魔王
<ロレッタ>
フィーは上手くやったようです。特にアカネさんに失礼な口を聞いた男を倒したときには、心の底からスカッとしたものだ。
わたくしは選手控室から出て試合会場の中央に立つ、他の三名の選手と整列していた。既に会場の準備は完了しており、いつでも試合を行えるようだ。
そんな中、聖王国の代表が魔王国と連合国の選手との挨拶が終わったようで、最後にわたくしに話しかけて来た。
「こんにちは。貴女がロレッタさんですね! 私はアレクシアです! お互い頑張りましょうね!」
「ええ、そうですわね」
ニコニコと笑顔で話しかけてくるアレクシアに、わたくしはいつものように他人行儀の微笑で応じる。
「ありがとうございます! ロレッタさんが、ちゃんとお話が通じる方で安心しました!」
「はぁ…それはどうも」
すると目の前のアレクシアが自然に右手を出して握手を求めてきた。アカネさんは聖王国は敵ではないよ! 多分ね! と主張しているものの。
わたくしにとっては聖王国は明確な敵国なので馴れ合う趣味はない。なので誤魔化すように質問を行う。
「今まで話が通じない方がいましたの?」
「あっはい! アカネ聖国の前の使徒のお二人は、とても話が通じなさそうで、…その。怖かったです!」
私怖いんですという感じで体を震わせて意思表示するアレクシアに、何だか近寄ってはいけない雰囲気を感じて、わたくしは自然に一歩後ろに下がる。
「でっ…でも、優しそうなロレッタさんとはお友達になれそうです! そうすれば聖王国とアカネ聖王国もきっと仲良くなれますよ!」
彼女は握手の手をオズオズと引っ込めたものの、どうやら本気でわたくしとお友達になりたいようだ。はっきり言って、隙あらば潰してやりたいと思っている敵国の勇者にそんなことを言われても困ってしまう。
「アレクシアさんはわたくしと、それと仲の悪い国同士をお友達にするつもりですの?」
「はい! 私の聖女の力で皆を幸せにすれば、きっと今争っている人たちとも仲良くなれると信じています!」
わたくしはこの子は色んな意味で危うい子だと思った。
世の中白黒の二色を、皆違って皆いい。でもいちいち白黒決めるの面倒だし、この際灰色ってことにしてもいい? と、何でも適当に済ませるのがアカネさん。
そして例え黒でも白だと信じ込み、それでも変わらなければ自分の力で強引に白く染め上げるのが彼女なのだ。
「アレクシアさん、もし仲良くなれなかったらどうするつもりですの?」
「仲良くなれるように頑張ってお話します!」
「それでも仲良くなれなかった場合は?」
「その方のために聖女の力を使います! そうすれば皆もわかってくれるはずです!」
躊躇なく力を使うと言い切る彼女に、わたくしはこの娘とは絶対に友達になれないと感じた。確かにこちらも力を使うことがあるが、それは一般的に使われている魔法が基本となっている。
どうしても必要に迫られたときや、アカネさんのお願いにより大きな力を行使することはあるものの、それでも目の前にいるアレクシアとは力の使い方や方向性が全然違う。
「アレクシアさん、その力の使い方はいけませんわ」
「どうしてですか? 聖女の力を使えば皆喜んでくれてお互いに仲良くなれますよ?」
他人に望まれたから、そして自分の願いを実現するために振るわれる聖女の力は、きっとこの世界を大きく歪ませることだろう。アレクシアは善意の行使だろうが、それはとても危険なことだ。
わたくしもアカネさんと一緒に暮らすようになって、改めてそれがわかった。もっとも、いつものほほんと過ごしているあの人は、そんな難しいことを考えたことなど一度もないだろうけれど。
「強大な力を使うということは、使った分だけ何処かしらに歪みが現れるものです。そんな気軽に…」
「でっでも! アカネさんも大きな力を使っているんですよね! だったら、歪みが出てもおかしくないじゃないですか!」
アカネさんが女神の力を振るうのは、いつも世界を蝕む別の大きな歪みを正すときだけだ。それ以外は基本屋敷の中に引き篭もってぐうたらしているのだが。アレクシアにはそれがわからないのだろう。
まあ自ら全世界に吹聴して権威を振りかざす聖王国とは違い、あの人は適当に楽しく生きていければそれで十分なので、自己アピール力が皆無なのだ。
「歪みを正すのと、歪みを生み出すのは全く違いますわ」
「ロレッタさんは、聖女の力が歪みを生み出していると言うんですか!
あんなに皆が苦しんでるのに! 教皇様の言う通りに力を使うたびに、聖女様! 聖女様! って喜んでくれてるんですよ!」
どうやらアレクシアは聖王国で名実ともに聖女となっているようだ。
しかし、もし彼女が何らかの要因で死を迎えるか元の世界に戻った場合、聖女にすがっていた人たちはその後どうなるのか。その時は聖王国がもう一度新しい聖女を召喚するのだろうか。
そしていなくなった後が怖いという点ではアカネさんも同じだ。しかし、あの人は悠々自適な引き篭もり生活を過ごすために、表に出なくても世の中が勝手に回っていくようにと、常に考えを巡らせているので。
遠い未来に全世界が平和になった後には、女神アカネ様という存在は皆の中から忘れ去られてしまうのかもしれない。
そう思うとわたくしは少しだけ悲しく感じてしまった。
「ですが、アレクシアさんがいなくなった後はどうされますの? 聖女の力にすがっていた迷える人々は?」
「ううっ! そんなこと、私にはわかりませんよ! でも! 救いを求める人を見捨てることも出来ません!」
いくら勇者でも人なのだ。たった一人の人間が出来ることには限りがある。いくら強大な力を持っていたとしてもだ。
きっと彼女は人を救いたいという自らの良心と、権威を得たい教皇の思惑、飢えや病気で苦しみ聖女に救いを求める人々、それらの板挟みとなり悩み抜いた末に出した結論なんだろう。
「だっ…だから私は! 聖女の力を使って、皆を助けるんです!」
「アレクシアさんの志は大変立派ですわ。邪魔するつもりもありませんが、その皆という中にアカネ聖国と魔王国の人民は含まれていますの?」
「へっ? そっ…それは…その」
明らかに狼狽するアレクシアに向かって、わたくしは言葉を重ねる。
「今は比較的平穏ですが聖王国にとって、アカネ聖国と魔王国は基本的には敵国です。さらに勇者召喚の目的はアカネさんと現魔王の討伐。
このアカネピックが終わったあと、聖王国はどのような手を打つつもりですの?」
「そっ…それは、他の国とも皆仲良く…」
彼女の言葉が少しずつ小さくなっていく。その答えはアカネさんとわたくしたちが目指す道だ。
しかし勇者二人は四位となり、聖王教会の権威の回復は難しくなっている。このまま平穏に終わるはずがないのだ。
「すぐには動きませんが、戦争が起こりますわよ。攻め込まれるのはアカネ聖国か、復興中の帝国か。それとも貴女たち勇者を魔王国に当てるつもりでしょうか」
「そっ…そんな! 嘘です! だって…そうならないために私は!」
きっと血を流さないために聖女の力を使って、皆を救ってきたと言いたいのだろう。彼女のその一点だけはアカネさんと同じだった。
「でしたら素直に他の国々に頭を下げて援助を頼むべきだと、偉い方々を説得することですわね。そうでなければ聖女の力で迷える民をいくら救おうと、聖王国の崩壊はもう避けられませんわよ」
目の前のアレクシアの顔が青くなっている。このままでは不味いと薄々ではあるものの感じていたのだろう。それならばまだ望みはあるだろう。立て直せるかどうかは本当にか細い望みだが。
もしアカネさんが聖王国崩壊の報告を受けたら、きっとうどんでも食べながら、そっかー、あの国とうとう潰れちゃったかー…と、悟ったような顔をしながら適当に現実受け止めることだろう。
その後救いの手を差し伸べるかどうかは、わたくしたちの進言に左右されるだろうが、アレクシアの頑張り次第では、少しぐらいは査定を甘くしてあげてもいいかもしれない。
「それでアレクシアさん、顔色が良くないようですが大丈夫ですの? 体調が悪ければ医務室で休んだらいかが?」
「あっ…はい、ご心配ありがとうございます。私、この試合…きっ…棄権します」
わたくしにお礼を言い、ペコリと頭を下げて試合会場をあとにし、ふらつく足取りで医務室へと向かう弱りきったアレクシアを見送りながら、他の二人とは違って聖女は少しは見込みがありそうだと感じた。
しかしどんな聖女の力を持っているのかは結局わからなかったので、それだけが不満といえば不満だった。
<レオナ>
前の試合の結果は、一位アカネ聖国、二位魔王国、三位連合国、四位聖王国となった。なお、詳しい試合内容は見るに堪えないので割愛する。
何しろ拘束した四体の巨大な魔物を死ぬ寸前まで傷つけて、そこに回復魔法をかけて完治させる速度を競う競技なのだ。
案の定観客の中に気分が悪くなり嘔吐する者が続出したため、もし万が一にも来年以降にアカネピックが開かれることがあれば、その時の支援の部は違う競技にすることを、アカネさんは皆に約束した。
選手に怪我人は出なかったものの会場の観客たちが落ち着くようにと、魔法の部が始まるまでの時間をしばらく開けることとなった。
やがて試合が始まり、私は第一試合の連合国の魔法使いを難なく倒した。
今は前の試合の大火球の魔法で大きな穴が開いた地面の補修を行うため、白線の外で待っている。
すると私の次の対戦相手である、屈強な肉体を持ち角を生やした大男が、すぐ近くまで来て話しかけてきた。体格は斧を持っていた牛男よりも身長が高く横幅がややスマートに見える。
「我を恐れずによくここまで来たな。人間の勇者よ!」
「私は勇者じゃない」
腕を組んで堂々とした態度で私に話しかけてくるこの男は、名前はグレゴリオ、現在の魔王であった。聖王国の勇者である大魔法使いロマーヌは、魔王が唱えた大火球の魔法を受けて敗北したのだ。
「勇者とは私が戦いたかったのに、残念」
「仕方あるまい。複数人で攻めてくれば魔王といえど負けることもあるが、魔法使いたった一人で何が出来よう」
今回の試合のルールは、外からのダメージを防ぐブレスレットをそれぞれに渡され、小さな結界が壊れるほどのダメージを感知すると、自動的に担当のメイドさんが待機している場外に瞬間的に転移される。もしくは降参すれば負けである。
さらにロッドや魔法使いの装備一式も全てが支給品となり、自前の魔力勝負となっている。
魔王と戦う時は勇者は複数パーティーで攻めるのだから、今回の敗北は仕方ない気がする。前衛職に頼れない魔法使いが単独で魔王と戦うなど、もはや絶望しか感じない。
「一発目の大火球を防御魔法で防ぎきったまではよかったが、すぐにその場を移動しなかったからな。その後の二発目の大火球の直撃には耐えられなかったようだな」
目の前の魔王が太い指でアゴの下をかきながら、勇者との戦いを分析している。
私なら大火球を直接受けずに転移で背後に周り、大魔法ではなくすぐに発動する下級の魔法で攻撃して相手の隙を探るだろう。
「次はお前と戦うことになるが、よろしく頼む。相手が女子供だろうと我は手を抜かぬからな。やり過ぎたとしても恨むなよ」
クックックッと不敵に笑いながら、大男は私を真っ向から見つめてくる。
「間違っても先程の勇者よりも早くやられるなよ?」
「んっ…善処する」
正直なところ、人間を越えた力を持つ勇者を倒した魔王に単独で挑むのは、私でも厳しいと思っている。
種族人間の頂点が勇者ならば、種族魔族の頂点が魔王だ。平均的な地力は魔族のほうが圧倒的に上なのである。単独で戦った場合、大魔法使いロマーヌのように数分保てば善戦したほうである。
「それにしても、お前の上司である女神だが」
「アカネさんが何?」
「ぜひ一度戦ってみたいものだ」
魔族というのはつくづく戦闘狂のようだ。それだけ自分たちの種族の強さには、絶対な自信があるのかもしれない。
かつての魔王を瞬殺し、三日だけだが歴代最強の魔王として立ったアカネさんだ。相手が目の前の大男でも負けている姿が想像出来ない。
しかしそれを許すわけにはいかないので、私はそっと口を開く。
「それは無理」
「ほう、何故だ?」
「まだ私を倒してないから。この私にも勝てないようなら、アカネさんに挑戦するのは諦めたほうがいい」
本当はアカネさん自身が面倒くさがりで、さらに戦うのが好きではないという理由だが、それを言ったところでこの大男の意思は変わらないだろう。
ならばここは私が防波堤になるしかない。何よりいくら相手が魔王でもここまで三連勝しているのだ。私だけ黒星をつけたくないのだ。
「ほうっ! よく吠えたな! それでこそ我に挑む資格があるというものだ! なるほど! 確かに先程の勇者より楽しめそうだ!」
「別に楽しませたいわけじゃない」
目の前の大男を楽しませたいわけではなく、勝ちたいのだ。勝利のためには危ない橋を渡るのも躊躇うつもりはない。
やがて試合会場の修復が終わったので、担当のメイドさんが私たち二人を呼びに来る。
いよいよ魔法対決がはじまる。アカネさんのためにも、この試合負けられない。魔王グレゴリオと一緒に試合場に向けて歩きながら、勝つための道筋を色々と考える。
「さて、これから我とお前が戦うわけだが、一つ賭けをしないか?」
「必要ない」
「まあそう言うな。このような祭典は久しぶりなのだ。それに我と張り合える程の強者との戦いもな。少しでも楽しもうじゃないか」
私と魔王は試合場の中に入ると、一定の距離を取って向かい合っていた。僅かに引かれた白い線の前に立ち、グレゴリオはこちらに語りかけてくる。
「上司の女神にも興味はあるが、我はお前が気に入った」
「私は別に気に入ってない」
「ふむ…別にということは一応脈はありそうだな。
賭けの内容はこうだ。この試合でこちらが勝てば、レオナを我の妻にもらう!」
これだけ多くの観客が見ており、なおかつ全世界放送の中で堂々と告白してきた魔王に唖然としてしまう。
「レオナが勝った場合だが我の命でも何でもやろう。人間に負けて強者でなくなった魔王など、もはや存在価値はないからな」
やはり戦闘狂だった。連合都市の大賢者といい今回の魔王といい、つくづく私は変な相手にばかり好かれるものだ。
「もし断ったら?」
「力ずくでも我の妻にするだけだ」
どうやら私に選択肢はないようだ。今世界中がこの告白の行方に注目しているだろう。
力に物をいわせて何とかしようにも相手は魔王だ。アカネさんなら歯牙にもかけなくても、ただの魔法使いであるレオナには強敵である。仕方ないかと溜息を吐いて自分の運命を受け入れた。
「わかった。その賭けを受ける」
「そうか。受けてくれるか! では、存分に戦うとするか!」
交渉事を軟着陸はさせられたものの、種族的な優位だけでなく会話的にも主導権を取られてしまい、戦う前から私は防戦一方だ。
やがて審判のメイドさんから試合開始が告げられ、私は支給品のロッドを構える。
しかし目の前の魔王は魔法使いの杖を持っていない。人間とは体の作りが違うようで、皆魔力が高く魔法の扱いにも優れており生まれつきロッドに頼らない無詠唱を修得しているのだ。とても羨ましい。
「先に仕掛けさせてもらうぞ!」
前の試合でロマーヌを吹き飛ばした、通常の火球の十数倍の大きさの大火球の魔法が完成したのか、魔王から私に一直線に飛んでくる。
「んっ…大氷柱」
勇者のように結界を張ることなく私は空気中の水分を集めて固め、まるで大木のように巨大なツララを作り出して、魔王の大火球の軌道にぶつけて強引に相殺する。当然のように試合場の中央付近で大爆発が巻き起こった。
周囲には大量の水蒸気がまるで濃霧のように広がって視界が狭まり、少し先すら見えなくなる。
私はその間に元いた場所から足音を立てないように気をつけ、無詠唱で新たに魔法を構成しながら小走りに試合場を移動する。
「ほうっ、目くらましか! ならばっ! この程度でやられるとは思わんが!」
魔王の言葉が聞こえたのと、私の元いた場所にすぐさま大火球の魔法が撃ち込まれるのは同時だった。取りあえずこれで大魔法使いロマーヌよりは長生きしたことになる。
再び起こった大爆発で地面に大穴が開き、巻き起こされた爆風で試合場に広がる濃霧が片っ端から吹き飛ばされていく。
再び互いの姿を確認したあと、先に魔法を完成させた私は必殺の一撃を放つ。
「んっ…黒鳥」
私が空中に生み出したどす黒い炎の塊がやがて巨大な鳥へと姿を変え、魔王に向かって一直線に襲いかかる。
「我が知らぬ大魔法か!? だがこの程度ならばっ!」
先程大火球を唱えたばかりのため迎撃が間に合わないと判断した魔王は、片手を黒鳥の方に突き出して、身を護るための結界を張る。すぐ後に私の魔法と防壁が激しくぶつかり合い、バチバチという音と共に青白い火花で周囲を明るく照らす。
よく見ると魔王の展開する障壁のあちこちに、小さな亀裂が入っていることがわかる。
しばらく拮抗状態が続いたものの、私が生み出した黒い炎が少しずつ小さくなっていき、やがて完全に消えてしまった。
「ふぅ…なかなかに肝を冷やさせてくれる。むっ…いない!? 上か!」
魔王が黒鳥を結界で防いでいる間に、私は次の魔法を完成させ黒炎が消滅する寸前に転移で彼の直上に飛んでいた。魔族特有の魔力感知で私の位置に気づいたとしても、もう遅い。
「これで私の勝ち」
これは世界樹の神が生み出したアンデッドを倒す時に使った魔法だ。あの時は複数人の魔法使いたちの助けを借りて唱えたのだが、今回は私一人だけなので矢の数は少ないが試合場全てを覆う程度なら問題ない。
上空に広がる数えきれない本数の黒い矢を視界に収め、魔王の額から思わず冷や汗が流れる。今回の目標は直下の一人だけなので狙いを付けるのも簡単だ。
「漆黒の雨」
瞬間上空から無限とも思える黒い矢が魔王を目がけて雨あられと降り注ぐ。それを彼は今度は片手だけでなく、両の手を使って結界を張って防御に専念する。
凄まじい勢いで防壁に衝突する漆黒の雨を防御するため、魔王は全力で結界を維持し続ける。やがて全てをしのぎ切ったのか上空の黒い矢が一本もなくなり、周囲も静寂に包まれる。
「こっ…ここまでとはな。本当に驚かせてくれる。しかし、これ程の大魔法だ。試合中はもはや二度とは使えまい」
人間と魔族では基本となる魔力量が違い過ぎるのだ。いくら破壊力のある大魔法が使えたとしても、数発も放てば魔力切れになってしまう。それに今回は魔王が全力で防御しなければ、防ぎ切ることすら不可能な程の破壊力だ。
黒の矢が撃ち込まれ続けた影響で地面は穴だらけとなり、砂煙を巻き上げられて視界もよくないが、周囲の魔力反応も感じなくなったため、もはや二度目はないと確信し、彼は軽く息を吐いて張っていた結界を解く。
「さて、今度は何処から…」
「私の勝ちと言ったはず」
予想通り結界を解いてくれたことに感謝しつつ、私は直下の魔王目がけて自由落下に身を任せる。
みるみる縮まっていく二人の距離に魔王は慌てて結界を張ろうとするが、今度は間に合わない。いや、間に合うわけがない。思えば彼は常に片手だけで戦っていた。
私の生み出した黒鳥を防ぐのも片手だけだった。耐久力的にかなりギリギリだったはずなのにだ。両手を使えばもっと安全に戦えるのにどちらかの片手しか使わない。
そこで私は魔王は連続魔法の使い手だと当たりをつけた。ここまで近づいても何の魔法も発動しないということは、どうやら正解のようだ。今までは左右どちらかの魔法を待機状態にしていたようだが、今さら間に合うものか。
「んっ…黒刃」
私は何の効果もない試供品のロッドを魔法で強化する。そして自由落下の勢いのまま、直下の魔王に向けて黒く輝くロッドを思いっきり振りかぶり、勢いのままに全力全開で叩きつけたのだった。
瞬間、魔王の姿がかき消え、そのすぐ後に私も地面に叩きつけられた衝撃で判定用の結界が壊れ、転移の魔法で場外に飛ばさせれる。
結果的に私のブレスレットも砕けたけど先に転移したのは魔王のほうだ。つまり時間差で私の勝利ということだ。
強制的に二人共場外に飛ばされ、審判のメイドさんが観客に結果を告げる。予想通り私の勝利であった。
会場中から割れんばかりの歓声が人間の魔法使いの私と、そして健闘を讃えて魔王グレゴリオの二人に向けられる。これ程の魔法対決はそうそう見られない。この先はアカネさんの気まぐれ次第だが、一年に一度見られるかどうかだろう。
「我の完敗だ。…レオナの勝ちだ」
「んっ…かなりギリギリだった。けと勝利」
私も白星を飾れたので他の皆同様に誇らしく感じる。
思わずフンスと興奮気味に鼻を鳴らす。これでアカネさんに胸を張って報告出来るからだ。
試合に負けた魔王は何処となく満ち足りた表情を浮かべて、私に話しかけてきた。
「賭けの約束通り、我はレオナのモノになろう」
「いらない。拒否。返品」
本当は連合都市の大賢者の老人もいらないのだが、アカネさんが許可を出したので、仕方なく遠くから観察することを許可しているだけに過ぎない。さらに目の前の魔王など欲しくはなかった。
「それは出来ない。魔族にとって契約とは命より重いものだ」
「んっ…困った。では、アカネさん預かりで」
困ったときのアカネさんである。私では判断しかねる。彼女のことなので、あの老人のように遠くから見守る等、今回もこちらの生活に考慮した判断をしてくれるだろう。持つべきものはアカネさんである。
「わかった。レオナの上司の判断に従おう」
「んっ…じゃあ、そういことで」
「ああ、また閉会式でな」
そう言って私は、嬉しそうな笑顔を向ける魔王と別れて、選手控室へと向かうのだった。漆黒の雨を使ったせいで魔力は殆ど空っぽである。
さっさと横になって閉会式までは大型モニターの前で、のんびりと試合を見物したいものである。
しかしこれだけの強さの魔王でも、それより強い人間や勇者に一度負けただけで下等な魔族扱いされるものなのだろうか? 実際に戦った私には、彼以上の魔族がそうそういるとは思えない。
もしかしたら今までは弱い人間に負けたという評判や噂だけを聞いて、魔族の面汚しだとばかりに降格し続けていただけなのではなかろうか。
となると、今回のアカネピックは全世界放送のため魔法勝負での魔王グレゴリオ以上に戦える魔王が名乗り出ない限り、降格はほぼないのでは? そんなことを考えながらいつの間にかたどり着いた選手控室の扉に、そっと手をかけるのだった。




