勇者
<アカネ>
いつもの会議室で毎度のメンバーが勢揃いする中、アタシは椅子にこしかけながら緑茶をすすり、アルファの定期報告を待つ。
帝国の復興もここ数ヶ月でかなり順調に進行しており、世界樹の神が生み出したアンデッドの掃討もあらから終わり、帝国全土の治安も安定してきたため、あと一年以内には全部隊が引き上げられそうだ。
そして巨大なドラゴンゾンビをボコボコにした事件以降、これといった問題も起こっておらず、まさに順風満帆と言っていいだろう。
「ご主人様、問題が起きました」
「ああうん、何かそんな気がしてた」
短かったね。アタシの快適引き篭もり生活。コトンと飲みかけのお茶を机に置いて、溜息を吐きながら筆頭メイドの話の続きを聞く。
彼女は会議室中央の3D世界地図の視点を何度か変え、魔の森のアタシの屋敷から南へ南へと移動して、やがて聖王国のとある都市でピタリと止める。
「先日、聖王国の魔法使いたちが特殊な召喚魔法を使用しました」
最近の召喚魔法といえばハイエルフたちの神の復活を思い出す。あれは魂を別の場所から召喚する魔法だったはず。今回も同じなのだろうか。
もしかしたら聖王神も世界樹の神と同じように抜け殻なのかもしれない。それは困る。とても困る。女神アカネ教を信じる者たちの押しつけ先がなくなってしまう。
しかし聖王国って、アタシにとってろくなことをしてないような…と、ふと思い至った。
「そしてとある異世界より、勇者が呼び出されました」
「勇者? 何それ? 外人? 歌?」
本当はわかっているけど取りあえずボケてみた。アタシにとってそれぐらい意外だったのだ。聖王国には聖王神という本物の神様がいるはずで、困った時の神頼みという言葉もあるんだから、不味いと思ったら勇者を呼ぶより先に、目の前の神様に助けを求めればいいと思うんだけど。
わざわざ召喚する必要があるのだろうか。何なの? 国内選手があまりにも頼りないから、監督である神様自らが外国人助っ人でも呼んだの?
どちらにせよ、聖王神が存命している可能性が残っててよかった。
「勇者とは異世界より召喚される人間たちの呼び名です。
勇者は召喚者が作り出した境界の門で魂を抜き出し、この世界での人知を超えた肉体を自動修得させます。まさにそれぞれが一騎当千と言えるでしょう」
「まるで神様みたいだね」
「はい、神を大幅に劣化させた状態です」
神と勇者。何処が違うのだろうか。出来るだけ簡潔にアタシにもわかるようにお願いと、アルファに細かい注文をつけて聞いてみた。
「まず勇者ですが、異世界人限定で不老不死ではありません。
使用出来る能力も制限があり、世界の範疇は越えられません。しかし相性や能力次第では、神の足元に届く可能性があります」
なるほど。桁違いに強い人間という感じだろうか。それでは神のほうはどうなのだろうか。
「神は異世界からやって来たり、この世界で生まれたりと、種族も法則も多種多様です。
また不老不死であり、使用出来る能力は制限がなく、世界の法則にもあてはまりません」
アルファに神のことを聞くが、該当範囲が広すぎて余計にわからなくなった。何でもやりたい放題できる存在ということだろう。一つ前に聞いた勇者と違って規模が違いすぎるのだ。宇宙の外から来た系の正気度が下がる神様だったら、まともに会話が通じるのか不安になる。
「うーん、わからないね」
「何がでしょう?」
「いやね。神や勇者がとんでもないのはアタシでも何となく察するけど、そんなデタラメな存在がこの世界に来て一体何をするの?
目的とかあるの? この間の骨みたいにムシャクシャして好き放題に破壊した。今は反省しているとかだったら、すごく困るんだけど」
神や勇者がアタシのいる世界に来て、まさか! 暴走!? となったら本当にシャレにならない。この間の不完全な世界樹の神ではなく、完全体の神に生存本能だけで暴れ回られたら、今いる世界はあっという間に破壊し尽くされてしまうだろう。
「勇者に関しては召喚した人間の魔法使いたちが強制送還を行うという、外付け安全装置があります」
外付けなのが不安だけど、取りあえずトラブルが起きたらその時に送り返せばいいやという思考だろうか。それに世界の範疇に収まっているのなら、寿命が尽きたり突然の死なのども起こりうるので、全力で暴れてもそこまで深刻な被害にはならないかもしれない。せいぜい大国の一つがミンチよりひでぇやになるぐらいかな? かなり深刻だけど厄介者を呼び込んだコラテラルダメージと思っておこう。
それと、人間の魔法使いということは聖王神が直接召喚したのではないようだ。これならちょっとぐらい勇者とトラブルが起きても戦闘さえ回避出来れば、保護者件監督役が出張ってくることはなさそうだと思い、アタシは少しだけ気持ちが楽になる。
「神に関しては天使が安全装置となります」
天使とは、あの白い羽根と頭の上に輪っかがついた美男美女の人間のことだろうか。それとも、らら、ららら、天使の行進…というように、白くでっかい赤ん坊のような恐ろしい天使なのだろうか。
その存在が神に対してどのように働くのか、アルファはアタシに丁寧に教えてくれる。
「天使は一人一人が神に匹敵する力を持っており、種族も定まっていません。また、神に仕える絶対服従の手足であり、近しく信頼出来る者でもあります」
天使と神は仲良しこよしということだろうか。しかし、とても安全装置の役割が果たせるとは思えない。むしろタッグを組んで世界中をシッチャカメッチャカにしそうである。
「天使たちは皆、神の命令には絶対服従ですが感情がないわけではありません。その者たちの不満が限界を超えると…」
「限界を超えると?」
そこでアルファが一呼吸置き、アタシは次の答えを緊張して待ちながら、思わず生唾をゴクリと飲み込む。
「神をボコボコにします」
「…神をボコボコにするんだ」
つまり神は経営者的な面もあるということだろうか。絶対服従の天使たちを怒らせないように使いこなさなければいけないと。
思わずアタシには絶対に無理だよ…と、お手上げのポーズで両手を万歳したら、アルファたちメイドさんが呆れた表情でこちらを見つめてきた。うん、だからそんなに軽蔑した視線を送らなくても、自分でも部下を率いる素質が皆無なのはわかってるよ。
「コホン! 説明を続けますが、天使は世界を崩壊に導くような命令を受けると、神に対する不満が上がっていき、逆に世界を安定に導くような命令を受けると不満が下がります」
「なるほど…そうだ。不満が下がるのも限界とかあるの?」
「はい、不満が限界を超えて下がると…」
ちなみに命令ではなく、天使が自分で世界を崩壊させようとするのはセーフらしい。まあ壊すのを激しく嫌う天使が自分から手を下すわけないので、当たり前といえば当たり前である。
それにしても下がると何が起こるのだろうか。不満の限界値は上司への反逆である。その逆はどうなるのか。アタシはアルファの次の言葉を待つ。
「神への好感度が上がります」
「…好感度が上がるんだ」
何だか思った以上に天使という存在は訳がわからない。訳のわからなさからすれば、滅茶苦茶な力を持つ神とどっこいどっこいというところだろう。
何だか呆れてしまい、アタシの中では神も勇者も天使も、全てがどうでもよくなっていた。
「ああうん、ありがとうアルファ。取りあえず話を元に戻してよ」
「では、聖王国が勇者を呼び出したところからですね。召喚された人数は五人、皆が若い人間で男性が二名、さらに女性が三名となります」
男二人と女三人の五人組の若者ね。アタシは思わず目の前に座っている子供たち五人に視線を向ける。壁の花に徹しているメイドさんたちも、アルファの情報を聞いて思わずチラチラと横目で見つめていた。
「ご主人様の考える通り、今回の勇者召喚は私たちへの挑発行為に間違いありません」
「うむむ、…と言うと?」
「連合都市と帝国を窮地から救った女神アカネ様と五人の使徒の名前は、今や全世界に知れ渡っています」
いつの間にかその噂すごく広まったよね。アタシがやったことといえば、今の今までメイドさんたちに仕事を丸投げし続けて、魔の森の奥に引き篭もってるだけなのにね。
まあ実際に有名なのは、なんちゃって偽女神ではなく、五人の子供たちのほうだろうけどね。
だからなのかもしれない。アタシは聖王国が五人の勇者を呼び出した理由を察して、小さく声を漏らす。
「二匹目のドジョウ」
「ご主人様の言葉の意味はわかりませんが、考えている通りかと。聖王国は召喚した勇者の五人こそが聖王神様の使徒である! …と世界中に宣告しました」
聖王国はこっちが本家だぞ! と言ってきた。向こうには本物の聖王神がいる。
そして偽女神は目の前の五人を使徒でなく、仲のいい子供扱いしかしていない。つまり立場的には割と放置でもいいのだけど、何故か皆はアタシと考えることが違うようだった。
「ご主人様、ここは受けて立つべきかと」
アルファたちメイド衆が瞳の奥に闘志を燃やしながら、珍しく自分の意見を強く進言してくる。
何だか筆頭メイドだけでなく他のメイドさんたちも、神様系の話題になるとやけに好戦的な気がするんだけど、何でなの?
アタシが我関せずと成り行きを見守っていると、子供たちの五人も乗り気で口を出してきた。
「どちらが本物か世界中に知らしめるいい機会だ。腕が鳴るな!」
「無視してもいいですが、せっかく向こうから名乗り出たんです。相手をしてあげないと可哀想だと思いますよ?」
男の子二人組が腕や肩をコキコキ鳴らしながら、挑発的な笑みで意見を言う。続いて女の子三人にそっと視線を移す。
「わたくしは戦いは苦手ですが、アカネさんの名を貶めないよう精一杯頑張りますわ!」
「勇者という研究対象は貴重。どの程度の魔法まで死なずに耐えるのか実験したい」
「また煩わしい羽虫が飛び回っていますし、ここは一度身の程をわきまえさせたほうがいいと思います」
唯一の良心である支援部隊のロレッタちゃんまでやる気になっている時点で、賛成多数で勇者五人との戦闘は避けられそうにない。しかし、ただでさえ世界情勢が不安定になっているのだ。聖戦勃発は絶対に駄目だ。
相手のトップである聖王神が出てきたら、アタシのような小娘なんてアリのようにプチッと潰されてしまうに決っている。
せめてアタシの話を聞いてもらえるよう、最低限中立的な関係を維持しないと偽女神の信者を丸ごと押しつけられないだ。
そのためには世界大戦の回避は必須である。アタシは少ない脳みそからプランAをひねり出すため、ウンウンと唸りながら考える。
「今は色んな所で聖王国への不満が溜まってるし、万一爆発したら今度こそ聖戦待ったなしだから戦闘は絶対に駄目! 断固反対!」
アタシが目の前に両手でにバツ印を作っても皆不満気にしている時点で、何らかの具体案を出さない限り勇者五人とのガチバトルは止められないだろう。
そう言えば互いの国同士が戦争以外で勝敗を決めるのなら、あの祭典があったはずだ。
「うっ…うーん、闘技場? それともオリンピックだったかな?」
「ご主人様、何か案があるようですね」
まだ頭の中がグルグル回ってはいるものの、聖戦回避のためにない知恵を絞る。
「ええと、つまり国同士じゃなくても、どっちが本家かとか優劣をつけるだけなら、別にノーガードの殴り合いをする必要はないんだよ」
皆がアタシの話を真剣に聞いてくれている。ここで説得に失敗するわけにはいかない。
「つまり聖王国の使徒五人対、女神アカネの使徒五人が各個人競技で白黒つけるよって、全世界に発信する感じ?
開催国を何処にするかなんだけど、連合都市は土地の持ち主も建物も埋まってるだろうし、アタシが強引に広大な土地を売ってよって言うのは難しいね。…となると」
筆頭メイドが、ご主人様が望めば建物を破壊してでも喜んで差し出しますが? と言っているが、何をするかも不明な祭典に、余所者が使いたいからって、先祖代々の土地をホイホイ差し出す人はいないよ? アルファ、頭大丈夫? 調子悪いなら今すぐ休んだほうがいいよ?
アタシがそのようなことを言い、彼女の身を真剣に案じていると、やたらと生暖かいような視線が自分に集中する。さっきから何だと言うのかね、君たちは。
「とにかく、今の帝国なら使える土地が余ってるとは思うけど、区画整備計画に今から強引に割り込ませるのもちょっとね。
魔の森のアカネ町と聖王国はお互いのホームだから論外だし、今回は中立国がベストだろうけど…うーん! うーん!」
何だか久しぶりに小さな頭を使いすぎて、プスプスと白い煙が出ているような気がする。そんな時、考えがまとまらないアタシに代わって優秀なアルファが助け舟を出してくれた。
「ご主人様、それでは魔王国を開催国として使わせてもらいましょう」
「どういうこと?」
「魔王国は実力至上主義です。こと勝負となると強い興味を示すでしょう。それが不倶戴天の勇者となれば、なおさらです」
しかし魔王と勇者とは、何だか出会った瞬間にその場で殺し合いがはじまりそうなんだけど、大丈夫なのだろうか。
「確かに過去の魔王は何度となく聖王国の勇者に倒されています。その影響で全世界での聖王教会の影響が強くなりました。
今回もまずは五人の使徒とご主人様、次に魔王を討伐して権威の回復を狙っているのは確実です」
なるほど、つまりアタシと魔王はいわば勇者という同じ敵を持つもの同士、今なら仲間としてアタシの意見も通りやすいだろう。それで光と闇の果てしないバトルを回避出来るかと言えば、微妙なところだろうけど。
「今ならばさらに連合都市と帝国の意思も統一されており、後押しも容易かと」
聖王国も流石に、偽女神アカネの火薬庫となっている二国の意見に真っ向から反対して大爆発させる真似はしないだろう。権威を回復出来ればいいと言うなら、穏便な勝負のほうが気が楽である。
それに魔王国も、勇者が召喚されるたびにいちいち国のトップが倒されていては、国内の運営が立ち行かなくなるので、もしかしたら今回だけは協力してくれるかもしれない。
さらに上手くすれば、いい勝負だったぜ。へへっ…お前こそ…と、お互いに友情が芽生えて国同士の関係が改善される可能性まである。今はまだ険悪な雰囲気の二国だけどね。
「ふむふむ、アルファ。その流れで進めてよ。あとなるべく怪我人は出さないよう配慮してね。万一死傷者なんて出したら、現場の管理責任を問われて明日の朝には首吊りローブの下で冷たくなってるかもしれないし」
おお、怖い怖い。まあアタシは不死属性持ちだから、ロープに首をかけたぐらいでは死ななさそうだけどね。
アルファは口元に手を当てて、少し考え込んでいるようだ。
「ご主人様、特に優れた成績の者には、褒美等は何かあるのですか?」
「うーん、一位が金、二位が銀、三位が銅の特別なメダルを贈呈だよ」
あとお金が少しもらえると聞いたけど、そちらは国からだったかな? まあ商品はその時になったら考えればいい。今の問題は聖王国の顔を立てて、出来るだけ波風を立てずに軟着陸させることなのだから。
「わかりました。しかし選手だけではなく、一番多くメダルを集めた参加国にも何らかの褒美を与えましょう」
「参加国にも? 選手と同じようにもっと多くのメダルかお金でいいんじゃない?」
アタシの提案にアルファは何かピンと来ないようにしばらくの間視線を彷徨わせて、再びこちらを真っ直ぐ見つめる。
「ご主人様、少し手伝っていただけますか?」
「アタシ? …別にいいけど」
そして会議室の椅子に腰かけたまま、アルファやメイドたちと子供たち五人と色々と今後の計画を練る。基本的にアタシは時々相槌を打ったり、黙って聞いているだけである。
しかし彼女がわざわざ手伝って欲しいと言ったのだから、きっと何か重要な役割があるのだろう。
筆頭メイドも当然わかっているだろうけど、アタシは自分から動く気はないので、お飾り状態を維持したままで皆の役に立てるとは思えないけどね。
全世界を巻き込みたくはなかったものの、強制的に巻き込んでしまうとある祭典が開かれるある秋の日の昼近く。
ようやく暑さが和らぎ、涼しい風が吹き始めた魔王国の名もなき村には、大勢の観客が詰めかけていた。
皆が集まって来ているのは広大な横長の円状の建物。さらに観客だけでなく、屈強な戦士や、長年研鑽を積んだ魔法使い、鋭い目で遠くを睨む弓使い等、そのような一目で達人だとわかる人間だけでなく、同様の亜人たちの姿も伺える。
既に階段状に作られた客席には長い円状の中央の広場を見渡せす観客で溢れており、当然のように全ての席が埋まっていた。十万人近い熱狂に浮かれた人間と亜人も混ざった多くの人々が、今日のいう日の特別なイベントがはじまる瞬間を、今か今かと待ちわびていたのだ。
やがて選手入場! …という担当のメイドさんの声と共に会場の門が開き、各国の戦闘や魔法に優れた代表者が順番に姿を見せる。
観客席の上部に何枚も張られた黒く巨大な魔法板にも、各国の代表の選手名と歩いている姿が拡大されて、順番に映し出される。
そのまま正面に立つリーダーが国の名前と国旗がかかれた白い木の板を堂々と掲げて、広場を規則正しく整列したまま長円状で土がむき出しの地面をゆっくりと歩き、一周したところで中央へと移動して、じっと何かを待つ。
今回の参加国は魔王国、聖王国、連合都市と帝国の二国は今回は連合国として参加、残る一つは大会に合わせて国を名乗ることとなった、その名はアカネ聖国である。
なお、その国のトップである女性は自分の名前が使われることを頑なに拒否したが、反対一と賛成多数で、強引に可決されることとなった。
その四国が広場の中央に集まりしばらく待つと、やがて空中に黒い球体が突如として現われ、次の瞬間には無数の光がひび割れから漏れ出したかと思うと音もなく消え去り、艷やかな黒髪と黒く澄んだ瞳、そして白くみずみずしい肌を漆黒のドレスを隠し、まるで神話に出てくる美の女神のよう女性が、会場の空に静かに浮いていた。
やがて彼女の足元に青色の半透明で六角形の硝子板が現われ、その上にゆっくりと降下し、二本の足で大勢の観客と選手たちの前にしっかりと立つ。
そして硝子板の上に立つ女性と全く同じ動きをする半透明な巨人を生み出し、拡声の魔法を使うと会場に集まっている全ての人々に語りかける。
「あーあー…コホン! 知ってるとは思うけど、アタシがアカネだよ」
アルファたちメイドさんも全世界放送なので張り切っている。今ごろ各地の教会では、黒い魔法の板にアタシの姿が映っていることだろう。さっさと全部言い切ってカメラの視界から逃げようと、アタシは会話に集中する。
「今日は第一回アカネピックに集まってくれてありがとうね。まあ二回目以降は開かれることはないけど、この日のために鍛えた腕や魔法を存分に奮ってよ」
会場の皆が真剣にアタシの挨拶を聞いてくれている。全世界という大勢の人たちの前で喋るのはかなり恥ずかしいので、早めに終わらせたい。
「試合内容は、四国の五人の代表が各個人競技で競い合うこと。怪我はなるべくしないようにね。死亡なんてもってのほかだよ! そんなことになったらアタシ泣くからね!」
本当に吊し上げは怖いからね。いくら回復魔法があるとはいえ不意の事故では対処も難しい。万が一とかどう阻止すればいいのか。一瞬、観客や選手たちに責任を問われてワッショイワッショイされている場面が脳裏によぎり、ブルルッと震えて思わず半泣きになる。
「ちなみに優秀賞は、一位が金、二位が銀、三位が銅のそれぞれの今日だけの特性メダルだよ。あとはうちから金一封がでるね」
お金で解決するのは小狡い気がするけど、争うよりはいいのだ。多分被害総額も少ないはず。今はそう信じたい。何よりガチの神様の怒りを買いたくなかった。
「ええと、次の優勝商品って本当に必要? まああくまでも権利だから、その気になれば拒否出来るしいいか」
正直今から言う優勝賞品は、本気で必要ないと思っている。こんなのどの国が貰っても嬉しくない。でもまあ、聖王国だけは権威的な意味で欲しいかもしれない。
「第一回アカネピックでもっとも多く優秀な選手が出た国は、このアタシに一年の間、十日に一度食事を奢ってもてなす権利を差し上げます」
こんなの誰が欲しがるのかと思ったら。長円形の会場の全ての人々の口から、怒号にも似た雄叫びが響き渡った。きっと偽女神アカネにお食事奢り権が気に入らないのだろう。当然わかってたよ。
「もちろん、この権利は拒否することも出来るよ! もしいらなかったら、無理に受け取る必要はないから大丈夫だよ! それでは、各国の選手の皆さんの健闘を祈って、開会式を締めくくるよ!」
最後は早口でまくしたてて、取りあえず怒っている会場の皆さんの視界から、転移を使ってアカネピックの特別室へと逃れる。
室内はアタシの寝室を出来る限り再現しており、家にあるものとは別のベッドも運び込んである。さらに壁に観戦用の巨大な魔法板がかけられいる以外は、とてもくつろげる空間だ。
廊下の扉の前にはメイドさんが交代制で常に待機しており、不審者対策も万全である。
しかし疲れた。アタシが転移して来るのがわかっていたのか、アルファがタオルを持って直立不動で控えていた。
「お疲れ様です。ご主人様」
「いやいや、本当に疲れたよ。そもそもいるの? 最後の商品?」
「はい、これがなければアカネピックは開催出来ませんでした」
うーん、確かに聖王国が勝ったときに、食事を奢って接待するにしても、偽女神のアタシを屈服させましたという宣伝に使えるかもだし、そういう意味では必要なのかもしれない。
「まあそれはそれとして、これで一休み…」
「まだです。ご主人様の役目が残っています」
「えっ? まだあるの? 正直残るはアカネピックの閉会の挨拶ぐらいしか、残ってないと思うんだけど」
開会と閉会で今回の祭典の代表者であるアタシが出る場面は正直ないと思う。そんなことを考えていると、アルファが高級な長机と背もたれのついた木の椅子を二つ持ってきて、下にクッションを敷くと巨大画面の前に並べて、こちらに座るようにと促してくる。
「別に休むのはベッドでもいいけど、アルファと二人で観戦するのも悪くないかもね」
そう言って片方の椅子に座って背中をもたせかけると、アルファが透明なガラスのコップを目の前に置いて冷たい飲み物を注ぐ。その後長めの白色の三角形の板を二つ、アタシの前とアルファの前に置き、空いている椅子に腰かけた。
「ご主人様、そろそろ近接の部の第一試合がはじまりますが、どう予想しますか?」
「うーん、攻撃魔法は禁止してるし、防具も武器も試合専用の何の効果もない、安全性を高めただけの支給品だし。まさに個人の能力がものを言うからね。正直結果が読みにくいよね」
第一試合は連合国と魔王国のようだ。土の見える地面に四角く白線を引いた内側で向かい合っている二人は、どちらも屈強な体の男性だったが、魔王国の戦士のほうが一回り以上大きく、頭部に左右に短く伸びる二本の角を生やしていた。言葉通り牛のような大男が斧、人間の男が剣を武器に選んだようだ。もちろん両方とも刃は潰してある。
しかし試合もそうだが目の前の白く長細い三角形の板も気になる。アタシの方から見た感じはただの三角形の積み木なんだけど。少し手に持って調べて見ようかなと思ったとき、目の前のモニターに動きがあった。第一試合が始まったのだ。
両選手が試合場である四角く広めに引いた白線の中に入り、審判と書かれた名札を胸元につけたメイドさんが開始を告げると、連合国の人間の戦士が雄叫びをあげながら、魔王国の牛のような戦士に一直線に突っ込んでいく。
「連合国の戦士が一直線に突っ込んで行きますが、これはどういうことでしょう?」
「人間と魔族だと地力が段違いだからね。長期戦は不利と感じて短期決戦に賭ける気じゃないかな」
人間の戦士が魔族の戦士の目前まで近づくと、勢いを殺さずに刃を潰した剣を大上段に振り下ろした。
しかし牛のような大男はそれを読んでいたのか、真正面から斧の腹で受け止めた。しばらくそのつばぜり合いが続き、やがて牛男が相手の剣ごと凄まじい力で押し返して、大きな雄叫びをあげながら斧を下段から上段へと振り上げ、防御した人間の男を場外まで弾き飛ばしてしまった。
「第一試合は魔王国の勝利ですね」
「連合国も頑張ったと思うよ。魔王国の鉄壁の守りを僅かでも崩したんだからね」
そのまま両者とも健闘を称える拍手を受けて、試合場を後にする。
次は第二試合、聖王国の勇者とアレクが戦う番だ。
<アレク>
相手は聖王国の勇者らしいが、俺には負けるつもりはない。自分だけではなく他の四人も全員同じ気持ちだ。目の前の金髪の優男を絶対に倒すつもりだ。
白線の外側から自分の試合がはじまるまで心を落ち着けて静かに待っていたとき、目の前で細剣を持った男がこちらに話しかけてきた。
「確かアレクと言ったよね? 僕の名前はベルナルド。まあ、無理に覚えてくれなくてもいいけどね」
「俺に何か用か?」
この会話は会場中だけではなく全世界生放送だ。何よりアカネさんにも当然聞こえているので、代表選手として恥ずかしい真似だけは出来ないぞと、言葉を慎重に選ぶ。
「いや、別に君に用があるわけじゃないよ?」
用がないのに試合直前にわざわざ話しかけてきたのか。何となくだが俺は、目の前のコイツのことが気に入らなくなってきた。
「用があるのは君たちのご主人様だよ。どうやら彼女と僕たちは同郷のようだからね。女神アカネの痕跡を紐解けば、すぐに気づけたよ」
「はぁ…? それはどういうことだ?」
アカネさんの故郷の話はたまに聞かせてもらうことがあるが、それが目の前の金髪優男と同じ場所だとは思わなかった。
「うん、僕たちは皆、地球って星から来たんだ。それにきっと彼女も帰りたがってる。でも、帰れなかったんじゃないかな?」
俺は質問には答えない。アカネさんが二百年以上昔、故郷に帰るために全世界を旅して回ったことを知っているからだ。その話の中にも、何度か地球という言葉が出てきたことを覚えている。
「だからこそ、彼女は君たちと一緒にいるべきじゃない。僕たち同郷の者と共に来るべきなんだ。一緒に故郷に帰れるんだよ? 君からもそう伝えてくれないか?」
「ベルナルド、お前の言いたいことはそれだけか?」
目の前の優男の顔が一瞬驚きに変わる。今の俺は笑っているのか、それとも怒っているのか、自分でもまるでわからなかった。
「ベルナルドの言葉は確かに正しい。だがそれは昔のことだ! 今は俺たちのいるこの世界こそが、アカネさんにとっての故郷だ!」
試合開始の合図を待つために、大剣を構えた俺はゆっくりと白線を越えて、目の前の男と向かい合うように試合場に入っていく。
アカネさんは故郷に帰るための手がかりを必死に探し、それでも駄目だったから心に折り合いをつけて無理やり諦めて、第二の故郷をメイドの皆と一緒に頑張って築いてきた。
それが今の、俺たちが知っているアカネさんだ。
故郷に帰れるかもと知ったら喜ぶだろうか。それとも悲しむだろうか。何よりもし今回も帰れなかったら、彼女は思いっきり泣くだろう。頼むからそんなに悲しそうな顔を、俺たちに見せないでくれよ。
「それなのに! 大切な人たちと毎日楽しく暮らしてるアカネさんに、お前らの理想を押しつけるんじゃねえよ!」
審判のメイドさんの合図と共に、俺はまるで弾丸のように一直線にベルナルドに突撃する。第一試合の連合国の戦士よりも遥かに速くだ。
しかし、ベルナルドは細剣を構えることもなく平然としていた。
「それは是が非でも手放したくないという君の我儘だ。確かにアカネさんは美しい。男女関係なく、僕たちも含めて誰もが彼女に思いを寄せ、自分の近くに置きたがるだろう。
だが、実際に故郷に帰れると知れば、一緒に来ることを望むはずだ。アレクは彼女の願いを叶えるべきだ」
「何で帰れるってわかるんだよ!」
俺は横薙ぎに大剣を振り払うが、そこには先程まで立っていたベルナルドの姿はなかった。奴は余裕の態度でこちらのすぐ後ろに回り込んでいたのだ。
「それは僕たち勇者が故郷に帰れるからだ。呼び出した魔法使いも、そう断言してくれたからね。だから彼女も…」
「ベルナルド、本気で言ってるのか?」
俺は一瞬呆気にとられてしまい大剣の刃先を地面に付けたまま、動きを止めて目の前の男をマジマジと観察する。
「その通り、本気さ。どうやら、君もようやく理解したようだね」
「ああ、ようやく理解したよ。お前がどうしようもない程の大馬鹿野郎だとな」
「なっ! それはどういう意味だ!」
どうやら本当にわかっていないようだ。この程度の頭しか持たないのなら、聖王国にとって勇者という存在はさぞかし扱いやすい手駒なのだろう。
「確かにお前たち勇者は帰れるかもしれないがな。アカネさんだけは絶対に無理だ」
「何故断言できる! そうと決まったわけじゃないだろう!」
目の前の優男から穏やかな笑みが消えて、怒気を含んだ感情が表に出てくる。
「お前、この世界に呼び出される前に、門を通ってきただろう?」
「門? ああ、おぼろげにだが覚えているな」
「大きさはどのぐらいだ? 魂が通れるぐらいか?」
「何で君が魂のことまで知ってるんだ? …まあいい。数人分の魂が並んで通り抜けられるぐらいは余裕があったはずだ」
ベルナルドはしばらく思案したが、やがてこちらの質問に淀みなく答える。これで確定してしまった。アカネさんは故郷には帰れないと。
力を殆ど失っていたという世界樹の神でさえ、千を越える魂を食らってさえまだ完全復活にはならなかったのだ。彼女の肉体は見た目こそ小さいが、魂だけとなれば一体どれ程の大きさになることか。
「そうか。これでますます、アカネさんをベルナルドに渡せなくなった」
「ちょっと待ってくれ。何でそうなるんだ? 彼女は俺たちと同じ勇者だろう? そうでなければ教皇様に邪神などと…」
答える代わりに大剣でベルナルドを再び薙ぎ払うが、そこにも奴の姿はなかった。素早い男だ。俺はもう教えも答えもする気はなかった。
その程度のことも理解出来ずに聖王国に利用されているなら、ここで俺が何を言ったところで、またすぐに奴等に言いくるめられてアカネさんの敵に回るに決まっている。
「はぁ…どうやら話し合いは決裂のようだね。それとも、君は試合に負けて痛みに苦しみながら会話するのが好みかな?」
正面の奴の体がユラリと揺れたように見え、次の瞬間背後に気配を感じた。
今度は攻撃してくるはずだ。俺は体全体を強引に振り回し、大剣の軌道を横薙ぎから一回転へと変更する。
「何っ!? 君は僕の動きが見えないはずだろ!」
そのまま残像が見える程の高速で逃げようとする優男に二度、三度と的確に大剣で攻撃を加えると、彼はみっともなく転がるようにアタフタと距離を取って俺と向かい合う。
「そうだな。まあ今まで色々教えてくれた礼だ。俺も教えてやるよ。お前の動きはもう慣れた。もっとも、フィーなら最初の時点で即射抜いていただろうがな」
「おっ…おかしいだろ? 最強の力を授かった勇者の僕が、この世界の人間に圧倒されるとかないだろ?」
あからさまに狼狽している優男が可笑しかったので、気まぐれにもう一つだけ教えてやることにした。
「勇者っていうのは、いくら強くても世界の範疇を越えられないらしい。ならこの世界の人間である俺が、勇者に勝てないわけがないってことだ!」
ベルナルドは俺の言葉に底知れぬ恐怖を感じたのか、顔を歪めたままいくつもの残像で惑わしながら、高速で俺の周囲を飛び回る。
「だから、もう慣れたって言っただろ!」
俺は優男の残像の一つに大剣の突きを繰り出す。すると触れる瞬間に他の残像が全て消え、ガキンという乾いた音と、細剣を縦に構えて辛そうな表情で受け止めるベルナルドが目の前に現われた。
そのまま強引に振り抜くと、華奢な男は試合場の白線を超えて地面に落下し、二度、三度とゴロゴロと転がって、やがて完全に動きを止めた。
派手に吹き飛ばされただけで血も出ておらず呼吸はしているので、命に別状はないはずだ。そもそも人間を超えている勇者がこの程度で死ぬわけがない。
勝利の喝采に包まれる会場で、息を大きく吐きながら、アカネさんが先程の会話を聞いて、気持ちが沈んでいなければいいが…と、俺はそんなことを考えていた。
聖王国の五人の使徒と、女神アカネ様の五人の使徒。
そして各国の思惑が入り交じる中、第一回アカネピックは魔王国で開催された。
参加国はアカネ聖国、聖王国、魔王国、連合都市と帝国の連合国の四ヶ国となる。
アカネ聖国記より抜粋。
アカネピックの歴史は古い。そして第一回は各個人競技で勝敗を競うやり方だった。
現在では参加国も競技の数も増えたため、アカネピックの会場はいくつか新たに建てられることとなった。
また、競技は怪我を防止したり公平を期すため、各選手は基本的に女神アカネからの試供品、または公式の装備を着けて戦うことが義務付けられており、現在になってもこの方針に変更は加えられていない。
各試合のルールーも厳格に決められており、女神アカネが使徒たちが試合中の事故で死亡することを恐れたせいだと、歴史学者たちはそう考えている。
なおこの後もアカネピックは行われているが、災害や戦争等で参加国の多少の増減はあるものの、毎年一年に一度の祭典は、一度も中止されることなく各国の強い希望により、毎年開催国を変更しつつ続けられている。
全世界生放送と多国籍の観客十万人にもなる動員数は、当時としては全世界最大規模であった。それだけアカネ聖国の国力が強いことと、アカネピックで勝ち残ることによる各国への影響力を期待していたのだと考察される。
しかしその代償として、女神アカネが十日に一度の優勝国の人質になるという権利を課し、自らの命を賭けてまでアカネピックの開催を強行したのは、聖王国との関係が悪化し、戦争となるのを恐れていたのだというのが、現代の歴史学者たち主な考えである。
余談ではあるが試合中に勇者と女神アカネは同郷であると言い放ったが、認めているのは勇者のみで、地球と呼ばれる地域を誰一人として見たことも聞いたこともなく根拠に乏しいため、聖王国側が女神アカネを懐柔しようとした策略だと推測されている。




