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市場

<アカネ>

 自宅に戻ったアタシは連合都市の全区域との貿易を行うため、寝室に一人転移すると、漆黒のドレスを適当に脱ぎ散らかして高級羽毛布団を飛び込み、頭だけをスポッと出して柔らかな枕にアゴを乗せながら、筆頭メイドであるアルファを呼び出した。


「アルファー! アルファはおらぬかーっ!」

「お呼びでしょうか。ご主人様」


 すぐさま転移で目の前に現れる筆頭メイド。もはや阿吽の呼吸である。取りあえずお約束は置いておいて、さっさと会話を先に進めることにする。

 女神崇拝事件も二回目ともなると、かなりの耐性がついているようで、前回のふて寝よりは精神的ダメージは少なかった。


「どうしよう。連合都市の全部と貿易することになっちゃったよ」

「はい、ハローワークもいよいよ全国展開ですね」

「公共施設だから、コンビニや牛丼屋のチェーン店じゃないんだけどね」


 モゾモゾと布団の中で適当に体を動かしながらアルファと話を続ける。毎度のことながら、丸投げするのを申し訳なく感じる。


「ごめんね。またメイドさんたちに無理をさせることになって、悪いけど今回もよろしく頼むよ」

「ご安心ください。ご主人様の命令を実行に移すことこそが、私たちメイドの役目です。むしろ誇りにさえ思います」


 相変わらずのワーカーホリックだね。アルファたちメイドさんが将来過労で倒れないか、命令してる主人のアタシのほうが心配になるよ。


「それでご主人様、ハローワークのほうはそのまま技術と建物を簡易提供するとして、貿易のほうは何か案はあるのでしょうか?

 まさか、地下鉄を連合都市全域に張り巡らせるつもりですか?」

「いや、それは確かにやろうと思えば出来るけど、その辺りはやっぱり未来の連合都市の人たちに頑張ってもらいたいよね

 でもそうだね。案かぁ…アタシの案なんてどれも大したことないんだけどね」


 頭の足りない女の子が必死こいてひねり出した案なんて、本当に大したことないと思うけど、アルファは微動だにせずにじっとアタシの次の言葉を待っている。

 仕方ないので、後先考えずに行き当たりばったりの適当な案を出す。出たとこ勝負なので、後に問題が起こったらその時はその時である。


「それじゃ、地下鉄の出入り口をペッパーの町の近くから、連合都市の中心付近に変更して、そこに卸売市場でも作ってみようか」

「卸売市場ですか? 販売店の集まりのようなものでしょうか?」

「うーん、その例えは近いような遠いような。ええと、売りたい人と買いたい人が一箇所に集まって、競りを行うんだけど…」


 聞きかじったような拙い知識で、優秀な筆頭メイドを相手にシドロモドロになりながらも出来る限りの詳しい説明を行う。

 アタシは市場経済とかあんまり詳しくないんだよね。でもこっちの荷物は少ないけど買い手が多いなら、この方法のほうが何かと便利かもしれない。大口ばかりだと回っていかないので、小売市場と問屋さんも隣り合わせで作ってもらおう。

 これも最初だけ公共の施設としてメイドさん主導で運営し、自分たちで回せるようになったら連合都市の人たちに丸投げするのだ。早く仕事を覚えて、アタシやメイドさんたちに楽させて欲しいものだ。


「おおよそ理解しました。ハローワークの件もお任せください」

「本当に? 流石は筆頭メイドのアルファだね。これからも頼りにしてるから、よろしくお願いするよ」


 そう言ってアタシはモゾモゾと布団に潜り込む。これで枕を高くして眠れそうだ。アルファがいてくれて本当によかった。顔を引っ込める前に、いつもの冷静な表情じゃなくて、すごく嬉しそうに笑ったような気がしたけど、多分気のせいだよね?

 取りあえず自分の今すぐやるべきことは終わったので、これから十時間以上惰眠を貪るつもりだ。屋敷のメイドさんたちに丁寧に日向に干されて、温かくて太陽のいい匂いがする高級布団を、思う存分満喫するのだった。














<ソルトの町の女性市場職員>

 女神アカネ様が連合議会に姿を現してから半年が過ぎた。

 ハローワークと呼ばれる建物が連合都市の各地に建てられ、人生に迷った人たちに毎日のように新しい道を指し示している。

 施設の入り口には大きな板が何枚も壁にかけられ、白黒で描かれた女神アカネ様が施設の説明を行っている絵はどれも素晴らしい出来で、通りがかる人たちが皆うっとりと魅入ってしまっていた。

 建物の中には番号が書かれた薄い木の板が机の上に置かれ、皆は順番にそれを手に取り、係員の呼び出しを待ち、自分の番号が呼ばれたら担当の窓口に向かい、木の板を提出して相談をはじめるのだ。


 とはいえ、まだ始まったばかりでハローワークの職員は仕事に慣れていないのか、対応する窓口には当たり外れがある。

 しかし、時々アカネ町から派遣されてくるメイドさんたちが、抜き打ちで窓口の担当員を審査して、不的確な者には講習を行い、試験に合格するまでは元の窓口には戻れないのだ。

 なので最初期と比べれば外れを引く確率はかなり下がってきた。


 そして幸いなことに、私を担当した窓口の人は当たりだった。色々と誠心誠意話を聞きながら、係員の人が白黒で描かれた女神様が汗水垂らして働く絵を数枚提示し、その中から私は卸売市場の農業部門を選択した。

 野菜の鮮度から痛み、または美味しそうな食べ物の目利きには自信があったからだ。


 私が住んでいるソルトの町には、かつては湿地や沼があちこちに広がり、人も少なく町ではなく寂れた村だったのだが、半年前から急激に発展し、今では連合都市で一番栄えていると言っても過言ではなかった。


 さらにアカネ町から臨時に派遣された土木作業員と、サンドラさんの構築部隊の働きにより、各都市を結ぶ主要な交通網も今では全て敷き直され、広くて曲がりの少ないほぼ直線の歩きやすい街道に生まれ変わった。

 そして石造りではなく、黒くて固くて水を弾く素材が平らに隙間なく敷き詰められ、馬車が横に並んで何台も通れるほど幅も広いため、ソルトの町から国境沿いの都市に荷物を運ぶのが格段に早く、そして楽になったのだ。


 そんな中で私は、今日が初仕事のためにかなり緊張しながら、時間に余裕を持って家を出て勤め先に歩いて向かっていた。

 女神アカネ様が作られたとされる卸売市場は、ソルトの町のほぼ中心に位置する。もっとも、少し前までは村の端に建っていたのだが、各都市からやってくる人々がその施設の周囲に次々と住み着くために、自然と町の中心がズレていったのだ。


 そして卸売市場の近くには、他の施設も多く建てられたいた。

 一つは地下鉄、女神様のお膝元と言われるアカネ町とソルトの町を繋ぐ、魔物が一切出現しない巨大で一本道のダンジョンだ。そこに金属で作られた魔列車と呼ばれる、魔力で動く芋虫のゴーレムを走らせ、長距離にも関わらず僅か半日もかからずに様々な荷物が届けらる。

 最初は一本だけで往復していたが、ソルトの町が大きくなって取引される量も増えたため、二本、三本と増え続け、今では朝から晩まで一時間毎に大量の荷物が二つの町を往復するようになった。



 私の就職先である卸売市場だが、アカネ町から届いた荷物を受け取り、審査し、外から来たお客さんを相手に販売することが主な仕事となる。農業部門なので、主に野菜や果物などがそうだ。

 アカネ町から届く物は、非常に多種多様であり、今まで見たこともない物も大量に流れてくるため、それ相応の目利きをもっており、知識もある職員が必須になるのだ。

 そんな職場に自分なんかが務めても平気なのかとは思うものの、何でも研修期間と呼ばれる、最初の一ヶ月間は見習いとして研修講師、つまり私の上司が付きっきりで教えてくれるらしい。


 しかも何と、お給料も支払われると聞いている。さらに労働時間もきちんと定められており、七日のうちの二日は職場に出ずに各員の自由に過ごしていいとのことだ。

 今まで生きていたなかで、そんな手厚い介護は一度たりとも見たことも聞いたこともなかった。流石は慈愛に溢れた女神アカネ様の作られた職場だと、私は深く感謝を捧げた。


 女神様は、いやいや、優秀な人材が畑で取れるとか絶対にないからね。その辺りの育成とか福利厚生とか徹底してよ。零細企業のSEじゃないんだから、休日なしで人材の使い潰しとか、ちょっとマジで洒落にならんでしょ…とおっしゃられたとのことだ。


 連合都市では比較的マシなほうだが、他の国では奴隷も部下も使い潰して壊れたら廃棄し、すぐに何処からか連れて来た新しい人員を補充するのが普通だと聞いた。

 慈愛に溢れた女神様と、他の地獄のような扱いを同時に知らされて、私は思わず身震いしてしまった。


 そんなことを考えながら卸売市場を目指して、人通りが多く活気あふれる中央通りを歩いていると、手前に大きな建物が三つ程見えてきた。

 一つは私の職場だ。そして残り二つが、それぞれ小売市場と問屋と呼ぶ建物のようだ。私も詳しくは知らないものの、小売市場が個人商人向けの販売を行う場所で、問屋が商人ではない一般のお客さんと取引を行う場所と聞いた。

 私の職場と隣り合っているので、そのうち詳しく知る機会もあるだろう。さらに三つの建物の奥には、アカネ町へと続く地下鉄の入り口があるらしいけど、そちらは一般開放されていないので、私が直接見に行く機会は多分ないだろう。

 それとも関係者になれば見られるのだろうか?


 三つの大きな建物の入り口から、それぞれ景気のいい掛け声が聞こえてくる。それと同時にお客さんたちの嬉しそうな談笑も辺りに響く。本当にアカネ様が連合議会に姿を見せてから、ソルトの町は毎日騒がしくなったものだ。でもこの賑やかな活気は、私も含めて町人もきっと嫌いではないだろう。

 さらに、この活気がソルトの町だけではなく、整備された街道を通じて連合都市全てにまで広がりつつあるのだから、女神様のお力はやっぱりすごいと、まるで自分のことのように誇らしく思えてしまう。



 気づけば緊張もすっかりほぐれて充実感すら覚える状態で、私の職場の前に辿り着いていた。よし、今日から頑張ろう。そう考えて、実際には姿を見たことはない女神アカネ様に心の中で感謝の祈りを捧げ、私は新しい人生の一歩を踏み出すのだった。












<アカネ>

 すっかり定位置となった会議室の椅子に腰かけたまま、アタシは船をこいでいた。室内にいるメンバーは、アルファと子供たち五人、あとはいつも通り壁の花となっている、多くのメイドさんたちである。

 連合都市と貿易を開始してから、半年が過ぎた。今のところは大きな問題は起こっておらず、至って順調である。そのため、今回の定期報告もどうせ何事もなく終わるだろうと、アタシは高をくくっていた。


「それでは、報告させていただきます。まず連合都市に展開したハローワークですが、開始時に多少のトラブルは起きましたが、現在は安定しております」


 順風満帆はいいことだ。今回も何事もなく定期報告は終わることだろう。


「ソルトの町とアカネ町に建設された各市場は、開始当初より取引量が激増しておりますが、まだ許容範囲内です。こちらは近々人員を増員して対処する予定です」


 ソルトの町もかなり大きくなったと聞いたし、アカネ町もメイドさんたちによる全世界からの亜人召喚と、朝も夜も色んな意味でハッスルし続けてベビーラッシュ状態だ。毎日物凄い速度でアカネ町の人口が増加していると聞いた。今は最初の八千人の何倍になるのかな? 少しだけ想像するのが怖くなるね。


「地下鉄を走る魔列車も増産を続けており、近日中に往復便を増やす予定です」

「運転手の居眠り運転防止や法定速度厳守、あと魔列車の毎日の定期点検は徹底してよ。列車事故とか冗談じゃないからね」

「了解しました。ご主人様の命令として、現場に徹底させます」


 うん、と一言呟いてアルファの説明に耳を傾ける。アタシは時々、割とどうでもいい所でツッコミを入れたりするのだが、世間ではそれを女神様のお言葉として、何故かありがたがられているらしい。

 アタシは別に普通のことを言ってるだけなんだから、いちいち騒がなくてもいいのにね。


「連合都市の各町を結ぶ主要な街道の整備もほぼ完了しており、流通も活性化しています」

「うん、サンドラちゃんには今回頑張ってもらったからね。それと構築部隊と派遣社員の皆も本当にありがとう。お疲れ様。アルファ、後で伝えておいてね」

「かしこまりました。皆も喜ぶでしょう」


 アタシは会議室の席に座っているサンドラちゃんに向かって、一言お礼を言うと。彼女はまるで花が咲いたように満面の笑みを浮かべる。尻尾がついていたらブンブン振られてそうだ。続いてアルファが報告を行う。


「アカネ町のほうも人口と生産量の増加。森の開拓を行い新規住民の土地を確保。また、亜人たちの仲も良好なため問題は起こっておりません」

「どうやら連合都市とアカネ町も、両方問題ないようだね。これで今回の定期報告は終わりかな?」


 定期報告が終わったあとは、また惰眠を貪るか、それとも敷地内の散歩に行こうかと考えていると、アルファがまだ説明は終わっていませんと、口を挟んできた。


「確かに、ご主人様が作られた各施設及びアカネ町には、何の問題はありませんでした。私たちもそのように保っています」

「ん? ということは外部で何か問題が起こったの?」

「はい、それを今から説明させていただきます」


 実際アタシが関係しているのは、今はアカネ町と連合都市だけだ。連合議会でも満場一致だったため、代表が代替わりでもしない限り、そうそう敵に回るなんてことはないと思うんだけど。

 それにあの国はアタシの敵を見つけると、体内に入った病原菌に襲いかかる免疫細胞のように、倒れるまで攻撃を続けるというある意味ヤバイ状態になっている。


「連合都市の各町にある聖王教会が、口を揃えて女神アカネは民を惑わす偽女神だと吹聴しています」

「ほほうっ!」


 アタシは冷静な表情のなかに、隠しきれない怒りをにじませているアルファとは対象的に、期待に胸を膨らませていた。

 ようやくなんちゃって女神の自分ではなく、本物の神様に信者を丸ごと押しつけることが出来るチャンスが到来したのだ。

 俺は神様のプロだぜ? と大々的に名乗る聖王教会に、驚きと興奮を隠せない。

 筆頭メイドが説明を続ける前に、アタシは聞きたいことを先に聞かせてもらうことにした。


「アルファ、その聖王教会っていうのは何なの? アタシにもわかるように教えてよ」

「はい、聖王教会とは、かつて聖王国を築き上げた聖王神を崇める宗教です。

 聖王国だけでなく、連合都市と帝国、その他小国にも数多くの教会が建てられており、その政治及び経済的な影響力は、全世界一と言っても過言ではありません」


 ここまで大きな宗教だとは、これは本当に神様の到来かもしれない。しかし、そこで一つ疑問に思ったので、質問させてもらう。


「アルファ、魔王国には聖王教会はないの?」

「魔王国と聖王国は不倶戴天の敵です。それに、魔王国では自己の強さを重視し、魔王に付き従う者こそが正しく、神にすがる者は弱者だという風潮があります」


 なるほど、お互いの国の関係と元来の仕組みが聖王神を崇めることを許さなかったのか。アタシはついでにもう一つ質問する。


「もう一つ質問だけど、聖王神以外の神様を崇める宗教って他にないの?」

「聖王神は唯一神なので他の宗教は認めません。それが世界中に広がり、なおかつここまで浸透している以上、他に見つけるのは難しいかと」


 残念ながら、他の神様の存在は確認出来そうにない。ここは聖王神に期待するしかないね。アタシはアルファに聞きたいことは大体聞けたので、説明の続きをお願いする。


「それでは話を戻しますが、連合都市の各町の聖王教会が、ご主人様のことを民を惑わす偽女神と吹聴しています。ここまでなら気狂いの戯言で済ませられました」


 いやいや、アルファ。アタシは女神じゃない普通の女の子だからね。聖王教会の人の言うことのほうが正しいんだよ? それなのに気狂いとか、正しいこと言ってる人に対して失礼だよ?


「しかし、その吹聴が聖王国の大聖堂まで届き、多くの国民の前で教皇自ら、女神アカネは唯一神である聖王に仇なす邪神である! …と宣告しました」

「そいつはやべーや!」


 本物の神様に邪神扱いされてしまうとは、何ということだ。

 でも逆に敵であるアタシが姿をくらませれば、勘違いした可哀想な信者を引き取ってくれるのかな? それでも実際に姿を見たわけじゃないから、まだその神様が信用出来るかどうかわからないんだよね。しかし、このままだと状況的に不味いことはわかる。あまりの事態に混乱したアタシは、思わずポツリと呟いてしまった。


「聖戦になったらどうしよう」

「ご主人様、聖戦とは?」

「んー? 敵認定した宗教国家同士がノーガードで殴り合って、どっちが本物の神様か白黒つける戦いのことだよ。最後まで生き残った宗教国家が勝ちとか、何かそんな感じのやつ」

「ご主人様、それはいい考えですね」


 何となく成り行きで聖戦について適当な説明をしてしまったけど、アルファはいつになく乗り気だ。それだけではなく、他のメイドさんたちと五人の子供たちも、楽しくて仕方ないという表情で瞳をキラキラと輝かせている。


「言っておくけどやらないからね。聖戦」

「…何故ですか?」


 もし万が一でも聖王教会にアタシが勝ってしまった場合、信者たちの押しつけ先がなくなってしまうから、とは言えないので適当にお茶を濁す。

 もっとも、相手は世界一有名な神様なので、平凡な女の子のなんちゃって女神のアタシでは、逆立ちしても勝てるわけないのだ。逆に邪神として滅ぼされるのがオチである。

 だから皆、戦いたかったのに…という残念そうな顔をするんじゃありません。


「何しろ相手は世界一有名な神様だからね。他に神を語る人がいないからという理由で、強制的に二位になってる偽女神とじゃ、喧嘩相手にすらならないでしょ?」


 お手上げ状態とばかりにわざと肩をすくめてみせる。気のせいか周囲の視線が冷たい気がする。しかしここで怯んではいけないので、強引に話題を切り替える。


「とにかく、直接攻撃されたならまだしも、相手は口だけだし放置で十分だよ。とはいえ、連合都市の中ぐらいは何とかしたいね」

「はぁ…わかりました。それでは攻められた場合は反撃し、そのまま殲滅という方針ですね?」

「だからしないよ!」


 何時になく戦い大好きなアルファたちをなだめるのに苦労しながら、アタシは今後の方針を明確にする。いつも通りのメイドさんに丸投げでは、今回はなし崩し的に聖戦に舵を切られそうなのだ。


「ああもう、とにかく手を出すにしても連合都市の聖王教会だけだよ! それ以外は完全ノータッチ! 戦いなんて望んでないからね!」

「了解しました。それで、どのように対処致しましょうか? やはり火炙りですか?」


 一応は納得してくれたものの、アルファの怒りの炎は当分消えそうにない。どうやらアタシが偽女神件邪神扱いされたのが、よほど腹に据えかねたようだ。

 アタシは溜め息を吐きながら、筆頭メイドに今後の方針を伝える。


「酷くてもお金もたせて国外追放か牢屋で臭い飯を食べてもらうぐらいだよ。火炙りはなしで。そんなことすれば最終戦争待ったなしだからね」

「はぁ…わかりました」

「うん、わかればいいよ。純粋な気持ちで神に救いを求めてる人もいるしね。

 聖王教会の信者でも話してみれば普通の人も多いと思うよ。そんな人たちから恨まれることなく、無難に乗り切るんだよ」


 そのための方針なんだけど、アタシの考えは基本的にゴリ押しかメイドさん任せであるのは知っての通りだ。今回もこの手に限る。この手しか知りませんで進めるしかない。

 小さな頭で一生懸命考えた作戦なので、まあなるようになるのである。


「これ以上増えるのは嫌だけど、本気で嫌だけど! 一番いいのが改宗だね」


 長年聖王神を信じてた教会関係者たちが、偽女神のアカネに改宗するのかとても疑問なのだが、しかし連合都市内で波風を立てないためには、それが一番ベストだと思える。

 国外に追い出すこともなく信仰する対象が変わっただけで、表向きはそこまで変わることのない生活を送れるのだ。

 国内の教会関係者たちにとっても、そこまで悪くはないはずだ。今までの聖王国からのの資金援助がどのぐらいはわからないけど、うちが引き継いだとしても決して払えない額ではないだろう。

 私の出たとこ勝負の案に、アルファが納得したように深く頷いた。


「ご主人様、悪くない案です。敵を取り込み洗脳し、味方に変えて相手の戦力を削る。理想的です」


 本当にどれだけ聖王教会を滅ぼしたいのだろうか。この筆頭メイドは。しかしやはり流れる血が少ないし、万一聖王神がガチギレして出張ってきたら試合終了は確実なので、この作戦を進めることにする。


「うーん…でも、改宗…改宗かぁ。そういえば宗教じゃないけど、季節が変わるごとに、しょっちゅう宗派を変えてる人たちがいたね」

「ご主人様、それは一体?」

「ああうん、参考にはならないだろうけど、故郷でちょっとね」


 それからアルファにそのことをかいつまんで話す。彼女は真剣に聞いてくれたけど、こんな情報が本当に役に立つのか。疑問しか沸かない。

 しかし筆頭メイドには何やら考えが浮かんだようで、アタシに他に命じるべきことはないでしょうかと、促してくる。


「ええと、教会の関係者にもいい人や悪い人がいるだろうから、その辺りも取り計らってくれるかな?」

「そちらは私たちが調査して対処します。改宗の作戦も後はこちらで練っておきます。

 その際には、ご主人様と五人の子供たち、そしてアカネ町や連合都市の住民の何名かに協力を頼むことになりますが、よろしいでしょうか?」


 何だか今までにない大規模な作戦になりそうである。確かに連合都市に存在する聖王教会の全てを相手にするのだから、それぐらいの協力が必要になるのかもしれない。


「うん、全て任せるよ。ただし出来るだけ穏便にね?

 聖王神とのガチの殴り合いとか、アタシはごめんだよ。光になれええええー! って、コッチが一瞬で消滅させられるのは確実だからね」

「ご安心ください。血は流れません。多少の怪我はするかもしれませんが、回復魔法ですぐに治ります」


 なら別にいいかな? アタシは今回も頼りになる筆頭メイドに丸投げし、定期報告を終わらせたのだった。


 しかしいつもは冷静なアルファが、今回はやけに熱くなっていた。

 アタシが邪神認定されたのが原因だと思うんだけど、それだけじゃないのかな? まさか昔に聖王神と何かあるわけでもあるまいし、…そんなことないよね?

 彼女が怒っている理由が何であれ、連合都市でこれからやることは変わらないので、作戦がはじまる明日に備えて、今日は早めに休もうと考えたのだった。

 連合都市のソルトの町に、卸売市場、小売市場、問屋と呼ばれる三つの公共施設が建てられ、地下鉄の出入り口もその近くに開通した。

 それぞれの建物は隣り合っており、周辺は常に賑やかに笑い合う声が響き、活気に溢れて、女神への感謝の祈りも決して途絶えることはなかった。

 アカネ聖国記より抜粋。




 

 ソルトの町は世界最大規模の商業都市の一つとなっている。中でも、卸売市場、小売市場、問屋の三つの建物は何度も建て直されたものの、いまだに取引を続けられている。なお、現在はアカネ聖国主導の公共施設ではなく、全ての運営権は連合都市に譲渡されている。

 そしてこの三つの取引所を模した建物が、連合都市だけでなく全世界へと広がっていき、市場取引及び、商人たちの女神として、女神アカネも同様広がり崇められることになった。


 また、アカネ聖国よりも簡易的なハローワークも連合都市全域へと展開され、人生に迷う人々に道を示し続けている。女神アカネを模した絵は、時代が移り変わるごとに何度も描き直され、それぞれの時代の流行の筆使いを知るための貴重な資料として、歴史的な価値がとても高くなっている。

 そしてこの簡易的なハローワークが、連合都市だけでなく、外の国の帝国、魔王国、聖王国やその他小国にも、少しずつ浸透していくことになったのは、現代の私たちの生活を見れば、容易に理解できると思われる。



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