだと完全な支配下に入ってないじゃないですかー! やだー! になりそうだから、魔王は一時的にうちが預かるよ。表向きは人質、裏向きなら保護だね」
アタシは重い溜息を吐きながら、魔王国の今後の方針を一つづつ決定していく。
「魔王を国内に残しておいたら、いつ大爆発するかわからないからね。取りあえず今の軍国路線から、少しずつでも和平路線に舵取りを進めていかないと不味い気がするよ。主にアタシの悠々自適な引き篭もり的な意味でね」
あとはメイドさんたちの手腕に期待するしかない。本当に指示だけ出して丸投げだけど、ない知恵を絞ってもこの程度だ。あとは現場の人に任せるのだ。
「取りあえず急ぎ進めてもらうのはこんなところかな? あとは現場で高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処をね。はぁ…爆発物の解体処理とか、本当に勘弁してもらいたいよ」
「わかりました。では、そのように対処致します」
アタシは椅子の背もたれに体をもたせかけながら、何となくレオナちゃんのほうに視線を移した。
「魔王グレゴリオが引っ越して来たら、レオナちゃんに紹介したほうがいいの?」
「必要ない」
ナシのつぶてであった。もし結婚とか考えるなら、この世界ではレオナちゃんぐらいの年齢からだろうか。魔王が求婚を申し出たぐらいなのでその可能性はある。実際のところはアタシにその気がないので適齢期などはわからないのだが。
「それじゃ、アカネ町の何処かに住んでもらうということで、あとは毎度のことながら、メイドさんたちと子供たちに任せることになるけど、ごめんね」
「いえ、ご主人様。光栄の至りにございます。では、会議でお疲れでしょうし、どうぞごゆっくりお休みください」
アルファの言葉に、アタシはありがとうねと返して、転移魔法で寝室に飛ぶ。そのまま運動着を脱ぎ散らかして、いつもの高級羽毛布団にモゾモゾと潜り込む。
ここ最近はアタシにしては明らかに働き過ぎてる気がする。週休七日な自分だけどそろそろ長期休みが欲しいなと、そんなどうでもいいことを考えながら温かな布団にくるまれて、ゆっくりと意識を手放すのだった。
<アルファ>
魔王国の全面降伏を表向きは受け入れましたが、困っています。
仕事が忙しくなったため、メイドたちが張り切りすぎているためです。ご主人様のお役に立てている実感が得られるのはいいのですが、くれぐれも能力は人間レベルまで押さえることです。
忠誠心が溢れて押さえられないなら、筆頭メイドである私を見習いなさい。
従者の鉄の意志でご主人様からの愛を制御するのです。そうすれば時々感極まっての暴走ぐらいは大目に見てあげます。
しかし人間を少し越えた体では毎日休まず働き続けたとしても仕事が終わらず、ここ最近は特に人手の足りなさを感じます。
臨時招集をかけるのはいいのですが、忙しい期間が終わっても誰も帰ろうとはしないのです。そこまでご主人様の側にいたいのですか貴女たちは。ええ、私もです。ですから新人の貴女たちは即刻帰りなさい。
それでも天使の人員を増やさなければ結果的にご主人様の手を煩わせてしまい、メイドとしてお役に立てない不甲斐なさに苛まれてしまいます。まさに痛し痒しですね。
幸いなことにご主人様は私たちメイドが増えたとしても、また新しい人いるねーと、呟く程度で全く気にも止めません。
むしろ新人の子に積極的に話しかけて、今日もご苦労さまとねぎらいます。ご主人様、駄目です。その位置は隣で控えている私の特等席です。新人メイドとの雑談は控えてください。新人の忠誠心が溢れすぎて、ただでさえ倍率の高い側仕え希望枠に殺到してしまいます。
早く世界を安定させなければますます天使の数が増えて、ご主人様と私が語らう時間を新人メイドたちに取られて減る一方です。
それにしても勇者を呼び出すとは、本当に人間はろくなことをしませんね。勇者を呼び出す召喚石が、まだ回収し忘れで残っていたのですね。
いえ、彼らにそれを教えた神が、ろくな神ではなかったというところでしょうか。知恵の足りない者たちに制御出来ない力を与えればどうなるか、少し考えればわかることでしょう。
幸いと言っては何ですが、人に扱いきれない力を与え世界を滅ぼしかけた神を、私たちの手で処理出来たのは本当によかったです。
最後まで自分がしていることこそが唯一正しい道だと信じていたようですが、一つの種族のみに神の力を惜しげもなくを分け与えた結果が今の聖王国です。力を持つと無闇やたらと行使したがるのは、神も人間も同じですね。
一応例の神が残した人の手に余る物品は大体回収しましたが、いくら天使でもやはり取り残しはあります。使用されたとしても、すぐに世界の危機にはならないでしょうが…。
この辺りは新人の天使もよく見て学んでおくように。人間の国は下が誰一人逆らえなくなると上は統制を外れて暴走をはじめるものです。
統治者によって当たり外れが大きいですからね。特に代表は神の選定によって選ばれるとのたまう国です。崇めている神はとっくに消滅しというのにです。
興した国の数だけ神の死体が積み上がっていると考えれば、大国の四国は上手くやったほうですが、それでも短くて数日、どれだけ長く続いても百年保たなかったのが、今までの神の悲しいところです。
二百数十年は奇跡でしょうね。これからも安定を維持し続けられるよう、私たち天使は全力を尽くす所存です。
しかしご主人様が不在の間に何度世界が滅びかけたことか。結局神がいようがいまいが、世界というのは滅びに向かうものなのでしょう。
過去に故郷の手がかりを探して全世界を旅をしていた頃も、崩壊の要因を無自覚に潰して回っていたのが、ご主人様のすごいところです。
どうやら一時期大人しくしていた聖王国ですが、最近はまた裏側で色々動いているようです。もっとも、私たち天使には人間のやることなど筒抜けなのですが。
まさか、自分から国を滅ぼしたがっているわけではありませんよね?
ご主人様は嫌がるでしょうが、もはや聖王国は一度滅ぼしてから改めて一から国を治めてもらったほうがよさそうです。
他の三国の働きにより聖王国内での調査と改宗はほぼ終了しています。人間や亜人たちもご主人様が率いれば、なかなかにいい動きをしますね。少しだけ見直しました。
そろそろ聖王国の幕引きの時間が迫っています。勇者の次に何を呼び出すかまでは掴めていませんが、ここはご主人様に報告を行い指示を仰ぐべきですね。
きっと面倒事を嫌がりながらも、敵国だろうと救いの手を差し伸べるのでしょう。本当にご主人様には困ったものです。全ての種族を救い、包んで、育み、見守ることなど、全知全能の神でさえも難しいことです。
しかし私たちが手伝いますので、どうかご主人様はいつも通りに振る舞っていてください。
行うのは難しいだけで不可能ではありません。ご主人様なら問題なく実行出来ます。私たち全ての天使が、自らの名に賭けて保障致します。
アカネピックはアカネ聖国の五人の使徒全員が他の国の選手を全て下し、優勝を勝ち取った。
優勝選手には女神アカネ様の手ずから健闘を称え、女神アカネ様の加護が込められてメダルを一人ずつ首からさげられた。
こうして第一回アカネピックは幕を閉じたのだった。
アカネ聖国記より抜粋。
第一回はアカネ聖国の使徒が全ての競技で優勝を勝ち取るという、不正すら疑われる結果となった。しかし、不正に関する証拠が何も出なかったため、結局他の国々が文句を言うこともなく、そのまま締めくくられることとなった。
この結果によりアカネ聖国の名は全世界に響き渡り、逆に聖王国の権威は地に落ちることとなった。
来年以降にもアカネピックは行われたが、アカネ聖国の五人の使徒が現役で、彼らと同じ個人競技を行う各国の選手たちは、一度として女神アカネが彫られた金メダルと取ることは出来なかった。
なお、このメダルの造形は毎年変更が加えられるものの、はじめて行われた女神アカネの祭典として皆の記憶に残すため、女神アカネ以外を彫ることは禁止されている。
現在になった今も、健闘した選手の一人一人を祝福するように美しい彼女の姿を、メダルの中から知ることが出来る。




