素質
アタシが目覚めたのは、もう二百年以上も昔のことになるね。気づいたら今この屋敷が建っている何もない場所に、たった一人だけで立っていたことは、今でもはっきり覚えてるよ。
幸いなことに魔物に襲われても無傷で撃退出来る力はあったけど、心まではそうはいかなかったよ。すぐに故郷に帰りたいとか、ホームシックになったけど、まずは自分に出来ること、出来ないことを一つずつ調べてみると、大抵のことは出来そうだってわかったよ。
そして元の故郷に帰るためにも、まずはそういった手段を研究する時間や環境が必要だと考え、この世界を見て回りながら、サポートしてくれるメイドのアルファを作ったよ。
彼女の手伝いを受けて、アタシが最初に居た場所に館を建てて、そこを拠点として使うことにしたんだ。いつでも転移出来るから、旅をするにしても他の国の村や町の宿屋に泊まる必要はないからね。
それからも旅を続けたり、他のメイドを世界各地に飛ばして情報を集めたりしたものの、結局アタシの故郷の手がかりは何一つ得られなかったんだよ。
しかも何というか。どうやら自分は不老不死みたいで、一向に年も取る気配がないし怪我をしてもすぐに治る。まあ、アタシしか使えない自己消滅魔法は修得したから、もしもの時や、この世に飽きたらさようならも簡単だけどね。いやいや、今の所使う場面はないよ? せめて死ぬならアルファたちメイドさんたちを、誰か別のご主人様に託さないことには申し訳なくて、死んでも死にきれないしね。ないとは思うけど、アタシの後を追って自壊とかするのは許さないよ。
まあそんなことがあって、今は自堕落な魔の森の引き篭もり生活の真っ最中というわけだよ。故郷に帰れないのなら、この館や周囲の敷地を第二の故郷にすればいいという逆転の発想で、故郷の技術は殆ど再現したんだ。まあ原理は違うけど魔法って便利だよね。
君たちが体験した中だと、お風呂場や食事がそうだね。この館や他の施設も見た目は他の国にあるものとそこまで変わらないけど、建築方法や内部の断熱や鉄筋とか、その衣服も素材や構成から…っと、細かい所をあげればキリがないから、今は別にいいよね。
「という感じで大体伝わったかな? ところでアルファ、今日の食事は何だったの?」
「メインにビーフカレーライス、サラダは季節の温野菜、サイドメニューにタンドリーチキン、トッピングには福神漬け、飲み物はラッシーです。なお、ご主人様は中辛、お客様には年齢を考慮し、甘口をご用意しました」
もうすっかり定位置となったアタシの背後で直立姿勢を維持したまま、優雅にアルファが受け答えする。本当は今日食べた物が何なのかは知っているけど、故郷にはこんな食事もあるよということを、やり取りで自然に伝える。
「しかし、お客様には私たちの話が全く聞こえていないようです。ご主人様、いかがいたしましょう?」
アルファが言った通り、子供たち五人はこんな美味な物があったなんてとばかりに至福の表情を浮かべたまま、カレーライスを完食しただけでなく、何度もおかわりをし、終いにはお腹がパンパンに膨らみ、最後のラッシーを飲み終えると全員椅子に体がへばりついたかのように、手足を伸ばして動かなくなってしまったのだ。
これでは話の内容は全く覚えられないだろう。アタシは今後にもし聞きたがるようなら、そのつど教えればいいかなと気持ちを切り替える。
「取りあえず今日はこれでお開きにしようか。詳しいことはまた明日で。アルファ、皆を部屋まで運んであげてね」
「了解しました」
一礼して他のメイドに指示を出す。アタシも久しぶりにメイドさん以外の他人と会話して、とても充実した一日だった気がする。うーんと伸びをして、今後のことを考える。
「しかし、どうしようかな」
「彼らと関わりのある周辺諸国のことですか?」
「うん、何もしてこなければ放置でいいんだけど、もし家に来るようなら…」
「ご安心ください。たとえ何万の兵が攻めて来ようと、ご主人様への手出しはおろか、魔の森すら越えさせません。もし気になるようなら二百年以上前に構築した情報網を使い、敵対しそうな国を一日かからず転覆させることも可能ですが?」
防衛戦力という点は別に心配してないんだけどね。うちのその辺にいるメイドさん一人だけでも、その気になれば一国を滅ぼすぐらい簡単だろうし。しかし、トップの判断に振り回されて死体の山になる国民はたまったものじゃない。出来れば助けてあげたいけど、こっちも慈善事業じゃないので、もし無理なら躊躇なく切り捨てる。干渉して来たらその時はその時だろう。
「ありがとう。そのときはメイドの皆には頼りにさせてもらうよ」
「はい、それでは、食器の片付けがありますので、私はこれで…」
何処となく嬉しそうな顔で去っていくアルファを横目に、アタシは椅子から立ち上がり、自室へ向かう。そして一人部屋にしてはやけに広い中で、ベッドを目指して歩いた後、軽くジャンプして、お布団にポフリとダイヴし、そのままフカフカの高級羽毛布団に体を預ける。不老不死の自分には別に睡眠は必要ないけど、やっぱり布団で横になるのは気持ちいいのだ。
明日から楽しくなりそうだ。口では預かるとは言ったものの、一応皆の希望を聞いておかないとと考えながら、ゆっくり意識を手放したのだった。
次の日、朝食を終えて牛乳を一口飲んで一服したあとの食堂で、アタシはアルファを背後に控えさせながら、これからどうしたいのかと、皆に希望を聞くことにした。
「昨日は家で預かると言ったんだけどね」
「もしかして、俺たちはやっぱり追い出されるのか?」
違うよ。アレク君だけじゃなく、他の皆もビクビクしながらアタシの言葉を待ってるけど、どれだけ怖がりなのだろうか。いや、きっとそれだけ過去に酷い目にあってたのだろう。他人を全く信用出来なくなるぐらいにはだ。
「そうじゃなくて、希望を聞きたいの。これからどうしたいか。アタシの家で預かることは決まってるけどね。もし自分の国に帰りたいとか、逃亡先か何処かの別の希望地があれば、今からでも転移でパパっと…」
「「「「「この家がいいです!!!」」」」」
息ぴったりの五人が、賛成5、反対0で多数決でアタシの家が即決された。それからしばらく待ってみたものの、どうやら他の候補地もないようなので、次に進めることにする。
「それじゃ、皆は家住まいにするけど、他に住みたい候補地があるなら、いつでも言ってよね。すぐに転移で送ってあげるから」
アタシの言葉に何とも微妙な表情をする五人、こっちは善意で言ってあげてるんだけどね。もし食べ物や飲水、生活習慣の違いとか環境が違って体に合わなかったら、困るのは君たちだよ?
「それで次が本番なんだけど、君たちの得意なことはあるかな? 一応アタシの家に住むのは認めるけど、将来的に家から離れて自立したいなーって思ったときに、何も技能がないと就職が大変だからね」
今は子供でも、いつか親から、そして我が家からの巣立ちの時を迎えるはずだ。そのときまで、少しでもいいので助けになれば幸いである。まさか、ずっとアタシの家事手伝いをして一生を終えることはないよね。
でもこの場合は、家の外に出なくても親の会社のコネ入社と同じだからいいのかな? うーんわからない。アタシも故郷の就職活動は大変だったから、皆に同じ苦労はして欲しくないんだよ。
「と言っても、別に難しく考えることはないよ。敷地内の色んな場所に行って、順番にメイドさんと一緒にお手伝いをしてもらうだけだからね。アタシなんかよりもメイドさんのほうがよっぽど、君たちの素質を測るのが上手だからね」
取りあえず言うだけのことは言ったので、あとはこの子たち次第だ。なるようになる。でも皆不安そうな顔をしている。きっと素質なしとか判断されたら、追い出されるんじゃ…と思ってるのだろう。
「一応言っておくけど、水晶に手を当ててペカーって光らせて魔法の素質を調べるのはしないからね。本当に必要なのは体力でも魔力でもなくて働く素質だよ。あと素質がなくても追い出したりしないからね。と言うか、何も得意なことがないなんてあり得ないからね」
先程まで不安そうな表情をしていた子供たちは、今度は訝しげな表情を浮かべる。
「皆それぞれ違った素質をもってるのが普通だからね。たとえこの敷地内での適正が思わしくなくても、世の中はもっともーっと広いんだからね。何より、魔法も素質も育ててなんぼだよ。誰もが最初は初心者、レベル1だからって気張らず焦らず、一つ一つ試していこうよ」
どうやら皆の不安は晴れたようだ。お互い手を取り合って嬉しそうな表情を浮かべ、何人か涙目になっている。きっと今までよっぽど酷い環境で育てられたんだろうな。とにかく一時的にでも前向きになってくれれば、それでよしとしよう。
「ご主人様、お見事です」
「え? このぐらい普通じゃないの? 事実を言ったまでだし、アタシは子供も部下も怖がらせたり、脅したりする趣味はないよ。まあ、アタシが出来ることと言えば、メイドさんに丸投げすることぐらいだけどね」
アルファが、ふふっ…そうですね。と微笑ましそうな表情を浮かべているけど、そんなに面白かったのだろうか。
ともかく、子供たちの相手が知らないメイドさんだけだと不安だろうから、取りあえずは唯一の知り合い枠として、アタシも案内として付いて行く。
基本的に敷地内でのやることは全てアルファたちメイドが片付けてしまうので、実はご主人様であるアタシは何もやることがなく、かなり暇なのだ。噂ではメイドたちの間で仕事の取り合いが起きているとかいないとか。いや、これが正しい上下関係かもしれないけど、少しぐらいトップに仕事を回してくれてもいいのよ?
そんなことを考えながら、アタシも含めた皆に動きやすいジャージ姿に着替えさせて、先頭を歩いて身振り手振りで敷地内の色んな施設を案内しながら、収穫期に入った手近な畑へとやってくる。
雑草が一本もない長いウネから、元気のいい緑の蔦がびっしりと伸びており、今年のサツマイモも甘く実っていそうだ。
「まずは農業だよ。植物の育成は難しいけど、水やりから追肥まで、家は自動化が進んでるからね。忙しいのは苗を植えるときと収穫ぐらいかな?」
と言ったものの、この五人は前日の説明から貴族であるということはほぼ確定しており、今まで土に触ったことはないだろう。どうなるか全くの不明だけど、なるべく頑張って欲しい。
「それじゃ、まずはアタシが見本を見せるから、皆もあとに続いて引っ張ってね」
あらかじめメイドさんたちに頼んでウネを少し崩し、蔦も少し切ってもらっているので、あとは引っ張るだけだ。
予想通り引き抜いた蔦には、ゴロゴロとした大きなサツマイモがたくさんついていた。思わず子供たちから歓声があがり、アタシも何だか得意気になってしまう。実際の育成から収穫までの全ては、今拍手を送ってくれてるメイドさんたちがやってくれたんだけどね。
「…と、こんな感じに蔦を引っ張ってもらえば、簡単に収穫出来るから、皆もやってみてよ。取れた芋と蔦は近くのメイドさんに渡せばいいからね」
アタシはそう言ってメイドさんが用意した一輪車に乗せる。どうやらお昼はサツマイモ尽くしになりそうだ。余った食材はお家のアイテムボックスにしまえば、中の時間が停止しているから、ずっと腐らないので別にいいけどね。
アタシの唯一の役目である手本は終わったので、子供たちの様子を眺めていると、男子組は二人共問題なく収穫しているけど、女子組はロレッタちゃんがおっかなびっくりで少し腰が引けている。レオナちゃんは黙々と蔦を引っ張っている。あまり表情は豊かではないけど、何だかとても楽しそうである。
しかしサンドラちゃんは芋を引き抜き終わって、穴だらけになったウネの前にしゃがんだまま動かない。体調でも悪いのかな?
「サンドラちゃん、どうかしたの?」
「アカネさん、この土、すごくふんわりしているから気になって…それにこのウネウネと長い虫は…すっ! すみません! すぐに収穫に戻ります!」
実は子供たちはアタシのことを、アカネ様と呼ぶので、さん付けに直してもらった。アタシは貴族でもないし、そんなに大した人間じゃないので、様を付けて崇められるのは絶対にごめんである。
それよりも今はサンドラちゃんだ。興味を持つことはいいことなので、収穫に戻らなくてもいいよと手で制して、自分がわかる範囲で教えてあげることにする。
「その虫はミミズって名前で、土の中の微生物を活性化させてくれるんだよ。ええと…なんて言えばいいのかな。こう…土を深くまでかき混ぜてフンが栄養にもなって……どうなるんだっけ? えっと…その、メイドさん! 任せたよ!」
サツマイモ畑担当のメイドさんにパスを投げる。理屈は何となくわかるけど、説明が苦手なんだよ。ご主人様の命令に嫌な顔ひとつせずに、サンドラちゃんを相手に受け答えを行うメイドさんに、何だか申し訳なくなってしまう。あとでお詫びの品でもあげたほうがいいのかな? 取りあえずアルファに相談して、彼女に直接ありがとうと感謝を告げておいたけど、こんなので本当に嬉しいのかな?
当然のように大豊作だったのでお昼はサツマイモ尽くしとなった。サツマイモのお味噌汁に炊き込みご飯、大学イモに、サツマイモの煮物、鬼まんじゅう…等など。
農業体験後は動きやすい服装だったとはいえ土で汚れたので、お風呂で念入りに洗うことになった。今度はメイドさんなしの入浴だ。いくら貴族とはいえ、いつか来る独り立ちを見据えて、お付きの人に頼らない生活に慣れてもらわなくてはならない。家はそんなに甘くないよ。
そんなことを言っていると、背後に控えたアルファが信じられないとばかりに、訝しげな表情でアタシを見てくる。いやいや、本当に甘くないよ?
畑での収穫以降、サンドラちゃんは何だか植物や土のことに興味があるようで、その手の質問をよくしてくるようになった。アタシは大雑把な性格で細かい説明が苦手なので、すぐに近くをうろついているメイドさんを捕まえてはキラーパスするんだけど、急に上司の無茶振りで仕事を振られたというのに、サンドラちゃんの質問の受け答えを行うメイドさんは、皆とても嬉しそうであった。
もしかして、ワーカーホリックか何かだろうか? そう言えば彼女たちが作られてから、労働時間や休日とか、何も決めていなかった気がする。アタシの気づかないうちに心や体が壊れたり、実は不満が溜まっており、いつの日か一斉ストライキでも起こされたらどうしようと、ビクビクしてしまう。
「ご主人様、今のままでいいですよ。むしろ、休日や労働時間を定めると逆に暴動が起きます」
夜に子供たちとお休みなさいと別れたあとにアルファを自室に呼び出して相談したら、そんな答えが返ってきた。やっぱりワーカーホリックなのだろうか。しかし、それでも全員ではないはずだ。きっと現在の労働環境に不満を持つメイドさんは必ずいるはずである。
「はぁ…仕方ありませんね。それでは、何か不満があるようなら改善するので、積極的に意見を言うように、皆に伝えておきます。これでいいですね?」
いまいち釈然としないけど、アルファがそう言うなら大丈夫だろう。何だかんだで長い付き合いなのだ。メイドの皆の気持ちはある程度察しているはずだ。
一安心して気が緩んだので、アタシはそろそろ寝ることを彼女に告げる。
「いや、アタシはこれから寝るんだけど?」
「それがどうかしましたか? 私はご主人様のお部屋に呼び出されました」
駄目だ。会話にならない。アルファは普段は問題ないパーフェクトメイドだけど、時々変なところで融通が効かないことがあるのだ。本人は別に悪気はなさそうなんだけどね。
「いつまでのそこに立ってるつもりなの?」
「お望みとあらば明日の朝、目が覚めるまででも一向に構いません」
「ああうんわかったよ。じゃあ、アルファも自分の部屋に戻って休んで、お休み。また明日」
「はい、ご主人様もいい夢を。それでは失礼します」
今の彼女はおそらく本気で朝まで直立不動で控えているつもりなのだろう。アタシの寝顔なんて見て何が面白いのかわからないけど、取りあえずは寝る時は一人でゆっくり寝たいものだ。そう考えつつ、アルファの退室を最後まで確認してから、ゆっくりを目を閉じた。
次の日、またもジャージ姿に着替えた皆と一緒に、今度は畜産関係の施設に移動する。飼っている動物は、牛、鶏、豚、羊…等などである。
取りあえずは牛の乳搾りをやってもらおうと思ったけど、こちらも自動化が進んでおり、人の手が入るところは少ないので、故郷の小さな頃の思い出を再現することは出来なかった。
仕方ないので、今日は牧場見学に切り替える。時間はたっぷりあるので別に焦ることはないのである。
「見ればわかると思うけど、ここが牧場だよ。今この場所にいるのは牛っていう動物だけだけど、他にも色んな家畜を飼ってるからね」
アタシが住んでいる魔の森はとても広大で、その周囲に大小含めた周辺諸国が散らばっている感じだ。転移を使えば一瞬で森の外に出られるけど、騎馬で直線コースを走り続けたとしても、端から端を結ぶには大体一週間はかかるだろう。それぐらい巨大な森なのだ。
当然そのほぼ中央に位置するアタシの敷地もとてつもなく広いのだった。
しかし、今までの消費者はアタシ一人だったので、家畜の数は少なく、種類だけは豊富でも敷地面積はダダあまり状態だった。
オートマタは大気中を漂う魔力を体内の魔石に蓄えて動力に変換するので、人間のような飲食は必要ない。ひょっとしたらアンデッド系の魔物に近いのかもしれない。アタシも不老不死だから必要ないといえばそうだけど、別に食事が取れないないわけではないし、やっぱり娯楽は色々と楽しみたいしね。
しかしこれからは五人の育ち盛りが増えるので、消費量も激増だよ。それでも相変わらず生産量が上回るので、アイテムボックスへの貯蔵は止まりそうにないけど。
子供たちは皆興味深そうに牧場でのんびり草を食べる牛さんを眺めているなか、金髪のお嬢様であるロレッタちゃんが、アタシに質問を投げかけてきた。
「あの、アカネさん。今までお一人で消費しきれなかった分は、全て廃棄していたのですの?」
「ううん、食材が余ったら基本は、家の地下の倉庫にあるアイテムボックスに、全部詰め込んでるけど? ああ、アイテムボックスっていうのは自動化及び大型化された収拾魔法の一種だよ。ほら、中が時間が止まってるやつ。何というかアタシ、捨てられない性格なんだよね」
明らかに驚いた顔をしているロレッタちゃん。そしてどうやら収拾魔法は知っているのか、そちらの質問はして来なかった。
「いっ…今までと言いますと、もしかして二百年分ですの?」
「うん、その二百年分だよ。それに、最初は試行錯誤の連続で、とにかく失敗してもいいように、食料以外にも多種多様な物をたくさん作ってたからね。今の生産量の何十、何百倍も毎年山ほど詰め込んでたのが懐かしいよ」
牧場作業をしているメイドさんに思い出話を振ると、同意ですとばかりに嬉しそうに深く頷いてくれた。
そして生産量と同じようにメイドさんも増やしていたのだ。生産量と品質が安定してくると、メイドさんを増やす人数も食料と同じように、少しずつ減っていったけど。
しかし農業や畜産の全体の生産量は減っていくものの、メイドさんは一度増えると半永久的に可動を続けるために減ることがない。つまり最大値から全く減ることはなく現状維持となっているのだ。
正確な人数はアルファは把握しているだろうけど、アタシは何人いるのかわかっていない。多分千人近くはいるかもしれない。
「そっ…そうですのね。とんでもない量ですわね。これだけあれば、世界中から飢えがなくなりそうですわ」
「ロレッタちゃんが貯蔵食料を外に出したいなら、出していいよ。でも担当のメイドさんと相談してもらうけどね」
「ええっ!? いいですの? でも、わたくし…ただの居候で子供ですわよ?」
「うん、知ってるよ。だから担当のメイドさんに、その辺のことを色々教えてもらってよ。アタシ大雑把で他人任せだから、在庫を管理するの苦手なんだよね」
のんびりと牧場の牛さんを横目で見ながら、ロレッタちゃんを会話を進める。やりたいことがあるなら、取りあえずやらせてみるのだ。そろそろ在庫処分したいと思っていたので、ちょうどいい。
もしロレッタちゃんが放出に失敗したとしても、地下のアイテムボックスが減るだけなので、全然困らないのだ。むしろアタシにとっては倉庫が綺麗になって嬉しく感じる。
「わかりましたわ。わたくし、アカネさんの期待に答えられるよう、全力を尽くしますわね!」
「ああうん、そこまで頑張る必要はないよ。もし事業に失敗しても責めたりしないから、好きなようにやればいいよ」
何故かはわからないけど、妙に気合が入っているようだ。アタシは肩の力を抜くように諭しているけど、何だか逆効果になっている気がする。欲しい人に渡して在庫処分してくれるだけで十分なんだけど。
そんなこんなで子供たちが迷い込んでからの二日目は、ゆっくりと過ぎていった。
三日目の朝、今度は工房にやってきた。周囲には何に使用されるか不明な多種多様な機器や、大きく様々な色が揃えられた形のいい魔石、フラスコやビーカーなどに入った緑や紫の色の液体などが、規則正しく配置されている。
こちらは技術職で、農業や畜産と違い繊細な機器に触れるので、ある程度の技術や知識が必要になる。子供たちに素質があるかはわからないけど、万が一の可能性もある。
「この魔法と機器は、どんな仕組みと効果?」
と思ったら、他の皆はキョロキョロ辺りを見回すなか、レオナちゃんが興味津々な顔で、新魔法開発部門のメイドさんに直接質問を行っていた。
この部署の役割としては、アタシのゴリ押しで神の奇跡レベルの効果を発揮する魔法を分析して、多少効果は落ちてもメイドの誰もが使えるように実用化しよう! という研究をしているのが、新魔法開発部門である。
アタシが最初期に使用した、全属性の下位から最上級の基礎魔法と大魔法は当然として、魔石に魔力を補充する魔法、遠くの場所に瞬間的に移動する転移魔法、半永久的に魔物や人間避けで外からも見えなくする結界の魔法、周囲を一定の温度に保つ魔法、料理を行うときの細かな火力調整の魔法、地面に空気を送り込んで裏返しにして畑にしたり平坦に慣らす魔法、蛇口をひねると綺麗な水が出てくる魔法などは、条件付きではあるものの既に実用化済みである。
今は魔力を薄く広げるソナー探知の魔法の実用化を目指しているらしい。
「レオナちゃん、魔法が気になるの?」
「とても興味深い。私の国では、魔法の研究施設はない」
研究施設がないということは、新しい魔法はどうやって覚えるのか。それとも、たまたまレオナちゃんの国では研究施設がないだけなのだろうか。
「魔法は教会が秘匿している。王族でも直接知ることや、研究開発は許されていない」
魔法の力は神の奇跡とかそういう意味なのだろうか。これは魔法技術が発展しないわけだ。ならば、魔物の倒したあとのアレも独占しているのかもしれない。
「じゃあ、魔石もなさそうだね」
「当然魔石も教会が管理している。極稀に横流しによって市場にも魔石が流れることがあるぐらい。それとは別に、一般人が病気になり教会で治療してもらうと、高いお布施を要求されるから、魔法技術は完全に教会の独占状態」
レオナちゃんが悔しそうにうつむきながら言葉を続ける。他にも何か事情があるのかな?
思えば他の子供たちもそれぞれの事情を抱えて、魔の森に迷い込んだのだ。しかしアタシに直接出来ることは殆どないので、せいぜい担当のメイドさんにお願いして、将来のために手に職をつけさせてあげることぐらいだ。本人が話したがらないので、深くは聞く気もないけどね。
「じゃあレオナちゃんは、新魔法開発部門を勉強してみる?」
「うん、頑張る。絶対に満足いく成果をあげるから、期待してて」
そんなに頑張らなくてもいいんだけどね。というかアタシよりも、もっと皆自分の将来のことを考えて欲しい。子供たちは偶然拾っただけなのに、そんなに恩義を感じなくてもいいのよ。三日目はこんな感じで過ぎていった。
そして四日目、今日はメイドさんたちの戦闘訓練場にやって来た。遠くに的が並んでいる遠距離訓練所と、やや横に長いドーム状の近接訓練所の二種類が隣り合っている。
基本的に広大な平野をすっぽりと覆う結界が張られているため、アタシが知る限り、魔物の侵入は一度として起こっていない。
しかし、何事も絶対はないのだ。そのために彼女たちは日夜この場所で訓練に励んでいる。たまに気晴らしに結界の外に散歩に行き、遭遇した魔物を片っ端から楽しそうに狩っている姿を見かける。なおオートマタが訓練してレベルがあがるかは疑問だけど、戦闘経験は積めるはずである。多分。
「ここが近接訓練所で、すぐ隣が遠距離訓練所だよ。さらに近くの雑木林では、たまに景品をかけたサバイバルゲームが行われてるね。何でも最後まで生き残った者には、アタシの一日専属メイド権が与えられると聞いたけど。毎度のことながら、よく参加者が集まるよね。アタシとしてはもっと、一週間休日権とかのほうがいいと思うんだけど」
同意を求めるように組み手で戦闘訓練に励むメイドたちに話題を振るものの、皆引きつった笑顔を浮かべるだけだった。休日欲しくないのかな? 一ヶ月連続出勤がずっと続くとか、地獄の宴なんだけど。
アタシがメイドさんとの価値観の違いに戸惑っていると、年長のアレク君と、その隣に立つフィー君が声をかけてきた。
「あの…アカネさん、俺も戦闘訓練に参加していいですか?」
「僕も、色々と試してみたいです」
「うん、いいよ。ちなみに戦闘訓練は二人だけじゃなくて、子供たち全員強制参加だからね。最低限の戦闘技術を修得するまでは続けてもらうから。それ以降の参加は自由だから、とにかく頑張ってね」
敷地内は安全とはいえ、万が一が起きないとは限らないのだ。いくら子供でも魔の森で最低限助けが来るまでの時間を稼ぐ実力を身につけてもらわないと困る。別に倒してしまっても構わないけどね。
この五人がどのぐらいの素質を秘めているのかは未知数だけど、人間の成人男性とある程度戦えるぐらいでいいかなと、その時はそう考えていた。
女神アカネ様は五人を自らの使徒として扱うために、それぞれの天使に命じ、適正を調査し、知識、魔法、技術等の女神の叡智を授けるため、聖地にて過酷な試練を与える。
アカネ聖国記より抜粋。
現在でも、使徒の五人は様々な書物に記載されている通り、その時代の平均を遥かに越える高度な知識、魔力、技術等を会得しており、まだ年若い子供であるため他の大人に教わらなければ、ここまでの高みには到底至ることは不可能なので、天使とは賢者、職人、商人、貴族、魔法使い、騎士等の技能を修得した天才集団なのではないかと、歴史学者たちは分析している。
つまり女神アカネは、その名の通り、その時代では神に等しい権力を持つ存在、もしくは高度な技術を会得した人間だと考えられいる。
ちなみに聖地では馬は食用と訓練のみで、馬車や騎馬は使用されておらず、移動は基本低空を飛ぶ魔動車だったようだが、現代になった今、ようやく小型化に成功した魔動車であるため、専門家の間では飛竜の見間違いではないかという説が有力である。
どちらにせよ、当時は最先端と思われる技術を多数修得していたことは間違いはないだろう。なお、現代でも女神アカネが用いたと思われる、技術や魔法はいまだに可動を続けてはいるものの、解析及び実用化が困難な場合も多く、まさに神の御業と言っていいだろう。